第3話「移住」
リーアとの対話を終えた松永は、足早に司令室へと向かった。
そして、改めてトーマスへ連絡を入れる。
先ほどの会話の録音データに加え、リーアから提供された過去ログ――それら一式を送信した。
『なるほど……段々とピースが繋がってきた』
データを確認しながら、トーマスが低く呟く。
「やはり、アメリカ支部は……完全に……反応がありません……」
モニターを注視したまま、リオが報告する。
その声には、わずかな緊張が滲んでいた。
「……破壊された、というより――“一瞬で消された”……だから、アメリカ支部の消滅にオーキュラムは反応しなかった……?」
松永は思考をなぞるように、静かに言葉を紡ぐ。
『黄金のED……ファイ。このログを見る限り、それほどの力を持っていることは明白だ』
トーマスの声は落ち着いていたが、その奥には確信が宿っていた。
「……そして、ファイのファクターが誰なのかもね……」
松永はわずかに目を細め、核心へと踏み込む。
『ああ……間違いない』
トーマスは静かに、しかし断定的に言い切った。
◆
「——と、いうわけ。さ、みんなにご挨拶」
閃は、オルフェで暮らすことになったメルを、訓練生たちに紹介していた。
突然の話に、場の空気は一瞬固まる。
誰もが驚きを隠せずにいた。
「よろしく〜」
そんな空気など意に介さず、メルは軽やかに手を振る。
「よ、よろしくお願いします……」
東は戸惑いを滲ませながらも、なんとか返事をした。
「こ、ここ、こんな可愛い子が……あのΩチームって……!!」
光井は、別の意味で衝撃を受けている。
「だ……大丈夫……なの?」
みのりは、不安そうにメルを見つめた。
「エドワードさんの脱退の次は、Ωの強化兵がオルフェに住むって……もー……頭ん中ぐちゃぐちゃ……」
アンジュはここ最近の急激な変化についていけず、頭を抱えている。
「まぁ……みんなの気持ちはわかるよ」
閃は苦笑しながら頷いた。
「でも、Ωチームと戦う必要がなくなったって思えば……少しは安心できるだろ?」
その言葉に、訓練生たちは顔を見合わせたあと、ゆっくりと頷いた。
「それに、ちゃんとルールには従ってもらう約束もしてるからさ。大丈夫!」
閃はいつもの調子で、にこやかに言い切る。
「まぁ……それなら……」
みのりはまだ警戒を解かずに、メルを見つめながら小さく呟いた。
「あんた、チビねぇ〜」
——その瞬間、空気が変わった。
メルが唐突に放った一言に、みのりの目が見開かれる。
「アンタも変わんないでしょ!!」
反射的に言い返すみのり。
「何センチ?」
「ひゃ……141……」
消え入りそうな声で答える。
「メルの方が1cmおっきい♪」
メルは得意げに胸を張った。
「どんぐりの背比べだっつーの」
アンジュが呆れたようにツッコミを入れる。
「アンタはエッチな下着つけてそう」
今度は矛先がアンジュへ向く。
「んなこと言うな!」
思わず声を荒げたアンジュの頬が、ほんのり赤く染まった。
(なぁ……なんか、思ったより大丈夫そうじゃないか……?)
光井は隣の東に、小声で囁く。
(そ……そうですね……)
メルの勢いに押されつつも、東も同意するように頷いた。
「あ、そうそう。簡単に自己紹介してもらおうか」
閃の一声で、訓練生たちは順番に名乗っていく。
一通り終わると、メルが軽く指を折りながら口を開いた。
「えーと……アズマに、ミツイに、ミノリに、アンジュ……ね」
まだ少しぎこちない発音だったが、それでもしっかりと名前は覚えていた。
「とりあえず、施設の案内しながら挨拶回りしてる途中だから、また後でね」
「まったね〜♪」
ひらひらと手を振り、閃とメルはその場を後にする。
残された訓練生たちは、しばらくその背中を見送っていた。
そして——
(な、なんだろう……新しいライバルの予感……)
みのりの胸の中で、小さなざわめきが芽生えていた。
◆
施設を一通り見て回り、ようやくひと息ついた頃。
閃はソファに腰を下ろし、ドリンクを片手に小さく息を吐いた。
そのとき、背後から遠慮がちな声がかかる。
「や、やほ……」
振り向くと、そこには少し怯えた様子の音が立っていた。
「音、どした?」
閃は軽く手を上げながら尋ねる。
「あ……よかったら、メルちゃんの部屋、あたしが案内しようかなって……」
音は指先をもじもじと動かしながら、どこかぎこちなく言った。
——前の戦闘で、メルは音に対して強い執着を見せていた。
その記憶があるからこそ、音の表情にはわずかな緊張が残っている。
それでも音は、メルの事情を受け入れ、オルフェへの移住にも同意していた。
なおかつ、“絶対に音をいじめないこと”という条件は、しっかりとメルに釘を刺してある。
「……うん、そうだね。女子寮だし、その方がいいか。じゃあ、音にお願いしようかな」
自分から申し出たとはいえ、音の様子にわずかな不安を覚えつつも、閃はその意思を尊重した。
「うん!……なら、メルちゃん。あたしについてきて?」
音は意を決したように、メルへと声をかける。
「よろしく〜♡」
メルは軽やかに立ち上がると、そのまま音にぴたりと寄り添った。
「ひゃっ!?」
不意の距離に、音が小さく悲鳴をあげる。
「メールー?」
閃が少しだけ低い声で名前を呼ぶ。
「あはは!ごめんって!」
メルは悪びれもなく、ケラケラと笑った。
「あ……!いや、急だったからびっくりしただけだよ!だ、だから大丈夫!行こっ!」
音は慌てて取り繕うように言い、ぎこちない笑顔を浮かべる。
(……本当に大丈夫かな)
並んで歩き出した2人の背中を見送りながら、閃は小さく胸の内で呟いた。
◆
「へぇー、狭いけどキレーじゃん」
女子寮の空き部屋へ案内されたメルは、遠慮のない第一声を放った。
室内は、備え付けの机と椅子、ベッド、クローゼットのみ。
余計なものは何ひとつない、簡素な空間だ。
「隣の部屋は、わたしだから……何か困ったことがあれば、呼んでくれたら——」
「えっ!となりアンタなの?やったー♡」
音の言葉を遮るように、メルがぱっと声を弾ませる。
「ま、まぁ……喜んでもらえるなら……」
少し照れたように、音は頬をかいた。
「ヨロシクねっ!音♡」
次の瞬間、メルはそのまま勢いよく音に抱きつく。
「ぎにゃっ!!」
不意打ちに、またもや妙な声が飛び出した。
その反応がよほど面白かったのか、メルは腹を抱えて笑い出す。
(こういうところ……ちょっと閃くんに似てるかも……)
そんなことを思いながら、音の口元にも自然と笑みがこぼれていた。
◆
「ね、ねぇ……メルちゃん……」
少し間を置いて、音は意を決して切り出す。
「前に戦ったとき、“マヌケ面”って言ってたけど……」
言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。
「あれって……わたしのこと……?」
問いを受けたメルは、きょとんと目を瞬かせた。
「いや、どう考えてもアンタの乗ってたマシンのことでしょ」
あっさりと、そして率直に言い切る。
「アンタ、めっちゃ可愛いじゃん」
「……え、あ、ありがと……」
予想外の一言に、音は一気に頬を赤くした。
「自分のことだと思ってたの?」
「う、うん……」
思わず漏れた答えに、メルはくすっと笑う。
「あ!でも、ツムギも可愛いでしょ?」
「うん!バカっぽくて可愛いよ」
——褒められているのかどうか、判断に困る評価だった。
音は一瞬、返す言葉を失う。
「アンタはね、メルのどストライクなの♡」
急に甘えた声音に変わり、メルは上目遣いで距離を詰めてくる。
思わず音は一歩、後ずさった。
「ねぇ〜♡ちょっとお願いがあるんだけど……」
そう囁くと、メルは音の耳元に顔を寄せ、こそこそと何かを伝える。
その内容を聞くにつれて——音の顔はみるみる赤くなっていく。
「だ、だだだ!ダメ!!それはダメっ!!」
堪えきれず、大きな声が飛び出す。
「えー、ダメなのー?」
不満げに頬を膨らませるメル。
「ぜっったいダメ!!そ、それはっ……!!それに……そんなことしたことないもんっ!!」
音は必死に首を振りながら訴える。
「メルだってないよ〜」
「そういうことじゃなくて……ダメだから!!もぉ〜……」
真っ赤な顔のまま、音は全力で拒否した。
「ちぇ〜」
メルは少しだけ残念そうに、肩をすくめた。




