第1話「アリス」
十数年前——
エドワードの娘、アリスがこの世に誕生した。
アリスは、“天賦覚醒型”と呼ばれる、非常に珍しい生まれながらのファクターだった。
そして、その属性は“光”。
光のファクターが最後に確認されたのは、およそ250年前。
その力を持つ者は、神にも等しい存在として扱われていたという。
『光与えられし者、その力は闇を祓い、死をも越える』
そんな言い伝えすら残されていた。
アリスが生まれた当時、エドワードはこの事実を完全に隠蔽した。
アリスをあらゆる危険から遠ざけるためだ。
エドワードは、アリスの持つファクターの力を伏せたまま生活していた。
◆
アリスが4歳になった、ある日のことだった。
「パパ……ティアが、おきないの……」
ティアとは、エドワードとアリスが当時飼っていた白猫だった。
エドワードがティアを見ると、すでに息を引き取っていた。
老衰だった。
「アリス、ティアはね。天国へ旅立ったんだよ」
エドワードは膝をつき、アリスと視線の高さを合わせた。
「てんごく……?ティアは、しんじゃったの?」
アリスは少し視線を上げ、エドワードの顔を見つめた。
「そうだね、アリス。ティアは寿命だったんだ」
「じゅみょう……」
「ティアにも、パパにも、アリスにも……すべてのものには寿命があるんだ」
「パパもいつか、しんじゃうの……?ティアには、もう……あえないの?」
アリスの目には、次第に涙が溜まっていった。
エドワードはそっとアリスを抱きかかえた。
「ティアはね、アリスのことを、お空からずっと見守ってるよ」
そう言いながら、アリスの涙を指で拭った。
「アリスはね、パパにもティアに、もしんでほしくない」
「それは……パパだって同じだよ。アリスを世界一愛しているからね」
アリスはエドワードの腕から降りると、ティアの亡骸のもとへ駆け寄った。
そして、そっと手をかざした。
その瞬間、ティアは光に包まれた。
その光は、エドワードの目にもはっきりと見えていた。
そして——
ティアは、ゆっくりと体を起こした。
生き返ったのだ。
「ティア、おかえり」
アリスは嬉しそうにティアを抱きしめた。
その一部始終を見ていたエドワードは、胸の奥に漠然とした“恐怖”を覚えていた。
ティアは確かに死んでいた。
それが、目の前で生き返った。
アリスの力によって。
——光のファクター。
それは、生命を司る力。
死者を甦らせる力。
遥か昔、大衆を救うため、自ら命を差し出したとある聖教者がいた。
その人物は死後、人々の目の前で蘇り、“神の使い”として崇められたという。
その聖教者こそ、“光のファクター”だったのではないか——
そんな説が、最も有力視されている。
そして今、それと同じ力を持つアリス。
もしこの事実が世間に知られれば、世界中に激震が走るだろう。
アリスはふとエドワードを見ると、不思議そうに首をかしげた。
「パパ、ティアがかえってきて、うれしくない?」
エドワードは額の汗を拭い、無理やり笑顔を作った。
「いや……もちろん嬉しいよ。アリス……どうやったんだい?」
アリスの話によると、この力を初めて使ったのは3歳の頃だった。
道端で踏み潰されていたカエルを見て、なんとなく手をかざすと光が出て、カエルは生き返ったという。
おそらく、本能で力の使い方を理解したのだろう。
その話を聞いたエドワードは、静かに尋ねた。
「アリス……それを誰かに見せたり、見られたりしていないか?」
「んー?わかんないけど、だれにもいってないよ?」
アリスは無邪気に答えた。
「そうか……」
エドワードは少し考えたあと、言った。
「アリス、パパと約束してくれるかな?」
「なぁに?」
「その力を……もう絶対に使っちゃいけない」
「どうして?」
「それは……見た人がびっくりしてしまうからだよ」
エドワードは、少し言葉に詰まった。
「うーん……そうなの?パパがいうなら、そうする」
「アリスはいい子だね。さあ、そろそろ何か食べよう。ティアも一緒にね」
「うん!」
アリスは元気よく答えた。
◆
それから、6年の月日が流れた。
アリスは10歳になっていた。
しかし彼女は、頻繁に入院を繰り返していた。
原因は、病気ではない。
“天賦覚醒型”のファクターは、自身のエーテルに肉体が耐えきれず、短命になりやすいとされていた。
そしてアリスも、例外ではなかった。
6歳頃から、アリスはイギリスのオルフェ研究機関が保有する高度医療施設で過ごすことが多くなった。
しかし明確な病気ではないため、治療法は存在しない。
できることといえば、時折起こる激しい痛みを緩和することくらいだった。
エドワードは、ほぼ毎日アリスに会いに行っていた。
それでも、ずっと一緒にいられないことが、彼女を寂しがらせてはいないか——
そんな不安が常につきまとっていた。
アリスが欲しいものは、何でも買い与えた。
だが——
その時は、ついに訪れてしまった。
エドワードのもとに、一報が入る。
「エドワード総帥……アリスちゃんが……」
エドワードはすべての予定をキャンセルし、すぐにアリスのもとへ向かった。
アリスは、まるで眠っているかのように、穏やかな表情をしていた。
「アリス……アリス……アリス……」
エドワードは膝から崩れ落ち、涙をこぼした。
まるで世界が終わったかのような絶望が、彼を襲った。
エドワードはその後、3日間、何も口にできないほど憔悴していた。
「総帥……後のことは僕たちに任せてください。今はゆっくり休んでください」
そう声をかけたのは、当時エドワードと同じくイギリス支部に所属していたトーマスだった。
「……ああ」
エドワードは力なく返事をした。
「では……」
そう言ってトーマスは、エドワードの自宅を出た。
「総帥……様子は?」
外で待機していたスタッフが尋ねた。
トーマスは少し俯き、無言で首を横に振った。
◆
アリスが亡くなって、1週間がたった頃。
アリスの遺体は、冷凍カプセルで保管されていた。
これは、エドワード自身の意思だった。
この世界では様々な埋葬方法の中に、“冷凍葬”というものも一般的に存在していた。
その冷凍カプセルを自宅で保管する人も珍しくない。
アリスのカプセルは現在、オルフェ研究機関に保管されているが、いずれエドワードの自宅へ移送される予定だった。
エドワードは、相変わらず自宅に籠もっていた。
足元には、大量の酒瓶が散乱している。
もうすべてがどうでもよくなってしまったような状態だった。
その時、一本の着信が入った。
出るつもりはなかった。
だが、なんとなくスマカを見ると、研究チームの主任からだった。
エドワードは一瞬切ろうとしたが、応答した。
「……」
エドワードは無言だった。
「すみません、総帥。こんな大変な時に。ただ、とんでもないことが分かったんです。アリスちゃんの件で」
それを聞いた瞬間、エドワードは身を乗り出した。
「アリスが……!?なんだ!?」
主任は冷静に答えた。
「アリスちゃんの遺体を調べた結果……なぜかエーテル反応があるんです」
「な……!?」
エーテル保有者のエーテルは、生命活動と連動している。
つまり死亡すれば、体内のエーテルも完全に消失する。
だが——
アリスの体には、死後もなおエーテルが存在していた。
主任は続けた。
「間違いだと思い何度も確認しましたが、エーテル反応は確かにあります。こんなケースは初めてです」
「すぐそちらへ向かう!!」
エドワードは電話を切り、急いでオルフェへ向かった。
◆
「そんな……本当に……」
エドワードも、アリスの遺体から出ているエーテル反応を確認し、驚きを隠せなかった。
「アリスちゃんの特異体質なのでしょうか?」
隣にいた主任が言った。
「そうかもしれない。あるいは……アリスのファクターの影響かもしれん」
「アリスちゃんは木属性でしたよね。生命系の影響でしょうか……?しかし、これまでの歴史でもこんなケースは……」
「いや」
エドワードは言った。
「アリスの属性は木ではない。光だ」
「え……?」
主任は戸惑った。
それも当然だった。
光のファクターの存在は完全に伏せられ、アリスは木のファクターとして登録されていたからだ。
エドワードは、これまでのアリスのことを全て正直に話した。
「騙していて、すまなかった」
エドワードは深く頭を下げた。
「い、いえ……しかし、そんなことが……」
主任も驚きを隠せなかった。
しばらく沈黙が流れたあと、エドワードは言った。
「これから、“極秘計画”の準備をする。ぜひ、キミにも参加してもらいたい」
「極秘計画……?」
エドワードはアリスの眠るカプセルを見つめ、静かに呟いた。
「アリスを——“復活”させる」




