第2話「心の内」
ファクターズはオルフェへと帰還していた。
全員生存、ほぼ外傷もなしという、この上ない結果だった。
しかし——
4人の表情はどこか晴れなかった。
そして、ひどく疲れている様子だった。
労いの言葉をかけた訓練生やスタッフも、それ以上何と声をかけていいのか分からなかった。
「とりあえず、今はゆっくり休んで」
松永も、それ以上のことは言わなかった。
◆
それから数日が経った。
松永はアルの心理ケア室を訪れていた。
アルはこの数日の間、ファクターズを個別に診察していた。
松永は、彼らのメンタルの状態を聞くために来ていたのだ。
アルはコーヒーを淹れると、松永に差し出した。
豆の香ばしい香りが、静かに広がる。
「ありがとう、アル。それで……4人の様子は?」
「ええ。まず——」
アルの説明によると、まず閃はすでに回復傾向にあるという。
さらに閃は、いざとなったら自分が犠牲になるつもりだったこと。
しかし1人ではどうにもならない時は、怜にも同じ覚悟をお願いしていたこと。
そして、怜の存在がとても心強かったこと。
イノとの出来事なども、色々と話してくれたらしい。
「そう……だったのね」
松永は胸が締め付けられる思いだった。
いつも太陽のように明るく、人懐っこい笑顔で皆から好かれる閃。
その彼が、内心ではそんな覚悟をしていたという事実。
次は、怜。
彼女もまた、最初から自分を犠牲にする覚悟を持っていたという。
しかし、先ほどの閃から「共に犠牲になってほしい」と言われた時は、言葉では表せないほど嬉しかったと語っていた。
戦闘後の精神状態は、4人の中でも最も安定していた。
完全同調の影響による肉体的な疲労も、そこまで大きくはないという。
「怜……」
松永は、あの凛とした表情を思い浮かべた。
次は烈。
やはり精神的ショックと、初めての完全同調による疲労感が強く出ていた。
それでも彼は、気丈に振る舞っていたという。
そして自分のことより、他の3人の心配ばかりしていた。
さらに烈は、自分には覚悟が足りないと、自身を責めるような発言もしていたらしい。
もちろんアルは、その気持ちをすべて受け止めたうえで、優しく諭した。
「烈……」
烈はぶっきらぼうだが、誰よりも思いやりがある。
松永を含め、全員がそれを知っている。
どうしても自分より他人を優先してしまう——
優しすぎる人間だった。
そして最後は、音。
松永は個人的に、彼女のことを最も心配していた。
それはアルも同じだった。
音は感受性が強く、誰よりも繊細な性格だからだ。
しかし——
その心配に反して、音はかなり落ち着いていた。
音はゆっくりと、しかし丁寧に自身の心境を語っていたという。
最初はどうしていいのか分からなかった。
だが、サムの暴走、そしてイノとサムの戦いを通して完全同調が発動し、最悪の結果を避けることができた。
おそらく、あれが自分にできた最善だった、と。
さらに音は、サムがもう長くないことは分かっていたが、それでも彼の苦痛を取り除くことができたこと。
そして、彼がイノとの時間を過ごせるようにできたことに、初めて自分の力に感謝したと語っていた。
ただ、烈と同じく、初めての完全同調だったため、肉体的な疲労はかなり大きかったという。
これが、アルが語ったファクターズの現在の状態だった。
「ありがとう、アル」
松永は静かに言った。
「いえ、私は当たり前のことをしているだけです……しかし4人とも、確実に強くなっていますね」
アルは少し微笑んだ。
「心が」
「ええ……」
松永も小さく頷く。
「強くならざるを得ないのかもしれないわね」
アルは少し考えるようにして言った。
「彼らも、私たちも……きっと生き物は、皆そうなんでしょうね」
「生きるために」
アルは静かに呟いた。
◆
牧はデスクで、PC画面に映るいくつものデータを表示させながら、キーボードを操作していた。
デスクの周りには、小さなお菓子の袋が散乱している。
「ムァッキィー」
突然、背後から声がかかった。
「うわぁ!!」
牧は驚いて勢いよく振り向いた。
そこには、閃と怜が立っていた。
「閃くん!?……と、怜?」
閃は満足そうにケラケラ笑っている。
イタズラ好きな閃は、牧のオーバーリアクションが大好きで、たまにこうして驚かせていた。
「やめなさい」
隣にいた怜が、閃を咎めた。
「2人とも……もう大丈夫なの!?」
牧はメガネのズレを直しながら尋ねた。
「俺と怜は大丈夫」
閃は笑顔で答えた。
「そう……なら良かった」
牧は安心したように微笑んだ。
「ところで、2人ともどうしたの?」
牧が尋ねる。
「完全同調のこと」
閃はそう言いながら、牧の隣のデスクの椅子に腰掛けた。
「あの戦いで、烈も音も発動したってことは、ファクターズ全員が発動したってことだよね」
「そうね」
牧が頷く。
「私に至っては、二度目になる」
怜が言った。
リーアとの戦闘で史上初めて完全同調を引き起こした閃。
オキナワ海の任務とゼクストとの戦いで発動した怜。
そして烈と音。
これで、ファクターズ全員が完全同調を経験したことになる。
「あの力、ある程度任意で出せないかなって思って」
閃が言った。
「今まさに、そのデータを調べてたところよ」
牧が答えた。
「でも……あなた達を見ている限り、反動もかなり大きそうね」
完全同調のあと、閃は数日まともに動けない状態だった。
そして烈と音も、アルとのカウンセリング以外は、まだ自室から出ていない。
だが、怜だけは違っていた。
怜によると、一度目の発動後は、いつもより少し体が重い程度だった。
そして二度目は、一度目よりもさらに影響が少なかったという。
「これって、怜の体質なのかな?」
閃が言った。
「うーん……今の時点では何とも言えないわね」
牧は困ったように答えた。
「ただ、多分だけど」
閃は少し考えながら続けた。
「完全同調って、回数を重ねると体が慣れるんじゃないかな」
「怜が一回目より二回目の方が負担が少なかったみたいに」
「そうかもしれないわね」
牧は顎に指を当てた。
「ファクターが完全同調を発動しやすくなるような、補助システムを考えていくべきかもしれないわね」
「何か手伝えることがあれば、協力します」
怜が静かに言った。
「ありがとね、怜」
牧は微笑んだ。
◆
閃と怜は牧の元を離れ、並んで歩いていた。
ふと、閃が声をかけた。
「怜、このあと何かある?」
「んー……特にないけど」
怜が答える。
少し間を置いて、閃が言った。
「俺の部屋……来る?」
そう言った閃は、どこか照れくさそうだった。
「えっ……」
怜の頬が、ほんのり赤くなる。
「あ、うん……行く」
怜は小さく頷いた。
そして、誰かに見られていないかキョロキョロと周りを確認しながら、閃の後ろについていく。
やがて、閃の部屋の前に着いた。
閃がドアを開けると、怜は少し慌てた様子で中へ入り——
そのまま、2人は部屋の中へと消えていった。




