4.使い魔の刺客
レオ達が気を緩めた隙に、ゾーイがし損じた暗殺を引き継いだメイドの少女が土壇場で捕縛されたことにより、ラファール王国が送り込んだ暗殺者は一人残らず地下牢へ投獄されたのだが、そのことを知らない長老は、レオへの過剰なまでの警備を守備隊長へ指示した。
「なんだな」
「急にどうしました?」
「鎧を着た給仕に囲まれると茶の味もしないな」
此度の功労者達を出迎えて労う一階の応接室は、天井に吊り下げられたシャンデリアの蠟燭の揺らめく光が、溢れんばかりの豪華な調度品を輝かせている。それらに囲まれ、手の込んだ装飾の燭台が真ん中に置かれたテーブルを挟んでソファに腰掛けるレオとレイアは、四隅に一人ずつ扉に二人、合計六人の猫人族の警備兵へ目をやる。
「あの方々は給仕ではありませんよ」
「廊下にも両隣の部屋にも、真上の二階の部屋にも外にもいるらしい。最初は廊下に二人しかいなかったのと比べて段違いだな」
「それは確かに」
周囲から一挙一動に目を注がれるレオは鼻を鳴らし、金箔で縁取られた美しい文様のカップを下ろして皿の上で音を立てた。折しも本降りとなって、時折響く雷鳴混じりの強い雨の音にふと窓の方を見ると、木製の殺風景な雨戸が美しい庭園の景観を遮り、その手前のガラス窓は熟練の職人の手作りであるが真っ平らではなく、レオ達の姿が歪んで映っている。
「こりゃ、軟禁状態だぜ」
「もう一杯、お茶でも――」
「いらない」
「本を借りて読んでは?」
「いらない、じゃなく、読まない」
「では、お休みになっては?」
「外へ行く」
「雨の中をですか?」
「屋敷の中を」
「何しに?」
「警備」
「嘘でしょう?」
「ほら、精霊の言葉の、らじおたいそうをしにいく」
「それも嘘でしょう?」
椅子を膝の裏で押して派手な音を立てながら立ち上がったレオは、テーブルに両手を突いて、レイアに顔を近づけた。
「一緒に来てくれ。精霊の言葉でなんて言ったっけ、ほら、あれ、――でーとだ」
「女性が男性を警備するデートは、普通、ないですけど」
「飽きるんだよ、こんなところにずっといると!」
ジッとしていては我慢が出来ない彼が、言い出したらちょっとやそっとで撤回しないのはいつものこと。今回も相当耐えかねていることは、自分が映る彼の瞳を見れば明白である。レイアは、聞き分けのない子を見つめる目で彼を見て、可愛らしく吐息をついて立ち上がった。
白髪の猫人族の執事を呼び寄せて館の案内役を依頼し、四人の兵士に前後左右を囲まれたレオと彼の左に寄り添うレイアは、執事を先頭に薄暗い廊下を団体で歩いていると、ほどなくして奥の方で小さい何かがせわしなく歩いて来るのが見えてきた。どうやら、鳩があの独特の歩行でレオ達の方へ向かっているらしい。
「おいおい、人じゃなきゃ建物の中に入れていいのか?」
「いや、それは――」
「窓を開けていたからだろう?」
「それはあり得ません」
「なら、夕食の鳩がとんずらしたとかか? ――うわっ、こっちに飛んできた!」
首を傾げる執事へ揶揄い混じりで声をかけていたレオが、鳩の大きな羽音で子供のように驚くと、突然、鳩が灰色の煙となって長槍に変身し、驚異的な速さで飛来した。
「――――っ!」
相手の動きが早過ぎて結界を張るのが間に合わないレイアは、咄嗟にレオを壁際へ警備兵ごと押し倒すと、槍は執事の右胸を貫き、レオの前にいた警備兵の鋼の胸当てと体も貫通し、レイアを掠め、後ろの警備兵の体を防具ごと突き抜ける。彼らの血煙を置き去りにした槍は、レイア達の後方で器用に百八十度回転して、今度は兵士に抱えられるように倒れているレオへ槍の穂先を向ける。
「させない!」
槍の方向転換と狙いを定める時間のロスがレイアにとって有利に働き、彼女の右の掌が突き出されると、無詠唱の風の魔法で出現した刃が凶器を切り刻む。廊下に散らばる破片は、灰色の煙となって霧散した。ゾーイの使い魔が刺客となって館に侵入し、凶行に及んだのだが、彼らはそれを知る術もない。
「使い魔がいるってことは、操っている奴が近くにいるな?」
「近くなくても、あらかじめ指示しておけば、遠方でも相手を襲えます」
「ってことは……あの子が怪しいな?」
「爆弾で貴方を殺そうとした女の子ですか?」
「ああ。かなりの手練れだったし、自分が失敗したとき用に、使い魔に指示して残して置いたのかも知れん。流石だな」
「感心してないで、お部屋に戻りますよ」
さらに警備が強化されて二人増えた部屋は、レオにとって窮屈で息苦しく、長いソファの上で不貞寝をした。豪快な鼾を上げて眠りに就く彼の傍らで、瞑目してソファに座るレイアは、女神の彫像のように少しも動かなかった。
夕刻が迫って雨が小降りとなった頃、応接間に猫人族の伝令がやって来て、援軍の到着を笑顔で告げた。三回も寝たにも拘わらず、まだ寝足りない顔で大欠伸をして伸びをするレオは、「頭痛がする」と言って頭を何度も叩く。クルツシュタイン王に会いたくないのが見え見えのレオに、レイアは微苦笑する。
「いよいよですね」
「何が?」
「新たな依頼ですよ」
「分かってるって」
「なら、何がって言わないでください」
「それより、二十万の兵士を抱える王国に喧嘩売るんだぜ。ビビらないか、お前ら?」
彼の太い指が周囲の警備兵一人一人へ向けられる。全身を強張らせる兵士達を眺め回して愉快そうに笑う彼は、もちろん自分のビビりを棚に上げているのだが。
「脅かさないの」
「さて、会いに行くか」
「ほんと、マイペースですね」
「出た、精霊界のお言葉」
八名の警備兵に護衛されて廊下を歩くレオは、左隣のレイアに囁く。
「なあ。さっき助けられたとき、前にもこんなことがあった気がしたんだが。なんだっけ、あの、その、でちゃったぶーだ」
「デジャブです。はしたないことを言わないでください」
「それそれ。面白れえ精霊語だな」
「前って、いつのことでしょうか?」
「すげー前って感じ。前世くらい」
右を向いて歩いていたレイアは、前方を見て遠い目になる。
「前世が分かるのですか?」
「なーんとなく。前世も精霊使いだった気がする」
「そうですか。その時、契約していた精霊は?」
「大精霊だよ」
レイアは右肩を叩かれてハッとする。
そう。彼の前世の記憶は正しいのだ。だが、レイアはそのことが言えない。
「――と言ったら、驚く?」
「驚きます」
「そりゃそうだ。生まれ変わって、不老不死の大精霊とまた巡り会う。しかも、同じ精霊と。前前世も前前前世もそうだったら、ものすげーことだ」
「どんな服を着ていました」
「これと同じ。だから、大精霊だよって言いたくなるのさ」
レオは片目をつぶってニヤリと笑い、親指を立てて下げた。
「どうしたのですか?」
「これからもよろしくな」
「そういう時は、指を立てたままです。下を向けたら意味が変わります」
レオは恥ずかしそうに親指を上に向けて、手を振る。
「これだな?」
「そうです」
「精霊界もいろいろ流儀があるんだな」
「間違っても、さっきの格好を――」
レイアが途中まで言いかけたその時、慌ただしい靴音が近づいてきた。全員が警戒のため足を止めると、別の伝令が息を切らして廊下の角を曲がり、レイア達を見つけて震える声で叫んだ。
「た、大変です!! 撤退したはずのラファール王国軍が戻ってきました!!」




