第1話「決別」
早朝。
トーマスのスマカに、一通のメッセージが届いていた。
差出人はエドワード。
その内容を読み進めるにつれ、トーマスの表情は徐々に青ざめていく。
読み終えた瞬間、彼は一切の迷いなく立ち上がった。
急いで身支度を整え、そのままオルフェへと向かった。
◆
移動中、松永から着信が入る。
『トーマス、あなたにも来たんでしょ!?エドワードからのメッセージ!』
焦りを隠しきれない声だった。
「ああ……今、オルフェに向かっている」
『私もすぐ向かいます!』
それだけ言い残し、通話は切れた。
(エドワード……あなたは一体、何を——)
胸の奥に重たい不安を抱えながら、トーマスはエレカの速度をわずかに上げた。
◆
朝食の時間。
食堂にはファクターズや職員らが集まり、穏やかな朝のひとときを過ごしていた。
「わぁ!閃くんのそれ、おいしそうだね!」
音が目を輝かせながら声を上げる。
その視線の先には、閃のプレートに乗った大きなオムライスがあった。
「期間限定メニューらしいよ!」
「ほんと?それに絵も可愛いね!わたしも取ってこよ!」
音は嬉しそうに席を立ち、オムライスを取りに向かう。
「ところで、それ何を描いてんだ?」
烈が身を乗り出し、閃の皿を覗き込んだ。
「これ?あかマッシュ!自分で描いた!」
得意げに笑う閃。
あかマッシュとはニャンダルソフトのゲーム“マッシュチーム”の主人公。
ケチャップで丁寧に描かれたそれは、思わず見入るほど完成度が高かった。
「器用ね」
怜が漬物をつまみながら、淡々と呟く。
「我ながら上手く描けてんなぁー……コレ」
自画自賛しつつスマカで写真を撮ると、閃はスプーンを手に取り、そのまま勢いよく口へ運んだ。
「うまうま♪」
頬いっぱいにオムライスを詰め込み、幸せそうに笑う。
その様子を見た怜は、木の実を頬袋に詰め込むリスをふと思い浮かべていた。
——その時
館内アナウンスが静かな空気を切り裂いた。
『本日10時より、緊急集会を行います。つきましては——』
「またかよ……」
「なんだろ……」
「最近多いよね〜」
あちこちでざわめきが広がる。
先日のイシュタールの一件も、まだ記憶に新しい。
「……閃、何か心当たりあるか?」
烈が低い声で問いかける。
「いや……」
閃は首を振る。
だが、なぜかエドワードの顔が脳裏をよぎっていた。
◆
講義ホール。
次々と職員が集まる中、すでに壇上にはトーマスの姿があった。
その隣には松永も控えている。
全員が揃うのを待つと、トーマスは簡潔に挨拶を済ませ、すぐに本題へと入った。
その内容が告げられた瞬間——ホール内に大きなどよめきが広がる。
「ど、どういうこと……」
「エドワード総帥が……?」
「なんで急に……」
「一体、何が起きているんだ」
ざわめきは一向に収まらない。
やがてトーマスが静かに口を開いた。
「皆の反応は当然だ。僕自身も、未だ信じ難い」
一呼吸置き、続ける。
「しかし——これは紛れもない事実だ」
松永もまた目を閉じ、黙ってその言葉を受け止めていた。
「エドワード総帥は……いや、エドワード氏は、オルフェを正式に脱退した」
「それに伴い、今後は僕、トーマスが総帥代理として、新体制を率いることになった」
「パパが……総帥代理……?」
クレアは、頭の中が真っ白になっていた。
「戸惑いは大きいと思う。だが今は、目の前の任務に集中してほしい」
トーマスは真っ直ぐ前を見据える。
「僕だけではどうしようもできない。だからこそ、松永主任をはじめ、皆の力が必要なんだ」
「新しい情報が入り次第、すぐ共有する。どうか、力を貸してほしい」
言葉を締めると、集会は解散となった。
しかし、ざわめきはしばらく消えることはなかった。
◆
ホールを出たトーマスの背を、クレアが追いかける。
「待って……パパ!……じゃなくて……総帥代理」
呼び方に迷いながらも、必死に声をかける。
トーマスは足を止め、振り返った。
「何が起きてるの!?エドワード総帥は……どうして……!」
「……クレア」
短く呼びかける。
「こちらも分からないことだらけだ。すまないが、今は何も言えない」
静かで、だが揺るぎない声だった。
その言葉に、クレアはそれ以上何も言えなくなる。
◆
集会後。
閃はファクターズと訓練生を広間に集めた。
誰の顔にも、不安と動揺がはっきりと浮かんでいる。
そんな中、閃はゆっくりと口を開いた。
「みんな、急な出来事で不安だと思う。正直、俺も驚いてる」
一瞬、言葉を選ぶように間を置く。
「でも、こういう時こそ目の前のことに集中しよう」
「混乱してる時に不安に流されて動くと、余計に状況が悪くなると思う」
その言葉は、決して強くはないが、しっかりと芯が通っていた。
「なんなら今日は休んでもいいし、アル先生に話を聞いてもらうのもいいと思う」
「手配は俺がやっとく」
話し終えると、場に少しだけ空気が戻る。
「……俺、アル先生のとこ行こうかな……」
光井がぽつりと呟く。
「あたしも……」
みのりも小さく続いた。
「うん、それがいいよ」
閃は優しく頷く。
やがて、その場は静かに解散となった。
◆
その後、閃はすぐにアルへ連絡を入れ、状況を説明した。
アルはすでに全員のカウンセリングを予定していると告げる。
その落ち着いた声と、変わらない優しさに、閃は胸の力が少し抜けた。
ふと、背後に気配を感じる。
振り返ると、小柄な影——加藤の姿があった。
「あ、カトちゃん」
「閃くん、陰ながら見ていましたよ」
穏やかな笑顔で言う。
「君は本当に仲間思いですね」
「当たり前のことしてるだけだよ」
あっさりと返す閃。
その言葉に、加藤は柔らかく微笑んだ。
「それが当たり前だと思えること自体、とても尊いことなんですよ」
「その優しさや思いやりは、誰もが持てるものではありませんから」
「カトちゃんだって持ってるやん!」
閃は屈託なく笑う。
「ふふ……ありがとう」
「ただ、閃くん。決して無理はしないでくださいね」
「もし困難にぶつかった時、あなたを支えたいと思う人は、必ずたくさんいます」
「——私も、その中の1人です」
「……ありがとう、加藤先生」
その言葉に、閃の胸はじんわりと熱くなっていた。




