第3話「覚悟」
翌日、エドワードはファクターズを司令室に呼び出した。
「すまないね、朝早くに」
「いえ……」
そう答えた閃は、エドワードの様子がいつもと違うことに気づいていた。
隣にいた怜も、同じ違和感を覚えている。
「でも、珍しいっすね。こんな朝早くに」
烈は不思議そうに首をかしげる。
音も同じように、落ち着かない表情をしていた。
「ああ、確かにそうだな……。まあ、座ってくれ」
促され、ファクターズは席につく。
「皆、調子はどうだ?」
エドワードは笑顔で尋ねたが、その表情にはどこか疲れが滲んでいた。
「いつも通りです」
閃が答える。
「私も、特に変わりはありません」
怜が続く。
「まあ、フツーっすね」
烈。
「あ、はい!順調です!」
音。
「そうか。それは何よりだ」
エドワードはうなずいた。
「あの……エドワードさんこそ、大丈夫ですか?」
閃が心配そうに言う。
「そうッスよ!目にクマできてますよ?」
烈も続けた。
「あっ……!」
音はそう言うと、すぐに《安静のウィンド》を発動した。
優しい風のエーテルがエドワードを包む。
「ありがとう、音くん。心配をかけてしまってすまない」
表情は、先ほどよりも少し柔らいでいた。
「君たちに……伝えなければならないことがある」
エドワードは視線を落とした。
だが、次の言葉がなかなか出てこない。
その沈黙に、烈と音は不安を募らせる。
怜は変わらず静かに様子を見ていた。
やがて、閃が口を開いた。
「あの……エドワードさん。もしかして……イシュタールですか?」
「…………そうだ」
短い沈黙の後、エドワードは答えた。
「イシュタール……!? ゼクストか!?」
烈が身を乗り出す。
エドワードは、昨夜の出来事を静かに語り始めた。
◆
話を聞き終えたあと、部屋には沈黙が落ちた。
閃は、思考に沈む沈黙。
怜は、いつもの静かな沈黙。
烈は、怒りと悔しさを押し殺した沈黙。
音は、強い衝撃を受けたときの沈黙。
エドワードもまた、黙っていた。
重い空気の中、閃が口を開く。
「実は……2日前の夜、不思議な体験をしました」
閃は語り出した。
夢の中で見た、イシュタール財団と思しき施設。
アーク、クリス、サムの姿。
エンプティア、ギガスの文字、金髪の女性、紫色の肌の巨人。
それらがすべて、イノの視点だと気づいた。
会話、思考、感情――
断片的に、イノの人生の一部を追体験するような夢。
ただの夢と思いつつ、どこかひっかかっていた。
だが、エドワードの話を聞いて、すべてが繋がった。
あれは、おそらくイノの念のスキル。
自分に見せてくれた“真実”だったのだ。
そして――
ゼクストが戦う理由も、その夢を通して、はっきりと理解した。
話を聞いていた音は、静かに涙を流していた。
怜はそっと、その肩に寄り添う。
「……なにもかも、あのジジイのワガママじゃねえか……!!」
烈は怒りを抑えきれなかった。
「その通りだ、烈くん。それも、数え切れない犠牲の上に成り立っている」
エドワードも、険しい表情で答えた。
◆
話し合いの後、ファクターズは人目のつかない場所に集まった。
「ゼクストは……間違いなく、“切り札”を持ってる」
閃は冷静に言う。
「……そうね」
怜が頷く。
「“完全同調”は、今んとこ俺と怜が成功してるけど、意図的に引き出せたわけじゃない」
「……私は、起きてたことすら知らなかったけどね」
怜が淡々と答える。
「つまり……頼り切れるわけじゃない」
その間、烈と音はほとんど口を開かなかった。
閃はそれを責めなかった。
「……訓練生に、この話をするかどうか。どう思う?」
「……俺は、話さない方がいいと思う。アイツらにまで、余計な不安を与えちまう……」
烈は答えた。
「……わたしも、烈くんと同じ……」
音も続いた。
「……私は、閃が話したいなら話せばいいと思う」
怜は、閃を見て答えた。
「わかった。俺は……話すべきだと思う」
閃は続けた。
「正直に言って、今回の戦い……犠牲の出る可能性が、今までよりずっと高い」
沈黙。
「もし俺たちに何かあったら、次に前線に立つのは訓練生だ。だから、心構えは必要」
「……たしかに、な」
烈が答えた。
「……犠牲……」
音は小さく呟いた。
この後、閃は訓練生とのトレーニングの場で話すことを決め、その場は解散となった。
◆
その後――
烈と音は市街地のパトロールに出ていた。
2人とも、表情は重い。
「……戦いの中で、助ける方法……ないかな」
音がぽつりと呟く。
「……あるわけねーよ」
烈は即答してしまった。
「……あっ! 悪かった、音!俺、無神経だった……」
「ううん。違うよ」
音は首を振る。
「わたしが、甘すぎるだけ。自分でもわかってる」
どうにかして救いたい。
その想いは、2人とも同じだった。
◆
トレーニング前、閃は訓練生とクレアに今回の話をした。
クレアの表情は険しい。
訓練生たちは、不安を隠せない。
「正直言うと、俺はもう、4人を“訓練生”だと思ってない。同じ戦士だ」
静かな声だった。
「だから話した。ただ、もし犠牲が出るとしても……ファクターズ“全滅”だけは絶対にさせない」
「先輩……そんなこと、言わないでくださいよ……」
みのりの目に涙が浮かぶ。
「いざとなったら、この前みたいに……!!」
光井が声を上げる。
「ありがとう、ミチ。でも今回はそうはいかない」
閃は首を振った。
「大事なのは、“その後をどうするか”だ」
「……まだ決まったわけじゃない。覚悟だけしといてって話でしょ」
アンジュが言う。
「その通り!」
閃は微笑んだ。
「……閃。訓練生のことは私に任せて」
クレアは閃の肩に手を置く。
「今、やるべきことをやって」
「頼んだ」
閃はクレアをまっすぐ見て答えた。
◆
午後――
単独任務から戻った怜は、自室でシャワーを浴びていた。
もちのすけ柄のバスタオルで身体を拭いていると、ドアフォンが鳴った。
モニターに映ったのは閃だった。
着替える間も惜しみ、バスタオルを巻いたままドアを開ける。
「……れ、れーにゃん!? そんなセクスィーな……!!全然待っとくのに」
閃は怜の大胆な姿に驚いていた。
「別にいいよ。入って」
部屋に入った閃は、部屋中を見回す。
「……前より、もちのすけ増えとる……」
「で、なに?」
怜は髪を拭きながら尋ねた。
「ああ。怜、頼みがある」
閃は真剣な表情になる。
「もし、いざとなったら……」
「一緒に“犠牲”になって、でしょ?」
怜が先に言った。
「……大正解」
閃は複雑な表情を浮かべていた。
最悪の場合、閃は自分ひとりの犠牲で済めばそれでいいと考えていた。
しかし、相手はそれで済むような存在ではない。
そして、烈と音。
あの2人は、あまりにも優しすぎる。
だからこそ閃は、覚悟を共有できる怜に頼ろうとした。
いざという時、共に犠牲になる覚悟を持ってほしいと、そう思ったのだった。
「……最初から、そのつもりだけど?」
怜は続けた。
「それに……もしかしたら、また“完全同調”が起きるかもしれないし」
閃は顔を上げ、笑顔で怜を見つめた。
「怜……いざとなったら、一緒に、派手に逝こう」
「うん」
怜は微笑む。
「……頼ってくれて、ありがと」
そういうと、怜はそっと距離を詰めた。
そんな怜を、閃は抱き寄せた。
そして――
2人は静かに、キスを交わした。




