第6話「Dear...」
閃は牧の元を訪れていた。
以前から相談していた、完全同調の補助システムについてだった。
牧は松永や黒須と情報を共有し、オーキュラムにも読み込ませながら、様々なアプローチを模索し続けていた。
「——で、結果なんだけど……そのシステムを実現しようとするなら、少なくとも年単位の時間がかかるわ」
牧はため息混じりに言った。
「年単位、かぁ……」
閃も、思わず浮かない表情になる。
「ファクターズ全員分のデータがあって、それでもコレだからね……」
牧は続けた。
「閃くんが初めて完全同調を成功させる以前は、答えが分かっていても、そこに至る方程式が全く分からない状態だったし……」
事実、閃が実現するまでは、完全同調を机上の空論と呼ぶ者もいたほどだった。
「そっかぁ……マッキー達でさえそうなるってことは、よっぽどのことなんだね」
閃は少し残念そうな表情を浮かべた。
「ごめんね……でも、もちろん研究は続けるからね?」
牧は申し訳なさそうに付け加えた。
「ただ、数ヶ月ではどうしても……ね」
「大丈夫だよ!ありがとう、マッキー!」
閃は笑顔でそう言い、その場を後にした。
◆
その日の夜、閃は他の3人を呼んでミーティングを開いた。
議題は完全同調の件だ。
牧とのやりとりをひと通り伝える。
「——あの力を、ある程度自分でコントロール出来るようになれば、これまで以上に役立てる」
閃は言った。
「確かにな……」
烈は静かに同意した。
「私が完全同調したときは、2回とも完全に無意識だった……」
怜が言う。
「俺もだ。帰還してから言われて、初めて知った」
烈も同じだった。
「……実は、わたしも……」
音も頷く。
「みんなそうなんだ。俺もだけど」
もっとも閃に至っては、完全同調してからの戦闘中の記憶そのものが、すっぽりと抜け落ちていた。
「無意識に発動していたものを、意識して出せるようにするって……難しい話ね」
怜は言った。
「そーなんだよなぁ……」
閃は頭の後ろで手を組み、天井を見上げた。
「そもそも、同調率を100パーセントで維持するって理屈だよな?完全同調って」
烈が言う。
「そう」
閃が短く答えた。
「俺、今までEDに乗ってるとき同調率なんて気にしたことないから、そもそも何をどうやったら100パーセントになるのかわかんねぇよ」
「……確かに」
珍しく、烈の意見に怜も素直に同意した。
閃と音も、無言で頷く。
同調率とは、元々EDを正確に動かすための目安となるパーセンテージ。
常に90パーセント以上の高い同調率を保つファクターズにとっては、普段から意識するようなものではなかった。
結局、その後は特に進展もないまま解散となった。
◆
その後、閃のスマカにメッセージが届いた。
怜からだった。
『少し、話せる?』
『いいよー』
閃はそう返信した。
オルフェの中庭に向かうと、怜がすでに待っていた。
「おまたせ」
閃はそう言いながら、手に持っていた缶ココアを1つ怜に差し出した。
「ありがと」
怜はそれを受け取り、近くのベンチに腰を下ろした。
「どーしたの?」
閃はフタを開けつつ、怜に言った。
怜もフタを開け、少し間を置いてから答えた。
「ねぇ……私たちって、どういう関係なの?」
ゼクストとの決戦を前に、2人は互いの思いを打ち明け合い、それ以来は恋人のような関係が続いていた。
しかし、正式に恋人になったわけでもない——どこか曖昧なままの関係だった。
閃自身も、ずっとそれを感じていた。
「恋人……みたいな、感じ?」
「閃は、私のことをどう思ってる?」
怜は閃をまっすぐ見つめた。
「好きだよ。大好きさ」
閃は迷わず答えた。
「……それって、どっちの意味?」
「仲間としても……その……異性としても……」
閃は少し照れながら答えた。
その様子に、怜はクスッと笑ってしまう。
「ありがとう……嬉しい」
怜は言った。
「私もね……同じ気持ち」
そっと、怜は閃の手の上に自分の手を重ねる。
しかし、怜は少し俯いた。
「……でも、やっぱり恋人にはなれない……」
怜は絞り出すように言った。
「……うん。わかるよ……」
閃自身も、どこかで感じていたことだった。
「……これからは、前みたいな関係に戻りたい」
怜は、閃の手をギュッと握りしめた。
怜が望んでいたのは、曖昧な関係を続けることではなく、互いに背中を預け合えるような、以前の仲間としての関係だった。
そしてその思いは、閃にも十分伝わっていた。
「……うん、そうしよう……」
閃も静かに答えた。
しかし、頭では理解できていても、胸の奥が痛む。
「閃……悲しい……?」
怜は不安げに閃を見つめた。
「悲しくない……って言ったら嘘になる……かな」
閃はそう続けた。
「でも怜の判断は正しいし、俺もその方がいいと思う」
「ありがとう、閃……」
怜の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「私……この人生で、誰かを愛することなんて無いと思ってた」
「いろんな”初めて”を、閃と一緒に経験できて良かった……」
「短い時間だったけど、閃と恋人みたいに過ごせた時間、本当に幸せだった」
「でも、この関係が続くと、私の中で何かが壊れていきそうで怖かった……」
「だから、だから……!!」
閃は無言で怜を抱きしめた。
「大丈夫、怜……ちゃんと、わかってる」
「怜の気持ち、伝わってるから……」
閃の胸の中で、怜は静かに涙を流していた。
「気が済むまで、ずっといるよ……」
飲みかけのココアは、すっかり冷めていた。




