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エーテルコード  作者: エトコッコ
第9章:変革

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第5話「兆し」


『エドワード及びファイの居場所は、相変わらず不明です』


「そうか……」


低く応じたトーマスの声には、わずかな重みが滲んでいた。


『引き続き、捜査を続行します』


「よろしく頼む」


短いやり取りののち、通信が途切れる。


『こちらも、一切の手がかりは掴めず、だ』


モニター越しに映し出されたのは、日本軍の代表・火神かがみの姿だった。


『EDを含むエーテルに関する事柄については、オルフェは我々より遥かに理解がある』


淡々とした口調だが、その一言一言には重圧が込められている。


『我々としても、“エーテルコードとの共存”を以前から望んでいる』


『元より、日本軍とオルフェは強い協力関係にある』


一拍の間。


『しかし……今回の一件。“エドワード氏の逆襲”とも言うべきか……』


『大国をも滅ぼしかねない、未知の兵器の所有』


その言葉は、静かに、しかし確実に場の空気を冷やしていく。


『たとえエドワード氏がオルフェを脱退したとはいえ……オルフェも無関係では済まなくなる』


『最悪の場合——オルフェの解体、職員およびファクターの拘束、幽閉……』


『それらも、十分に現実となり得る』


冷徹な可能性が、はっきりと提示される。


『無論、我々も……そしてオルフェも、そのような事態は望んでいない』


『ただ……言いたいことは、分かるね?』


「はい、火神大将……重々、承知しております……」


トーマスは深く頭を下げた。


『一刻も早く見つけ出し、対処せねば……日本そのものの立場も危うくなる』


『元より、日本政府は——』


(……分かっているさ、そんなことくらい……)


頭を下げたまま、トーマスの拳が静かに握りしめられる。


その内心とは裏腹に、表情は微動だにしなかった。



火神との通信を終えたあと、トーマスはしばらく椅子に座り込んだまま動かなかった。


静まり返った司令室に、わずかな機器音だけが響いている。


——やがて、ドアが静かに開いた。


現れたのは松永だった。


「トーマス……あなた、ちゃんと休めてる?」


その声は柔らかいが、どこか気遣うような響きを帯びている。


「……そんな暇ないよ」


返ってきた言葉は短く、どこか重かった。


トーマスの表情には、隠しきれない疲労がにじんでいる。


「焦る気持ちはわかるわ。でも、焦ったって状況が動くわけじゃない」


松永は静かに言い聞かせるように続けた。


「……何かしてた方が、動いてた方が楽なんだ……」


絞り出すようなその言葉は、どこか自分に言い聞かせているようでもあった。


松永は、一瞬だけ言葉を失う。


それ以上、何も言えなかった。


なぜなら、その感覚を、自分もよく知っているからだ。


立ち止まることの方が、ずっと苦しい。


だからこそ、動き続けてしまう。


トーマスの気持ちが、痛いほど理解できてしまった。


松永はただ、少しだけ目を細めて、静かに彼を見つめていた。



司令室を後にした松永は、静かな廊下を歩きながら、頭の中で状況を整理していた。


まず浮かぶのは、世界情勢。


世界でも指折りの勢力である天華連盟——その本拠地が、たった一夜にして“消滅”する。


常識では考えられない出来事が、現実として起きてしまった。


しかも、それを成し遂げたのは、たった一機の兵器。


当然、その事実は公にはされていない。


もし露見すれば、世界は一瞬で混乱に飲み込まれるだろう。


先日、ファイに対して使用された“フレアⅢ”も、表向きは軍事演習という扱いになっている。


だが、それが苦しい言い訳であることなど、少し考えれば誰にでもわかる。


本拠地を失い、指導層すら不在となった今、最も混乱の渦中にあるのは、間違いなく天華だ。


そして——


エドワード、ファイ、アリス。


その3つの存在が、確実に世界の均衡を揺るがし始めようとしていた。



訓練室に1人立ちながら、音は先日見たファイの姿を思い返していた。


あの映像だけでも、力の差は明らかだった。


おそらく、あれでさえ“ほんの一部”に過ぎない。


“光のファクター”


それは本来、歴史や神話の中で語られる存在のはずだった。


だが今、それは現実として目の前に現れている。


同じ“ファクター”という括りで語るには、あまりにも次元が違う。


(もし……あれと戦うことになったら……)


脳裏に浮かぶ、あの圧倒的な姿。


胸の奥に、じわりと恐怖が広がる。


(今のままじゃ……絶対に勝てない……)


それは直感ではなく、確信だった。


きっと、他の3人も同じことを感じている。


(やっぱり……完全同調の力がいる)


以前、閃が口にしていた言葉がよみがえる。


完全同調を、自分の意思で引き出せるようになれば——と。


その可能性を探るため、閃は牧のもとを訪ね、システムによる補助を模索していた。


だが、現時点での結論は“ほぼ不可能”。


その事実は、すでにファクターズ全員に共有されている。


(閃くんも、動いてくれてる……)


胸の奥に、小さな灯のようなものがともる。


(あたしも……何かしなきゃ……!)


ぐっと拳を握る。


けれど——


(でも……実際、どうすればいいのか……)


答えは、すぐに霧の中へ消えていく。


音は思わず頭を抱えた。


完全同調の発生条件は、はっきりとしている。


同調率を100パーセントに到達させ、それを維持すること。


理屈だけなら、答えはもう出ている。


——だが


そもそも100パーセントに到達すること自体が稀だ。


たとえ到達できたとしても、その数値はすぐに揺らぎ、維持することは極めて困難。


「……難しすぎるよ……」


ぽつりと、弱音がこぼれる。


それでも、立ち止まるわけにはいかない。


音はゆっくりと顔を上げ、再び前を見据えた。



音が頭を抱えて唸っていると、訓練室の扉が開いた。


「あ、いたいた。音ちゃ〜ん」


軽やかな声とともに、牧が小走りで近づいてくる。


「あ、牧主任。お疲れ様です」


音ははっと顔を上げ、ぺこりと頭を下げた。


「お疲れ様、音ちゃん。ちょっと提案というか……話したいことがあって」


そう言って、牧は音の様子をじっと見つめる。


「あのさ……話半分で聞いてほしいんだけど」


前置きを置いてから、ゆっくりと言葉を続けた。


「閃くんから聞いてると思うけど、完全同調をシステムで補助するのは、やっぱり現時点じゃ難しいのね」


音は静かに頷く。


「でね……思いついたのが、音ちゃんのスキル《安静のウィンド》。あれって、エーテルを整える効果もあったよね?」


「だから、それを応用すれば……同調率をある程度コントロールできるんじゃないかって思って」


音の反応は、ぽかんとしていた。


その表情を見て、牧は少し慌てる。


「あ……!ごめんね!あくまで素人考えっていうか、ただの思いつきで……私はエーテルファクターじゃないし——」


その言葉を遮るように、音は、牧の両手をぎゅっと掴んだ。


「牧主任!とんでもないです!そ、それです……それですよ!!」


「え……?」


予想外の勢いに、牧は目を瞬かせる。


「牧主任の言う通りです!なんで気づかなかったんだろ……さすがです、牧主任!」


音の瞳は、これまでにないほど強く輝いていた。


「そ、それなら良かった……」


少し驚きつつも、牧はほっとしたように微笑む。


音の中では、すでに確信が生まれていた。


これは、ただの思いつきじゃない。


できる——そう、はっきりと感じていた。


音はすぐに意識を集中させ、風のエーテルを発生させる。


元のスキルを軸に、新しい形を思い描く。


“新スキル”のイメージを、ゆっくりと組み上げていく。


その様子を見届けた牧は、そっと一歩下がった。


邪魔をしないように、静かに訓練室を後にした。



翌日。


採血を含む一通りの身体検査を終えたメルは、共用スペースのPCに向かっていた。


画面にはショッピングサイトが開かれており、慣れた手つきで次々と注文を進めている。


その隣では、閃とみのりが身を乗り出すようにして画面を覗き込み、あれこれと口を挟んでいた。


「それ絶対いらないでしょ!」


「えー必要だもん!」


「PC1台に120万って……そのスペック、一体何に……?」


「ネトゲ」


3人のやり取りは、すっかり打ち解けた様子で、どこか賑やかで楽しげだ。


少し離れた場所からその光景を見ていた加藤は、自然と柔らかな笑みを浮かべていた。


そのまま歩きながら、端末を取り出し、松永へと連絡を入れる。


「松永主任……いえ、松永副総帥。メルさんの件ですが、すでに皆と打ち解けていますよ」


『そう……同世代の子たちと過ごす方が、メルにとってもきっと良い影響があるでしょうね』


穏やかな声が返ってくる。


「ええ。我々大人は、このまま見守るのが良さそうですね」


『報告ありがとう、加藤先生……それと、無理に“副総帥”って呼ばなくていいわよ』


くすりと笑う気配が混じる。


「フフッ、では遠慮なく。松永主任、と呼ばせていただきますね」


短いやり取りののち、通信が切れた。


加藤は端末を下ろし、ふと足を止める。


(松永主任……いえ、松永先生)


ほんのわずかに、表情が引き締まった。


(どうか、ご無理はなさらないでください)

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