第7話「特性」
数日後。
ファクターズは、エコー測定室に集まっていた。
室内には複数のモニターが並び、同調率、脳波、エーテル波といった数値がリアルタイムで表示されている。
それぞれがヘッドギア式の測定器を装着し、牧が隣室からデータを管理していた。
その中心にいるのは、音。
何度も深く息を整えながら、《調律のウィンド》を繰り返し発動している。
発動のたびに、モニター上の数値が微かに揺れ動く。
牧は、その変化を真剣な表情で追っていた。
測定開始から、すでに2時間が経過していた。
「よし、一旦休憩しよう」
閃がそう言って、ヘッドギアを外した。
ぴんと張りつめていた空気が、少しだけ緩んだ。
◆
4人はモニターに表示されたデータを眺めながら、休憩を取っていた。
「音、大丈夫?」
怜が静かに声をかける。
「うん!全然大丈夫だよ!」
音はすぐに明るく答えた。
実際、その表情や呼吸を見る限り、まだ余力は十分にありそうだった。
「《調律のウィンド》の効果で、みんなの同調率が1パーセント近く動いてる!」
牧が嬉しそうにモニターを指しながら言う。
測定開始時は、0.2〜0.3パーセント程度の微細な変動だった。
それが、たった2時間で3倍近くまで伸びている。
明らかな進歩だった。
「音、すごいよ!」
閃は素直に笑顔で称賛する。
しかし、音は浮かない表情だった。
「まだ……全然だよ。たった1パーセントじゃ……」
悔しさを滲ませながら、小さく呟いた。
「あたし、もっと頑張るから!」
ぱっと顔を上げ、強く言い切る。
その言葉に、牧が少しだけ眉を下げた。
「音……“たった1パーセント”って言うけどね」
やわらかく、はっきりとした声で続ける。
「自分を含めた4人の同調率を一律で調整するなんて、とてつもないことよ?」
「マッキーの言う通りだぜ、音」
烈も腕を組みながら頷く。
「自分の同調率をコントロールするだけでも大変なのに……それを全員分って、マジでスゲーよ」
「……それに」
怜が静かに言葉を継ぐ。
「頑張るのは、音だけじゃない」
その視線は、まっすぐ音に向けられていた。
「これじゃ、音の負担が大きすぎる」
「確かに、その通りだな」
烈も同意する。
その言葉に、音は少しだけ俯いた。
「何か、ごめんね……みんな……」
申し訳なさそうに、小さく頭を下げる。
「謝る必要なんてないって」
閃はすぐに否定した。
「音はもう、これ以上ないくらい頑張ってくれてるし……こうして新しいスキルだって形にしてくれてる」
「それにさ、同調率を合わせるって言っても……そもそも俺たち、基礎同調率……つまり、スタートラインからバラバラなんだ」
「だから難しいのは当然。むしろ、ここまで持ってきてる時点で十分すごいよ」
閃の言葉に、音の表情は自然と和らいでいた。
◆
牧はモニターに視線を落としたまま、ゆっくりと口を開いた。
「エーテルの波長がそれぞれ違うように、同調率や、その変動の仕方にも“個性”が出るの」
「個性……」
閃が小さく呟く。
「わかりやすく言うとね——」
牧は画面を操作し、いくつかのグラフを並べた。
「炎のエーテルを持つ烈くんは、変動率が最も大きい。数値の振れ幅も激しいけど、上昇率は誰よりも高い」
烈のグラフは、3人に比べ上下に大きく揺れている。
「それに対して、氷のエーテルを持つ怜は、最も変動率が小さい。上昇率は低い分、かなり安定してる」
今度は、ほとんど滑らかな線を描くグラフ。
「これは、エーテルそのものの“特性”が大きく関わってるの」
燃え上がる炎と、凍てつく氷。
対照的な性質が、そのまま数値に現れているようだった。
牧は一度言葉を区切り、少しだけ考えるように視線を落とす。
「ここからは……あくまで私の仮説なんだけど——」
「現時点で、完全同調を2回発動できているのは怜だけ」
「もちろん、タイミングや状況、精神状態……いろんな要因があると思う」
「でもね——」
牧は静かに続ける。
「その一つとして、“変動率が小さい”っていう怜の特性が関係してるんじゃないかって思うの」
大きく揺れるものより、安定しているものの方が一定の状態を維持しやすい。
完全同調に必要なのは、まさにその維持する力だった。
牧の仮説は、筋が通っていた。
「……言われてみれば、理にはかなってる」
当の本人である怜も、小さく頷いた。
◆
「エーテルの特性か……」
閃は、改めてその言葉を頭の中でなぞる。
これまで“なんとなく理解しているもの”として扱っていたそれを、今はひとつひとつ、はっきりと言語化するように整理していく。
まず、閃の特性は“変換”。
雷のエーテルを基盤に、様々なエネルギーへと性質を変える。
電力として電子機器に供給すれば、文字通り“充電”することができる。
武器へ電気を流し込めば、出力や反応速度を引き上げることができる。
さらに、電流を形として扱い、縄のように伸ばして対象を拘束したり、さらに拘束したものを、そのまま操作することすら可能。
次に、烈の特性は“強化”。
炎のエーテルを持つ彼は、最もわかりやすく戦闘向きの特性をしている。
ファクターへの覚醒の影響で、筋力、瞬発力、耐久力——すべてが高水準で引き上げられる。
また、免疫力や回復力といった、生存能力そのものも他のファクターよりも高い。
言ってしまえば、壊れにくく、前に出続けられる存在。
炎の性質そのままに、揺れは大きいが、その分、出力も大きい。
次に、怜の特性は“抑制”。
氷のエーテルが象徴する通り、極めて静かで、ぶれが少ない性質。
感情の起伏が少なく、精神状態が常に一定に近い。
その結果、エーテルの流れも乱れにくく、スキルの発動精度や持続性が非常に高い。
出力を上げるのではなく、“乱れをなくす”。
それが怜の強みだ。
そして、音の特性は“癒し”。
風のエーテルを持つ彼女の力は、他の3人とは少し違う。
それは、個人のみならず、他者にも影響をあたえること。
乱れた精神状態を整え、緊張や不安を和らげる。
それは単なるメンタルケアではなく、エーテルそのものの流れにも影響を与える。
結果として、同調率の安定や調整を可能にする。
まさに“整える”ことに特化した力だ。
その分、広範囲になったり対象が増えるほど、かかる負担は大きくなる。
◆
(あとちょっと……あとちょっとで、何か掴めそうなんだよな……)
頭の中で、断片的なイメージが何度も浮かぶも、噛み合いそうで、噛み合わない。
そのとき——
「皆さん、お疲れ様です」
柔らかな声とともに、加藤が姿を見せた。
「あ、カトちゃん!おつかれー」
「お疲れ様です、加藤先生」
それぞれが自然に応じる。
「これ、皆さんで食べてください」
そう言って、手にしていたビニール袋を机の上に置いた。
「ありがとう!カトちゃん!」
「加藤先生、いつも差し入れありがとうございます」
「いえいえ。では失礼します」
軽くお辞儀をして、加藤は静かに部屋を後にする。
閃はさっそく袋の中を覗き込んだ。
「お、めっちゃ入ってるじゃん」
取り出したのは、ドーナツのセットに、どら焼き、菓子パン——甘いものがぎっしり詰まっている。
「みんな、食べよー」
その一言で、3人も自然と手を伸ばした。
一方で、少し離れた位置にいた牧は、どこか遠慮している様子だった。
「マッキーも食べなよ」
閃はドーナツを頬張りながら、にこっと笑う。
「え、私もいいの?」
「当然じゃないですか!」
音がぱっと明るく言う。
「早くしないと、全部食べちまうぜ?」
烈が冗談めかして肩をすくめる。
「……ふふ、じゃあお言葉に甘えて」
牧は少しだけ笑って、どら焼きをひとつ手に取った。
◆
閃はドーナツをかじりながら、ぼんやりと考えていた。
(特性……個性……バラバラ……でも、合わせる……)
そのとき——
閃の頭の中で、何かがぴたりと噛み合った。
「……あ」
小さく、思わず声が漏れる。
点と点だったものが、一気に線になり始める。
「これだよ……!これだっ!!」
閃は思わず声を上げ、勢いよく顔を上げた。




