第3話「ever free」
サムを見届けたあと、イノはイシュタールへ向かっていた。
目的は帰還ではなかった。
「うぅ……アーク、クリス、サム……」
ナンシーは3人の死に強いショックを受け、泣き崩れていた。
人体実験という倫理的な矛盾はある。
それでも彼女なりに、ゼクストを愛していた。
まるで、自分の子どものように。
「あー……ボクのプリン、食べる?」
アガレスなりに、ナンシーを慰めているようだった。
その時だった——
突如、爆発音が響いた。
同時に基地内に鳴り響くアラート。
「な、なんなの!?」
ナンシーは驚き、顔を上げた。
「爆発だねぇ」
アガレスは落ち着いた声で答えた。
2人は爆発音のした方向へ向かった。
◆
そこには、エンプティアの姿があった。
「まさか……イノがやったの!?」
ナンシーは口元を押さえ、震えた声で言った。
「そうみたいだねぇ」
隣でアガレスが呟く。
エンプティアは2人を確認すると、ゆっくりと歩み寄り、手を伸ばした。
「イノ……!!まさか、私たちを……」
殺される——
ナンシーはそう思い、恐怖に震えた。
「かもねぇ」
アガレスは、いつも通りの調子だった。
エンプティアは2人を掴み上げる。
「い、いやっ……イノ、お願い……!!殺さないで!!」
ナンシーは必死に訴えた。
しかしイノは何も答えない。
そのまま上空へ飛び上がった。
◆
イノは基地から離れた岩山へ移動すると、2人をそっと地面に下ろした。
殺すつもりがないと分かり、ナンシーは少し安堵したが、同時にイノの行動の真意を知りたかった。
「イノ……理由を聞かせて?」
ナンシーは静かに問いかけた。
イノは落ち着いた声で答える。
「僕は、イシュタール財団を抜けます」
「僕は……もう、戦いから降ります」
「だから……“僕たち”は自由になります」
その言葉は、静かだが強かった。
「マザー・フローレンス、Dr.アガレス。今までお世話になりました……」
2人を助けた理由——
それは、彼なりに情を感じていたからだった。
「ま、待ってイノ!!私から離れないで……あなたまで……失いたくない!!」
ナンシーは叫んだ。
「どうか、お元気で……さよなら……」
そう言い残し、イノは再びイシュタール基地へ飛び立った。
「待って……イノ!!イノーーー!!!」
ナンシーの声は、もう届かなかった。
◆
イシュタール基地の上空。
エンプティアに通信が入る。
ヨハンだった。
『イノ……友達が死んでショックなのは分かるが、癇癪を起こすのは違うんじゃないか?』
ヨハンは、いつもと変わらない調子だった。
「そうかもしれませんね」
イノは冷静に答える。
『基地を壊しても意味はないぞ?ギガスはここ以外にもある』
『それに私を殺そうとしても無駄だ。もう肉体はない。量子世界で生きているからな』
「そうだったんですね」
イノの声は変わらない。
『それでもやるのか?その先に自由なんか無い。あるのは今より過酷な現実だけだぞ?』
「それを決めるのは……僕自身です……!!」
そう言うと、イノはエンプティアの左手を空へ掲げた。
エンプティアの掌にエーテルが集中し、やがて巨大な球体となり、膨れ上がっていく。
それは瞬く間に、隕石ほどの大きさになった。
離れた岩山から見ていたナンシーとアガレス。
「あ、あんなエーテルの塊を……!!」
ナンシーは息を呑んだ。
「あのまま基地、壊す感じだねぇ。あそこにはまだ、ボクのペットたちがいるんだけど……」
「イノ……」
2人はただ、その光景を見つめるしかなかった。
◆
かつてアークは言っていた。
『もし、オメーら3人が先に死んだら、オレはまずココをブッ壊す』と——
(アーク……今なら、その気持ちよくわかるよ)
《カオスミーティア》。
イノはそれを、上空から基地へ放った。
巨大なエーテルの塊は基地を押し潰していく。
そして——
後に残ったのは、底の見えない巨大なクレーターだった。
『……ところでお前さん、エンプティアはどうすんの?』
ヨハンが聞いた。
「エンプティアは、“僕自身”です」
イノはそう答えた。
『ふーん。ま、好きにすれば〜』
通信は切れた。
イノはクレーターを少し見下ろしたあと、静かに飛び去っていった。
◆
『やり直しだな!』
「あ、博士」
アガレスのスマカからヨハンの声が聞こえた。
『DDのデータもギガスも残ってる。なにより私がいる。ノープロ(ノープロブレム)よ』
「あぁ……ボクの可愛いペットたちが……」
アガレスは少し落ち込んだ様子だった。
『また作ればえーがな。それよりナンシー、キミはどうする?』
ヨハンが聞く。
「……総帥について行きます。最後まで」
ナンシーは涙を拭い、そう答えた。
『よし、さすが私の右腕!!』
ヨハンは相変わらずだった。
(フフ……エドワードよ、そっちは順調か?)




