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エーテルコード  作者: エトコッコ
第9章:変革

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第6話「調律」


翌朝。


ファクターズの面々は、いつものように食堂で朝食を囲んでいた。


和やかな空気の中、音は昨日の出来事——牧とのやり取りを、少し興奮気味に語っていた。


話を聞き終えた3人は、揃って目を見開く。


「たしかに……!言われてみればそうだ!全然思いつかなかった……!」


閃は、完全に盲点を突かれたという顔で額に手を当てた。


「既存のスキルの発展系なら、イメージも掴みやすいしな!」


烈も納得したように、明るく頷く。


「……風のエーテルは、癒しと安らぎを司る属性。相性もいい」


怜も静かに言葉を添えた。


「でしょ!?それに、烈くんの言う通り……もうイメージも掴めそうなの!」


音は思わず身を乗り出す。


そのまっすぐな熱に、3人の表情も自然と引き締まっていった。


「よしっ!他のことは俺たちに任せて、音はトレーニングに集中して!」


閃が力強く言う。


「ああ!困ったことがあったらすぐ言えよ。何でも協力するぜ!」


烈も頼もしく続ける。


怜は穏やかに微笑みながら、静かに頷いた。


「ありがとう、みんな……!そうさせてもらうねっ!」


音は満面の笑みで応える。


「新スキル!……え、えーっと……」


勢いよく言ったものの、ふと音は言葉に詰まった。


「な、なんかいい名前ないかな……?」


少し照れたように3人を見る。


そのとき——


「……“調律”」


怜がぽつりと呟いた。


「え?」


「《調律のウィンド》……なんて、どう?」


調律——乱れた音を整え、あるべき響きへ導く行為。


その言葉は、今の音と重なっていた。


「すごくいい名前だよ、怜!!」


音はぱっと顔を輝かせる。


怜は小さく笑った。


「新スキル、《調律のウィンド》に決定!」


閃が明るく言い切る。


その言葉とともに、音の中で新しい力の輪郭が、よりはっきりと形になり始めていた。



昼下がり。


オルフェの中庭にあるベンチには、トーマスと黒須の姿があった。


トーマスから手渡されたタブレットを、黒須は無言で見つめている。


画面に映し出されているのは——ファイの戦闘記録だった。


やがて映像が終わると、黒須は何も言わずにタブレットを返し、ポケットからタバコを取り出し、火をつけた。


ゆっくりと煙を吐き出しながら、空を仰ぐ。


「……たしかに、俺が設計したやつだな」


淡々とした声だった。


「博士に設計を依頼されたのは、どれくらい前だった?」


トーマスが静かに問う。


「半年以上前だったかな……ちょうどイシュタールの連中が出てきた頃だ」


煙をくゆらせながら、黒須は思い返すように言った。


「なるほど……だとすると、ファイが完成したのは、そう昔の話じゃないな……」


トーマスは小さく頷く。


「エドワードさんに頼まれて、大型EDの基礎設計をな……」


「ま、俺は開発屋だ。依頼されたらやるだけだが」


どこか投げるような口調。


「AからDまで、全部のプランを渡した。それが……まさか、こんな形で使われるとはな」


自嘲気味に笑い、再び煙を吐き出す。


「博士……この件で、あなたが罪に問われることはない。安心してほしい」


トーマスははっきりと言った。


「……別に心配なんかしてねぇよ」


黒須は肩をすくめる。


「もしそうなったら、その時はその時だ」


遠くを見つめるその目には、諦めとも覚悟ともつかない色があった。


トーマスもまた、ポーチからタバコを取り出し、火をつける。


久しく遠ざけていたはずのそれを、自然な動作で口に運ぶ。


その様子を横目で見た黒須が、ぽつりと呟いた。


「……タバコ、また始めたのか?」


かつてトーマスは、クレアの誕生を機にそれをやめていた。


「……今は、吸わないとやってられないよ」


トーマスは苦笑する。


「ま、無理もねぇわな……」


黒須はそれ以上何も言わず、ただ静かに煙を吐き出した。



深夜。


人気のない研究室で、クレアはひとりデスクに向かっていた。


最低限の照明だけが灯る室内は、薄暗く、静まり返っている。


キーボードを叩く音と、タブレットを操作する微かな音だけが響いていた。


エドワードの脱退——それに伴う父・トーマスの総帥代理就任。


そして、連鎖するように変わっていく状況の数々。


クレア自身もまた、松永の主任としての業務を引き継ぎ、その渦中にいた。


気づけばここ数日、父の姿を見ていない。


家に帰る時間すらないほどの激務に追われているのだろう。


心配はしている。


けれど、それを口にすることはできなかった。


ただでさえ大変な父に、これ以上負担をかけたくない。


(……今こそ、目の前の任務に集中する)


トーマスの言葉が、胸の奥で繰り返される。


クレアは、それをそのまま実行していた。


——いや、しようとしていた。


しかし、心はもう余裕を失いかけている。


明らかに、無理をしている。


それは、彼女をよく知る者なら、誰が見てもわかるほどだった。


親友のアンジュも、何度か声をかけていた。


それでも返ってくるのは、決まって同じ言葉。


“大丈夫だから”


そして、その笑顔は、どこか不自然で、必死に取り繕ったものだった。


(パパだって……松永主任だって……みんな、頑張ってる)


キーボードを打つ手が、ほんのわずかに強くなる。


(向き合って、前に進もうとしてる……)


画面に映るデータを見つめながら、クレアは唇を引き結ぶ。


(……私も、弱音なんて吐いてられない)


その想いが、彼女を支えていると同時に、無理をさせていた。



ふと視線を上げると、時計は深夜1時を回っていた。


(……一旦シャワー浴びて、それからまた戻ろうかな……)


そう考えて、軽く伸びをした、そのとき。


「よぉ」


背後から、不意に声がかかった。


振り返ると、そこには部屋着姿の烈が立っていた。


「あ……新井くん……」


普段なら驚いて飛び上がるところだが、今はそんな気力も残っていない。


烈は何も言わず、クレアの隣の椅子を引いて腰を下ろす。


そして、持っていた缶ジュースのひとつを差し出した。


それは、クレアの好きな、“ももの汁”だった。


「あ……ありがと……」


少し戸惑いながらも、それを受け取る。


「大分、疲れてんな」


烈はもうひとつのスポーツドリンクを開け、ひと口飲んでから静かに言った。


「だ、大丈夫……だよ」


声は小さく、どこか頼りない。


「あ、いただきます……」


クレアも缶を開け、ゆっくりと口をつける。


「なぁ……クレア」


烈が、ぽつりと呼びかけた。


「あんま無理すんなよ……って言いたいところだけど——」


少し間を置く。


「俺もさ、もしクレアの立場だったら、たぶん同じことしてると思う」


その言葉に、クレアは何も言わず耳を傾ける。


「だから、気軽に“無理すんな”なんて言えねーし……」


苦笑混じりに続ける。


「かと言って、もう十分すぎるくらい頑張ってるやつに“もっと頑張れ”とも言えねー」


「……うん」


クレアは缶ジュースを両手で包み込むように持ちながら、小さく頷いた。


烈は、そんな横顔を見つめてから、ゆっくりと言葉を続ける。


「前さ……美晴さんが倒れたとき、あの時、真っ先に動いたのクレアだったよな」


クレアの視線が、わずかに揺れた。


「それでさ……ヘリの中でさ、俺のこと、ずっと支えてくれてた」


「あの時……正直、めちゃくちゃ心強かった」


一言一言、噛みしめるように。


「クレアが一緒に来てくれて、ほんとによかったって……マジで思った」


クレアの瞳に、じわりと涙が溜まっていく。


「だからさ……その……」


少しだけ言い淀んでから、


「もっと頼ってくれねーか?俺や、みんなのこと」


一粒、涙がこぼれ落ちた。


「ごっ……ごめんっ……!」


慌ててハンカチを取り出し、涙を拭う。


烈は一瞬だけ戸惑ったように視線を揺らしたが、やがて静かに手を伸ばし、そっとクレアの肩に触れた。


その手は、大きくて、あたたかい。


「泣きたいときは、泣くのが自然だって……前、俺に言ってくれたよな」


落ち着いた声で、優しく言う。


「俺も、そう思うぜ」


クレアはもう言葉を返せなかった。


そのまま、しばらくの間、涙を流し続けた。


烈は何も言わず、ただ隣で寄り添い続けていた。



クレアはようやく泣きやみ、目元はすっかり赤くなっていた。


しかし、その表情には、さっきまでの張りつめた影は消えていた。


「あはは……いっぱい泣いちゃった……」


少し照れくさそうに笑う。


(こんなに泣いたの……いつぶりだろう)


ふと、そんなことを思った。


隣では、烈が何も言わずに、ただ穏やかに頷いた。


「ありがとう……新井くん。なんだか、すごくスッキリしたよ」


「それなら、なによりだ」


短く、確かな声で返した。


クレアが時計に目をやると、すでに2時を過ぎていた。


「えっ!!もうこんな時間!?新井くん、大丈夫なの!?」


「おう!明日……というかもう今日か?休みだからな!」


烈は、にかっと笑う。


「なら、よかった……」


ほっと息をつくクレア。


「クレアは?」


「一応、休みだけど……」


「もう休んじゃえよ」


さらりと、迷いなく言った。


その一言に、クレアは少しだけ目を丸くした。


「……うん。そうね、そうしよっかな!」


今度は、ちゃんと力の抜けた笑顔で答えた。



「じゃ、そろそろ戻るぜ」


烈は立ち上がり、軽く伸びをした。


「新井くん、遅くまで付き合ってくれて、ありがとう」


クレアはまっすぐにそう言う。


「全然構わねーよ!むしろ、もっと頼れって」


烈は、明るく笑って答えた。


そのまま踵を返そうとしたとき——


「あ、新井くんっ!」


呼び止められて、烈はくるりと振り返った。


「ん?」


「あ、あのさ……もし良かったら……」


少し視線を泳がせながら、クレアは言葉を探す。


「烈くんって……呼んでもいい?」


その声は小さくて、でもちゃんと届いた。


一瞬きょとんとしたあと——


「あたりめーだろ!そっちの方がいい!」


烈はぱっと顔を綻ばせる。


その屈託のない笑顔に、クレアの頬がわずかに緩んだ。


「ありがとう……新井くん……じゃなくて……れ、烈くん」


言い直す瞬間、少しだけ照れくさくなる。


「おうっ!ゆっくり休めよ、クレア」


軽く手を上げて、烈はそのまま部屋を後にした。


静かになった研究室で、クレアはしばらく立ち尽くす。


(烈くん……か)


クレアの胸の奥が、さっきとは違う意味で、そわそわと騒ぎ始めた。

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