第4話「境遇」
夕方。
みのりとアンジュ、そしてメルの3人は、並んで食堂へと向かっていた。
「ぷはー!サッパリしたー!」
メルは、みのりの部屋でシャワーを浴びたばかりで首にはタオルをかけている。
さらに、みのりの部屋着を借りて身につけていた。
ほぼ同じ身長のふたりだけあって、サイズは驚くほどぴったりだった。
「——で、サッパリしたら、次はお腹すいたってワケ」
上機嫌なメルの様子を横目に、みのりはアンジュへと視線を向ける。
「そっか。あの空き部屋、旧式のやつだから、シャワーとか付いてないんだ」
アンジュは納得したように頷いた。
メルが使うことになった部屋は、オルフェ日本支部が設立された当初に使われていた、簡易的なものだった。
寮として改装される前から存在していたため、現在の個室と比べるとやや手狭で、シャワーやトイレ、洗面所も備え付けられていない。
とはいえ、不便というほどではない。
トイレや洗面所は各フロアに複数設置されているし、地下5階の訓練エリアに行けば、シャワーは24時間いつでも利用可能だ。
さらに、週に3回——男性は月・水・土、女性は火・木・日には、生活エリアの温泉も使用できる。
生活するうえで困ることは、ほとんどない環境だった。
そして何より、メル自身はそういったことをまったく気にしていない様子だ。
「今ある旧式の部屋ってさ、いろんな人が倉庫代わりに使ってて荷物だらけなんだって。で、唯一何も置いてなかったのが、音の隣のあの部屋だったらしいよ」
みのりが説明する。
「なるほど……そういうことね」
アンジュは小さく頷いた。
「あー腹減ったー」
メルが遠慮なくぼやく。
「呑気なやつー」
みのりは呆れたように笑った。
◆
いつもより少し早い時間に食堂へ入ると、すでにテーブルに座っている閃の烈の姿があった。
「あれ、2人ともこんな早く来てるなんて、珍しいね」
アンジュが声をかける。
「そっちこそ……って、メル」
閃はすぐにメルの姿に気づいた。
「あ、せっちゃーん♡」
次の瞬間、メルは迷いなく閃に飛びつく。
どうやら施設の案内をしているうちに、すっかり懐いてしまったらしい。
「と、テツ」
「烈な」
名前を間違えられた烈が、間髪入れずに訂正する。
「テツはわんちゃんのほう」
アンジュが呆れたように補足した。
「てか、離れなさい!」
みのりは慌ててメルを閃から引き剥がそうとする。
そんなやり取りの最中、UB――ユーティリティボッツが静かにテーブルへ料理を運び始めていた。
次々と並べられていく出来たての料理から、湯気と香りがふわりと広がる。
「わっ!めっちゃ美味そう!」
メルは目を輝かせ、思わずその場で跳ねた。
「コレ、全部食べていいの?」
期待に満ちた声でアンジュに尋ねた。
「まぁ……うん。バイキング形式だから——」
メルの姿はもうそこになかった。
(早っ)
アンジュは心の中で、静かにツッコんだ。
◆
メルに続くように、残りの4人もそれぞれ料理を取りに動き出した。
湯気の立つ皿や、色とりどりのメニューが並ぶ中、UBが静かに案内を続ける。
「キョウハ、ビーフシチューモ、ゴザイマス」
「あ!今日ビーフシチューの日だっけ?やった!」
その一言に、閃はぱっと表情を明るくした。
「お、ビーフシチューか」
烈も興味を引かれたように、軽く頷く。
「モウショウショウ、オマチクダサイ」
丁寧にそう告げると、UBは小さくお辞儀をし、次の準備のためにその場を離れていった。
◆
メルの前には、所狭しと料理が並んでいた。
大皿が4枚分――それぞれに山盛りにされた料理が、テーブルを埋め尽くしている。
「あんた……それ、本当に食べれるの……?」
アンジュは思わず目を丸くして問いかけた。
「あったりまえじゃん♪」
メルはけろりと答え、迷いなくフォークを手に取る。
「あ!確か日本ではこうするんだっけ?いただきました〜」
「いただきます、ね」
みのりがやんわり訂正する。
「いただきまーす」
言い直すや否や、メルは勢いよく食べ始めた。
まさに“がっつく”という表現がぴったりだった。
「いい食いっぷりだな……」
その様子を眺めながら、烈がぽつりと漏らす。
「あ!ビーフシチュー来た!」
一方で、閃は完全にビーフシチューに心を奪われていた。
◆
あっという間に目の前の料理を平らげたメルは、迷いなく立ち上がり、そのままおかわりへ向かっていた。
「すげーな……オイ」
さすがの烈も、驚きを隠せない。
みのりとアンジュも、思わず無言で頷いた。
しばらくして、再び山盛りのプレートを抱えて戻ってくるメル。
「メル……どんだけお腹すいてたのよ……」
みのりが半ば呆れたように問いかける。
「だって美味しいんだもん」
メルはあっけらかんと答えた。
オルフェの食堂は、特別なものではない。
一般的な企業にあるような、いわゆる“普通”の食事だ。
それでも——メルにとっては、違った。
「なぁ……天華にいたときは、どんなもん食ってたんだ?食堂くらいはあっただろ?」
烈が何気なく尋ねる。
「あー、確かあったような……でもメル、一回も行ったことないからわかんない」
軽く思い出すように言いながら、メルは手を止めない。
「味気ないって、よく聞いてた気がする」
さらに一口頬張りながら続けた。
「そもそも食事なんて、ずっとブロックフードとかシリアルで簡単に済ませてたし」
「それだけか?だいぶ偏ってんな……」
烈が眉をひそめる。
「あとは、お菓子とかジュース」
「余計偏ってんじゃん」
アンジュが思わずツッコむ。
(そっか……この子のいた環境って、そんな感じだったんだ……)
みのりは、心の中でそっと呟く。
メルをはじめとする強化兵たちは、“戦うために生まれた存在”。
人の姿をした兵器とも言われている。
武力を重んじる天華の思想は、根本からして常識とは違っていた。
そんな環境で育ってきたメルにとって、今こうして囲んでいる食卓や、当たり前のように整った生活は、きっと想像以上に新鮮なものなのだろう。
目の前で美味しそうに頬張るメルの姿を見て、みのりの口元にふっと笑みがこぼれた。
「なーんか……メルの食べっぷり見てたら、またお腹すいてきちゃった!あたしもおかわりいこーっと」
軽やかにそう言って、みのりは席を立った。
◆
食事を終え、閃は自室へと戻り、烈はテツのもとへ向かった。
残されたみのり、アンジュ、メルの3人は、談話室で思い思いにくつろいでいる。
「ふぃー、食った食ったー」
メルは爪楊枝で歯の隙間をつつきながら、満足げに言った。
「オッサンか」
アンジュがすかさずツッコむ。
「あぁ、そういや日用品は無料で置いてあるから」
みのりが何気なく補足する。
「ホント、オルフェの施設って天国だわ〜」
メルはシシシと笑いながら言った。
「ウチらにとっては普通だけどさ、改めて考えると……ホント、住みやすいよね」
アンジュはしみじみと呟く。
「うん……当たり前のことに、ちゃんと感謝しないとね」
みのりも静かに頷いた。
「てかさ〜……」
ふいに、メルが話を切り出す。
「メルの部屋、まだ何にもないじゃん?」
少し身を乗り出して、続ける。
「だから、部屋完成するまで泊めてよ」
あまりにも自然な提案に、2人は同時にメルの顔を見た。
「寂しがり屋か」
アンジュが呆れ半分で言う。
「えーダメー?じゃあ、せっちゃんの部屋行こうかな♡?」
「ダメ、ぜっっったいダメ」
みのりは間髪入れずに即答した。
その速さに、アンジュが思わず吹き出しそうになる。
「もぉー……それなら、あたしの部屋に来なさい」
少し観念したように、みのりが言った。
「わぁい♡」
ぱっと顔を輝かせるメル。
その無邪気な反応に、みのりはやれやれと肩をすくめつつも、どこか楽しそうに微笑んだ。
「いいの?みのりん。ウチの部屋でもいいよ?」
アンジュが気を利かせて声をかける。
「なら今日はみのりの部屋に泊まって、明日はアンジュの部屋に泊まる♪」
メルは嬉しそうに、あっさりと両方採用する。
「はいはい、じゃあそれで」
みのりは苦笑しながら頷いた。
——けれど
その胸の奥で、ほんの少しだけ弾む感覚があることに気づいた。
(……ま、こういうのも悪くないか)




