第2話「合流」
エドワード脱退の報が基地全体に広がって間もなく、閃と烈は予定通りパトロールへ向かおうとしていた。
張り詰めた空気の中、それでも日常を回すしかない——そんな空気が、2人の間にもあった。
だが、その均衡はあまりにもあっさりと崩れる。
館内に、警報音が響き渡った。
『天華のΩクラス強化兵の反応!!ファクターズは至急出撃準備を!!』
一瞬、2人は顔を見合わせるも、次の瞬間には、同時に駆け出していた。
「Ωの連中、最近やけに大人しかったが……ついに来やがったな」
走りながら、烈が吐き捨てるように言う。
「……なんか、久しぶりな感じ」
閃はそう返したが、その声音にはわずかな疲労が滲んでいた。
「てか、短期間で色々ありすぎなんだよ」
烈の言葉は、半ば愚痴のようでいて、的確でもあった。
ゼクスト及びイシュタール、そしてエドワードの突然の脱退――事態はあまりにも急激に動きすぎている。
「確かに」
閃は小さく頷く。
整理しきれないまま、次の局面が押し寄せてくる。
そんな感覚だった。
◆
ドッグに到着したときには、すでに怜と音が各EDへ搭乗を終えていた。
閃と烈もすぐに搭乗し、エーテルを集中させる。
その瞬間だった。
各ED、そして司令室へ一斉に通信回線が開かれる。
発信元は、リーアのレギオンΩだった。
予想外の接触に、司令室の空気がわずかに揺らぐ。
リオは思わず松永へ視線を向けた。
「……とりあえず、開いて」
短く、しかし迷いのない指示。
通信が開かれると同時に、ファクターズ側も回線を共有する。
『待って待って。ウチら戦闘目的じゃないから』
あまりにも唐突な一言だった。
誰もが一瞬、言葉の意味を理解できずに固まる。
その反応を見越したように、リーアは軽く言い直した。
『あ、えーと……こちらリーア。戦闘の意思はありません』
「ど、どういう……」
困惑するリオを制し、松永が前に出る。
「Ωチームのリーアさん……ですね。再度確認します。戦闘の意思はない、と?」
『だからさっきからそう言ってるじゃん』
リーアが返すより早く、横からメルが口を挟んだ。
『ちょ!メルは黙ってて!……えーと、そうです』
軽く息を整えながら、リーアが言い直す。
「……目的は?」
松永の声は終始冷静だった。
『ん〜……話すと長くなるんすよね〜』
その曖昧な返答に、松永の中で一つの仮説が浮かぶ。
(……エドワード絡みかもしれない)
トーマス不在の今、判断は自分に委ねられている。
わずかな沈黙の後、松永は決断した。
「わかりました。オルフェ内で話を聞きましょう」
「——ただし、安全が確認されるまでは武装は維持します」
『も〜しつこいなぁ〜』
『メ〜ル〜?……もちろん、構いません』
メルを軽く制しながら、リーアはあっさりと受け入れた。
そのやり取りを聞いていたファクターズへ、松永が指示を飛ばす。
『ファクターズは、レギオンから強化兵が降りるまで、EDで待機してて』
「了解」
全員が応じ、緊張の中で静かに待機する。
その最中、烈から閃へ通信が入る。
『なぁ……レーダー、レギオン1機だけだよな?』
『でも……声は2人分だったな』
『……やっぱ、1機に2人乗ってんのか』
『何か事情があるのは間違いなさそうだ』
短いやり取りの最中、赤いレギオンΩが指定地点へ降下した。
武装した職員たちが包囲し、アサルトライフルの銃口を向ける。
やがてコクピットハッチが開き、リーアとメルが姿を現した。
衣類を失っていたメルは、どこかで入手した水色のワンピース姿だった。
職員はアサルトライフルを構えたまま、ゆっくりと近づき、探知ゴーグルでリーアとメルを確認していた。
◆
『問題ありません』
「わかったわ。そのまま応接室に案内して」
リーアとメルは、職員に案内され、応接室へと入った。
「どうぞ、掛けてください」
松永に促され、2人はソファへ座った。
ファクターズは、細心の注意を払っていた。
彼らは松永の護衛の役割も兼ねていた。
戦闘の意思がないとはいえ、相手はΩクラス。
ファクターと同等、あるいはそれ以上の身体能力に加え、卓越した戦闘技術を有する彼女らは、たとえ武装した兵士が数十名いようとも、丸腰のまま瞬く間に殲滅してしまうほどの力を持っている。
緊張した面持ちでいるファクターズとは対照的に、リーアとメルは非常にリラックスしていた。
「そんな身構えないでよー」
「そう言われても……ね」
閃が静かに返す。
「では、さっそくですが……」
松永の促しに、リーアはゆっくりと語り始めた。
◆
話が終わる頃には、空気は完全に変わっていた。
松永も、ファクターズも言葉を失っていた。
リーアのスマカから提示された通信ログ、映像。
そこに映っていたのは、常識を覆す存在。
黄金の巨人――ファイ。
「なんだよ……これ……」
烈の声は震えていた。
「エドワードさんが……オルフェを……利用してたって……」
音は涙をこぼしていた。
「アメリカ支部が……消滅……?」
怜の声にも動揺が滲む。
「人が……生き返った……?」
閃は、ただ目の前の映像を見つめることしかできなかった。
そして——
「……天華本拠地は、消滅……で間違いないのね?」
「そうですね」
リーアはあっさりと肯定した。
あまりにも軽い口調が、逆に現実の重さを際立たせる。
「で、ウチらはチャンってヤローの命令で動いてたんですけど」
「そのチャンが死んだんで、もうフリーなんすよ」
「つまり――戦う理由がなくなったってこと」
静まり返る室内。
「……なるほど。こちらとしても、不要な戦闘は避けたい——」
松永が口を開いた、その瞬間。
「オ、オイ!ちょっと待てよ!本当かよ!」
烈が声を荒げる。
「本当だよ?」
リーアは即答する。
「それとも……決着つけたいの?」
リーアの問いに、烈は言葉を詰まらせた。
「……いや……ただ、こんな終わり方、想像してなかっただけだ」
「それはウチらも同じだって」
リーアは肩をすくめる。
「ま、人生なにが起こるかわかんないってコトよ」
「……確かに」
閃が静かに応じた。
「正直……Ωチームと戦わなくていいなら、それに越したことはないし」
閃はそう言って、隣の烈へと視線を向けた。
「まぁ……そりゃ、そうだな」
烈もまた、小さく頷きながら応じる。
それほどまでに、ファクターズにとってΩチームは脅威の存在だった。
◆
「これから、どうするの?」
閃の問いに、リーアは笑った。
「ウチは自由気ままに行動するさ♪」
その視線の先で、メルがソファでぐっすり眠っている。
「でさーお願いがあるんだけど、この子……メルをここで預かってくんない?」
リーアの突然の提案に、その場は一瞬、静まり返った。
最初に口を開いたのは松永だった。
「え、えっと……それは……」
「まーイイじゃないですかー♪」
リーアが軽い調子で割って入る。
どうやら、かなり本気でメルを置いていくつもりらしい。
「部屋、空いてる?」
いつの間にか目を覚ましていたメルが、ひょこっと顔を上げて松永に尋ねた。
「空きはあるけど……」
「ならよろしく〜」
ぺこり、と素直に頭を下げるメル。
「まだ決まったわけじゃねーよ!」
烈が思わずツッコミを入れる。
「メ〜ル〜?ちゃんとお世話になるなら、礼儀正しくしなさいよ?」
リーアがやや呆れたように言う。
「わかってるよぉ」
「特に日本は、礼儀を重んじる文化だからね? わかった?」
「はぁ〜い」
(……なんかもう、住む前提で話進んでる)
一連のやり取りを眺めながら、怜は内心で小さくため息をついた。
「まぁ、放置しておくより、ここに置いておいた方が安全ですし……いいんじゃないですか?」
閃が松永に視線を向けて言う。
その言葉の「安全」が指すのは、メルではなく一般市民の方だった。
「そうねぇ……」
松永は少し考え込む。
「それに、もし何かあっても、僕らがいますから」
「……確かにそうね。ただ、まずはトーマス総帥代理に確認しないと」
そう言うと松永は席を立ち、応接室を出てトーマスへ連絡を入れた。
◆
ほどなくして戻ってきた松永は、トーマスから許可が下りたことを伝えた。
「良かったね、メル♪」
リーアがメルの頭をぽんぽんと軽く叩く。
「あらためて、よろしゅうおねがいしますぅ〜」
妙なイントネーションのローカル語で、メルが再び挨拶をした。
その言い回しに、松永とファクターズは思わず笑みをこぼした。
「もー、笑わないでよ!!」
そう言いながらも、メル自身もどこか楽しそうに口元を緩めていた。
◆
「んじゃ♪そうと決まれば、ウチはそろそろおいとましますかぁ」
リーアが立ち上がる。
「リーアさん、様々な情報提供ありがとうございました」
松永は丁寧に頭を下げた。
「いやぁー、こちらこそ。話が通じる人でよかったっす!」
「じゃ!メルをよろしくお願いします!」
そう言い残し、リーアは応接室を後にして、レギオンの元へと向かった。
◆
「リーアー!!バイバーイ!!」
メルは飛び立とうとするレギオンΩに向かって、大きく手を振った。
リーアもまた、機体越しに手を振り返し、そのまま高速で空へと消えていく。
(元気でね、メル)
胸の内でそう呟きながら、リーアは振り返ることなく飛び去った。




