5.大精霊VS大精霊
レイアは、レオと四人の警備兵を連れて転移魔法を使い、ラファール王国軍が攻めてきたときに利用した街道に一番近い城壁の上まで瞬時に移動する。薄暮の中を突然の魔方陣と光の筒が出現し、中から六人が現れたので、付近にいた守備隊の兵士達は度肝を抜かれ、腰を抜かす者や警戒して抜剣する者もいたほどだ。
レオ達が状況を視察すると、正面に見える街道とその周辺を埋め尽くした三万のラファール王国軍が、城壁からかなり離れた位置で停止している。一方で、その街道とは直角を成して右方向へ伸びるもう一つの街道ではクルツシュタイン王国の二万の援軍がこちらも街道からはみ出すように展開して、最後尾が見えないほど兵士の列が続いている。
「おっ、ラファールの連中はクルツシュタイン軍と正面からやり合うつもりがないな。腰抜けめ。クルツシュタイン、行けー! ラファールは怖じ気づいたぞ! 物の数ではない! 今が好機だ! 一気にぶちのめせー!」
「レオ殿、お静かに!」
すっかり外野で野次を飛ばす役割を演じるレオに呆れて、レイアが後ろに手を組んで形の良い眉を寄せている後ろから、巨躯の兵士が大股で近づいてきてレオに忠告の言葉を浴びせた。彼は守備隊の副隊長であるヴァッサーだ。
「ちょうど良いところに大精霊様がおいでくださった。これからお呼び立てしようかと思っていたところです」
「えっ? 俺、お呼びじゃないってこと?」
「敵の使者が『大精霊様に用がある』と言ってきたところなのです」
ヴァッサーがレオの問いかけに面倒くさそうな顔をして答えを返さず、レイアの背後から声をかけた。
「私にですか?」
「ええ、『一人で来い』と」
「ダメだダメだダメだ!」
振り返ったレイアがキョトンとした顔をヴァッサーに向けると、彼が敵の要求を伝え、それに対してレオが間髪入れずに顔の前で右手を振って反発する。
「俺とレイアは常に一緒だ! 『一人で来い』なんて、奴らの策略に違いない!」
「どうなさいます、大精霊様? レオ殿もああ言っておられますし」
「うーん……」
右手の人差し指を曲げて顎の下に当てたレイアは、目を落として考え込み、周囲の視線を一身に集める。レオは、脳漿を絞るほどの事ではないだろうと思っていて、すぐには結論を出さない彼女に心急かれて前のめりになると、彼女が僅かに顔を上げた。
「一人になった精霊使いを狙う可能性がありますね。こちらに来て何度も散々な目に遭いましたから、おそらく今回もあり得るでしょう」
「だよな、だよな?」
「私たちだけで行きます。他の方は同行しなくて良いです。おそらく――」
レイアは顔を上げて、しきりに頷くレオとやや腑に落ちない顔のヴァッサー以下の兵士を見渡し、銀鈴の声に力を込める。
「精霊同士、精霊使い同士で激しい戦いになると思いますから」
「一人で来いという要求を無視なさるおつもりですか?」
「もちろんです」
「約束が違うとか、揉めませんか?」
「騙す側の約束なんか、約束ではありませんよ」
そんな会話の最中に、いつの間にか、レオは目を皿のようにして敵のバラバラな陣形を見つめている。それに気付いたレイアが首を傾げた。
「何をしているのですか?」
「いや、一人で来いって言うから、うちの大精霊と渡り合える奴がいるんだよな? そいつがどこにいるのかなぁって見てるんだが」
「こんな高い所から見えるとは限りませんよ。それに、騙されているのかも――」
「おい、あいつじゃないか? なんか、超絶に馬鹿でかい奴が兵隊を掻き分けて前の方に出てきたぞ」
レイアはレオの横に立って彼が指差す方向に視線を向けると、目を見開いた。そして、可憐な表情を強張らせてヴァッサーの方へ顔を向ける。
「今すぐクルツシュタイン軍を避難させてください!」
「えっ?」
「私と同じ力の精霊が来ます! 出来れば、この街の人々も地下とか安全な場所に避難させてください!」
三万の兵士を敗北させた大精霊がいきなり避難指示を出すので、ヴァッサーは目を白黒させる。レオも驚いたのは事実だが、それを隠して咳払いをし、鳩が豆鉄砲を食ったような副隊長に補足する。
「おい、天変地異みてえな厄災が来るってことよ。大精霊を信じて、お前らも今すぐ逃げろ」
「――――」
「奴は俺達が食い止める。放っておけば軍隊がこの街ごと灰になるかも知れねえし、氷漬けになるかも知れねえし、大地が割れるかも知れねえし。とにかく、大精霊の指示に従え!」
魔方陣と光の筒がレイアとレオを包み、二人が敵陣の前へ転移すると、ヴァッサーは他の兵士らと共にレオ達が見つけた超絶に馬鹿でかい奴を探す。彼らがそれを見つけたとき、一様に瞠目し、恐怖に駆られて大精霊の指示に従うのであった。
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城壁の前に魔方陣と光の筒が現れて、レイアとレオが中から出て来ると、彼女は緊張した面持ちの彼に目をやった。
「怖いですか?」
「大丈夫というと嘘になるが」
レイアが足を踏み出すと、俯いたレオが重い足取りで付いていく。
「どうしました?」
「足が言うことを聞かねえ」
「私が付いています。心配しないで」
「なんか、あいつを見ていると、すげー昔の記憶が蘇ってくるぜ」
「いつのですか?」
「前世くらい昔の」
「どんな記憶ですか?」
レイアの問いにいったんは目を向けたレオだが、すぐに地面へ視線を落とす。音を立てて唾液を飲み込む彼は、顔面蒼白だ。
「俺、あいつに会ったことがある」
「――――」
「そして、あいつに殺された気がするんだ。でちゃったぶー、じゃねえ、でじゃぶだが」
この極度に緊張した状況で言い間違えるレオにずっこけたレイアだったが、彼の記憶が正しいことを知っているので笑いが引きつり、当時のことが頭の中で走馬灯のように駆け巡る。
――それは四十八年前。
レオの前世であるレオン・グリューネヴァルトという二十歳の精霊使いと契約したレイアは、レオンのさらに前世の精霊使いと契約した時に、とある大精霊の攻撃から守り切れなかった雪辱を胸に、某王国の討伐の依頼を受けて敵地へ赴いたが、また同じ大精霊に戦いを挑まれ、接戦の末に敗北し、レオンを失って泣きながら精霊の谷へ戻った。
二度も挑んできた大精霊――精霊界でも凶暴、凶悪な精霊として悪名が高いウルスが、今再びこちらに向かって巨体を揺らしながら歩いてくるのだ。
何一つ、昔と変わらない姿で。
周囲の兵士達の四倍はある身の丈で禿頭のウルスは、上半身が裸で肌は茶褐色。下半身は具足の草摺や佩楯に似た銀色の防具を着用し、鉄靴を履いている。
顎の高さにある怒り肩、盛り上がった筋肉で木の幹のように見える四肢、鎧の胸当てにも見える厚い胸板、深い凹凸の陰影を見せる割れた腹筋。何もかもが規格外の手足と胴体の上には、邪悪な笑みを浮かべる面長で彫りの深い顔がある。翡翠色の双眸は、直視できないくらい凶暴に光っている。
その大精霊は、軍服を着た巨躯の人物の頭を右手で掴んで、歩く度に前後へ揺らしていた。その捕らえられている哀れな男は、頭を握りつぶされて絶命したルー・アシエ総司令官だ。
レイアとレオがラファール王国軍の最前列から四十メートル離れたところで立ち止まると、大精霊レイアに恐れを成した敵兵達が一斉にウルスの後ろまで後退を始める。ウルスは、地響きを立てながら彼らを置き去りにして、レイア達との距離を半分の二十メートルまで縮めて歩みを停止した。
「そっちに付いたのですね」
「悪いかよ」
力のこもった銀鈴の声に、大気を揺らす極低音が応じる。
「残酷な真似は、やめなさい」
「うるせえ。三万の兵隊を扱えねえ奴は殺せって雇い主から指示されたから、その通りにしたまでよ」
「その雇い主は誰?」
「はいはーい! 私でーす! わ・た・し!」
甲高い声が聞こえたかと思うと、震える兵士達を掻き分けて、軍服を纏い軍帽を被った金髪ツインテールの少女が現れた。彼女は灼眼を輝かせ、両手を振りながらスキップでやって来て、ウルスの前で後ろに手を組み、満面に笑みを浮かべて薄い胸を張った。
「ラファール王国軍参謀、ジャンヌ・ベルティエ。ここに参上!」
「――――」
「精霊使いも、やってまーす」
呆気にとられるレイアとレオを置き去りにして、ジャンヌはウルスに向かって不快な表情を見せる。
「そいつ、いつまで握ってんの? 捨てなさい」
「それを早く言えよ。言わねえから持っていただけだ」
「昇進の機会を与えてやったのに、おめおめと帰ってくる馬鹿が移るわよ」
「けっ、精霊に移るわけねえだろ」
ウルスが手にした物を軽く投げると、ルーの血まみれの遺体は城壁を越える高さの大きな放物線を描いて、雨に濡れた破城槌の残骸の上に落下して弾んだ。
「それで何しに来たの?」
「決まってんじゃない。街を手に入れるため。あと――」
ジャンヌはレイアの問いを鼻で笑い、待機するクルツシュタイン軍の先鋒部隊へ目を向けた。
「敵兵を片付けるため」
「させない」
「はあ? 今なんて言ったの? 聞こえなーい」
右耳の後ろに手を当てたジャンヌが眉を寄せた。嘆息するレイアは、咳払いをして続ける。
「私がウルスと勝負する」
「三度目の正直かよ」
ウルスを見上げて睨み付けるレイアに、彼は目だけ下に動かし、不敵な笑いを浮かべて言葉を吐いた。
「これは精霊の喧嘩よ」
「ちょっと待った! これは精霊使いの喧嘩でもあるだろ? 俺も参加させろ!」
「何、その格好付け男?」
一人で突っ走るレイアに慌てたレオの言葉に、ジャンヌが不快極まりないという顔をした。
「俺は精霊使いだ!」
「フーン。剣闘士崩れって感じだけど」
「ああ、そうだよ。だからどうした?」
「精霊使いの経験、長いの?」
「…………」
「何? 駆け出しなの?」
「うるせえ! 嘗め腐ってねえで勝負しろ!」
「――じゃあ、こうしましょう」
ジャンヌがポンと手を打ってレオを凝視し、薄気味悪い笑みを浮かべる。
「精霊と精霊使いが組んで戦う。もし、そっちが勝ったら、兵を引くわ。そっちが負けたら、カッツェンブルクを明け渡してもらって、向こうの援軍を丸ごと捕虜にする。どう?」
「――――っ!」
「精霊使いが先に死ねば、それで終わり。精霊が戦闘不能になったら、どの道精霊使いは二人がかりで殺されるから、勝負あり。あんた、一人になってこのウルスに勝てると思う?」
「――――」
「精霊が一人で来いと言ったのに、のこのこついてきたあんたが悪いのよ。最初から精霊同士で決着を付けようと提案したのに」
「そんな提案、聞いてねえぞ!」
「そっちの言い忘れた馬鹿を恨む事ね」
頭を掻きむしるレオがレイアに向かって「あのよお」と切り出す。
「こんな大事なこと、領主や長老に、いや、王様に相談しなくて良いのか?」
「何? あんたら、全権を委任されていないの? 冗談でしょう?」
ジャンヌが瞠目してレオとレイアを交互に見つめる。
「いや、俺達は、この街を守ることだけ任されている。追加注文が来る予定だが、まだ聞いていない」
「その追加注文って何?」
「あんたを前に言いにくいことだが……」
「あ、言わなくていいわよ。どうせ、ラファール王国を攻めるって話でしょう?」
「――――」
「分かりやすい男ね。顔に書いてある。……そっちがその気ならいいわ。向こうの援軍を丸ごと捕虜って条件をやめて――」
ジャンヌが唇をキューッと三日月のように曲げた。
「皆殺しにするわ。このウルスを使って。大地が死体で埋め尽くされるって凄くない?」
この条件を突きつけられたら、何が何でも、この大精霊ウルスと参謀兼精霊使いのジャンヌに勝利しなければならない。領主や長老やクルツシュタイン王に相談したとしても、それ以外の命令は下らないだろう。
譲歩はない。戦うのみ。それも、大軍勢を巻き込まずに二対二で。
「さあ、始めるわよ。覚悟は良いわね?」
口火を切ったジャンヌが右足で足下を強く蹴ると、地面の至る所に輝く魔方陣が出現し、その中心から楯と剣を携えた白骨の兵士がせり上がってきた。数十体もの死の軍勢を呼び出した彼女は高笑いを響かせる。
レオは二本の燃えるグラディウスを手にし、雪崩のように襲ってくる白骨の軍団相手に奮闘する。
精霊使いが転生する度に契約してきたレイアは、ウルスとの雪辱戦に燃え、相手の頭上に直径十メートルの金色の魔方陣を十枚積み重ねて、とっておきの大魔法を繰り出した――。




