第4話「神の子計画」
エドワードは、とある場所へ向かっていた。
それは、普段使用されているオルフェの正規ルートとはまったく異なる入口だった。
通称『地下7階』。
ごく一部の人間だけが、限られた裏ルートを通って到達できる特別な区画である。
オルフェの施設は、表向きには地下6階までしか存在しない。
実際、正規ルートでは地下6階までしか行くことができない構造になっている。
エドワードは、その地下7階へと続く専用エレベーターに乗っていた。
内部は薄暗く、無機質な静けさが支配している。
やがて、重々しい音と共にエレベーターが停止した。
目の前には、厳重なゲート。
エドワードは備え付けのロックキーにパスワードを打ち込む。
数秒の認証ののち、静かにゲートが開かれた。
その先に広がっていたのは——
まるで教会のような、神聖な空間だった。
白と金を基調とした荘厳な内装。
天使を模したステンドグラスが柔らかな光を落とし、壁一面には宗教画が描かれている。
足元には、丁寧に手入れされた色鮮やかな草花。
それらが静かに空間を彩っていた。
明らかに、これまでのオルフェの施設とは一線を画す異質な空間。
その奥から、白いパイプオルガンの音色が響いていた。
穏やかで、どこか包み込むような旋律。
エドワードは、その音の方へとゆっくり歩みを進めた。
エドワードの存在に気づき、オルガンの音が止む。
次の瞬間、小さな足音が駆け寄ってきた。
「パパ!おかえりなさい!」
「アリス、遅くなってすまない」
そこには——
亡くなったはずの少女、アリスの姿があった。
◆
『神の子計画』。
それは、エドワードが極秘裏に進めていた計画である。
アリスの遺体に残り続けるエーテルを利用し、彼女自身を“復活”させる。
本来であれば、死者の蘇生など不可能に等しい。
だがアリスは、“光”のファクター。
生命を司る力を持つ存在だった。
——ならば、例外は起こり得る。
エドワードは、その可能性に賭けた。
計画は当初、イギリスの拠点で開始された。
しかし途中から日本の基地へと移され、より厳重な管理のもとで進行することになる。
そのために用意されたのが、この地下7階だった。
元来、この場所は神の子計画専用の実験区画として設計されたものである。
この計画の存在を知る者は、わずか2人。
トーマスと松永だった。
どちらもエドワードから絶大な信頼を寄せられている人物。
トーマスは副総帥として、エドワードが研究に専念できるよう、表の組織運営を担っていた。
一方、松永は——この計画に対し強い葛藤を抱いていた。
倫理的に見れば、決して許されるものではない。
だが、もし自分が同じ立場だったら——
そう考えた時、完全に否定することもできなかった。
結果として松永は、協力はしないが、計画を黙認するという立場を取っていた。
そして——
日本に拠点を移してから、5年の月日が流れ、ついにその時は訪れた。
アリスは——蘇った。
神の子計画は、成功したのだ。
エドワードは、言葉にできないほどの喜びを感じていた。
共に研究を進めてきたチームもまた、自分のことのように歓喜した。
エドワードは、彼らに心からの感謝を伝えた。
そして——
再びこの腕で、娘を抱きしめた。
アリスは、自身が一度死んだことを理解しているようだった。
その表情には戸惑いも混じっている。
エドワードは、時間をかけて全てを説明した。
静かに話を聞き終えたアリスは、やがてこう言った。
「また、パパに会えて嬉しい」
エドワードも、優しく応える。
「パパも、またアリスに会えて嬉しいよ」
その後、地下7階はアリスの生活空間として整えられた。
外の世界では、彼女は“故人”。
軽々しく外に出すことはできない。
そして——ヨハン。
彼が初めてオーキュラムへハッキングした際、こう口にしていた。
『アリスは元気か?』と。
その一言で、エドワードは確信した。
この計画は、ヨハンに漏れている。
ヨハンは、すべてを知っている。
だからこそ、アリスを外に出すことはできなかった。
◆
「アリス、またピアノ上達したんじゃないか?」
「パパ、それはピアノじゃなくてオルガン。何回も間違えてる」
アリスはくすっと笑った。
「ああ、そうだったね。ところで……さっきの曲はなんていうんだい?」
エドワードが尋ねる。
「“旧約・堕天使の叫びのテーマ 第2章”」
アリスはさらりと答えた。
「ずいぶん……重厚な名前だね」
「この曲は全部で9章構成で、私はこの第2章がお気に入りなの」
「理由を聞いてもいいかな?」
「第2章はね、“喜びと安らぎ”がテーマだから」
そう言って、アリスは微笑んだ。
確かに、先ほどの旋律は、どこか心をほどくような優しさがあった。
エドワードは、ふと気になって尋ねる。
「じゃあ……最後の章のテーマは?」
一瞬だけ、アリスの表情が曇った。
そして——
静かに答えた。
「喪失と後悔よ、パパ」
その言葉のあと、2人の間に短い沈黙が流れた。




