第5話「とまどい」
深夜2時。
寝息をたてていた閃は、突然飛び起きた。
(イノ!?)
前と同じだ。
イノは《テレパス》を使い、閃の夢を通して“自身の追体験”を見せてきていた。
それは、イノがイシュタールを消滅させた、その一部始終。
当然、その情報はまだこちらには入っていない。
だが、閃には見えてしまった。
ただ事ではないと察した閃は、すぐに司令室へ向かった。
◆
司令室のドアを開けると、そこには仮眠を取っていたリオの姿があった。
閃はオーキュラムを起動し、イシュタール基地の座標を呼び出す。
映し出されたのは——
巨大隕石が落ちたかのような、底の見えないクレーター。
基地は跡形もなく消え去っていた。
(イノがやったのか……)
あまりの光景に、閃は言葉を失う。
「ん……あれ……閃ちゃん?」
物音で目を覚ましたリオが、アイマスクを上げながら不思議そうに見る。
「あ、リオっち……起こしてごめん……」
明らかに様子がおかしい。
「どうしたの?」
リオは起き上がり、水を一口飲みながら問いかけた。
閃は深呼吸をし、モニターの映像を見せ、自分に起きたことをリオに説明した。
話し終えた頃には、リオも完全に言葉を失っていた。
「俺も……正直、何が何だか……」
閃自身も困惑している。
「とりあえず、連絡しなきゃ!」
リオが即座に判断する。
「俺がエドワードさんに直接話すよ」
「じゃあ私は副総帥と松永主任に連絡するわ!」
2人はすぐに、それぞれの連絡先へアクセスした。
◆
エドワードは地下7階にいた。
大きなベッドには、ぬいぐるみに囲まれてアリスが眠っている。
その傍ら、デスクで仕事をしていたエドワードの胸ポケットで、スマカが静かに震えた。
この時間帯の着信は珍しくない。
だが、発信者は閃。
しかも深夜。
エドワード、何か妙な胸騒ぎを覚えた。
ベッドから少し離れ、電話を取る。
「閃くん、何があった?」
「夜分にすみません、エドワードさん。実は——」
閃は簡潔に状況を伝えた。
「な……!?わかった、すぐ向かう」
通話を切ると同時に、エドワードは立ち上がる。
「パパ、またお仕事?」
ベッドから、アリスの声がした。
「アリス、起こしてしまったね。すまない」
優しく頭を撫でた。
「すぐ戻るよ。愛してる」
額に軽くキスを落とす。
「うん。私も愛してる、パパ。いってらっしゃい」
「行ってくるよ」
エドワードは静かに部屋を後にした。
◆
司令室には、エドワード、トーマス、松永が集まっていた。
閃が改めて説明を行う。
「これは……どう解釈すべきか」
トーマスが唸る。
「天華と並ぶ脅威だったイシュタールが、消滅……」
松永も低く呟いた。
「……ヨハンのことだ。“この展開”すら想定済みだろう」
エドワードは冷静に言い切る。
(そろそろ来るか……)
閃は“いつものパターン”を予感していた。
――その瞬間
『そのとーり!さっすがワシの親友』
モニターに浮かぶ、“GIGAS”の文字。
ヨハンだった。
(ほーら来た)
閃は内心で呟く。
『にしても、もう知ってたのかよー。せっかく驚かせようと思ってたのにー』
「残念だったな、ヨハン!」
トーマスが返す。
『残念?何が?私(GIGAS)も“右腕”も“左腕”も、ちゃんと残ってるけど?』
『それに世界中に“お友達”もたくさんいるしな。いやぁ、持つべきものはやっぱ友だよな!』
「ヨハン……お前の野望は私が終わらせる」
エドワードの声は静かだが、強い。
『おっ?その言い方……お前の“作品”も完成間近ってことか?』
どこか楽しげなヨハン。
(作品……?)
閃は引っかかりを覚えた。
『楽しみだよ、エド。お前の最高傑作を拝むのがな!!アッハハハ!!』
ヨハンの笑いが司令室内に響いた。
「……ところで、イノはどうする?」
閃が問う。
『あー、イノちゃん?もうイシュタールじゃないし、知らねー』
軽く言い放つヨハン。
『でもさ、ゼクストのおかげで、すっげー良いデータが取れたよ。彼らには本当に感謝してる』
『だから“エンプティア”はプレゼントってことで♡』
「ふぅん」
閃は短く返した。
『じゃ、またね〜 ♡』
通信は途切れた。
「……どこまで人を馬鹿にすれば気が済むんだ……!!」
トーマスが吐き捨てる。
「……総帥、今後の対応は」
松永が言った。
「……これから協議しよう」
エドワードは頷き、閃とリオに目を向ける。
「閃くん、宝生くん。ありがとう。あとは休んでくれ」
「はい」
「失礼します」
2人は司令室を後にした。
時刻はすでに4時を回っていた。
◆
「閃ちゃん……お姉ちゃん、もう無理……おやすみ……」
「おやすみ、リオっち」
リオは談話室でそのまま眠りに落ちた。
閃も自室へ戻るが、眠れない。
(イノ……大丈夫なのか?)
結局、そのまま朝を迎えた。
◆
閃はいつもより遅れて食堂へ向かった。
アホ毛はしなっと垂れ、完全な寝不足顔だった。
この時間、食堂はほとんど無人だ。
閃は軽くあくびをしながら、素うどんと浅漬けだけを取り席につく。
普段の彼からは考えられないほど簡素な朝食だった。
「いただきみゃ〜……」
気の抜けた声、あまり食欲もわかない。
箸を進めながらも、頭にあるのはイノのことばかりだった。
食べ終えて片付けていると、館内アナウンスが流れた。
『本日13時より、エドワード総帥による緊急集会を行います。つきましては——』
(イシュタールの件だな……)
閃はすぐに理解した。
◆
13時、講義ホール。
全職員が集まっていた。
「閃くん、大丈夫……?」
音が心配そうに声をかける。
「ねみゅ……」
相変わらずのアホ毛。
「夜中までゲームでもやってたのか〜?」
烈が茶化す。
「ちがうわ」
閃も軽く返した。
隣に座っていた怜が静かに口を開いた。
「この説明会と関係あるの?」
「大正解……」
力なく答える閃。
そこへ、エドワードが現れた。
◆
説明が終わる頃には、ホール中がざわめいていた。
閃の話も含め、すべてが共有された。
怜たちは、閃の疲労の理由を理解した。
その後、談話室にて音が閃に《安静のウィンド》をかけた。
「ふぅ……ありがと、音」
閃の表情が少し緩む。
「うふふ、どういたしまして」
「閃、もう今日は休めよ。パトロールは俺がやる」
烈が言う。
午後から閃と烈はパトロールの予定だった。
「……じゃあ、お言葉に甘えるにゃ……」
閃は、烈の好意に甘えることにした。
◆
自室前、みのりが立っていた。
「みのりん、久しぶり!」
いつも通りの調子で声をかける閃。
だが、みのりの表情は不安でいっぱいだった。
「閃先輩……大丈夫ですか……?」
説明会で、閃のことが心配になったのだ。
「大丈夫。さっき音に回復してもらったし、今日は休むから」
「……よかった」
それでも、みのりの表情は晴れない。
閃はゆっくり近づき、そっと抱きしめた。
「ごめんな、心配かけて」
みのりも閃を抱きしめ、顔を胸に埋めた。
「先輩……好きです。大好きです……」
「俺も好きだよ、みのりん」
同じ言葉、違う意味。
みのりはそれをわかっていた。
少し抱き合ったのち、みのりは顔をパッと上げた。
「ありがとうございます、先輩!逆に元気もらっちゃいました!」
いつもの明るい笑顔に、閃は安心した。
「それならよかった」
「じゃあ任務行ってきます!」
元気に駆けていくみのり。
閃はそれを見送り、自室へ入っていった。
その一部始終を物陰から見ていた怜は、静かにその場を後にした。




