04-05 『放課後チェス』への誘い
一体、あの変わりようはなんだったんだろうか。悪霊……でなく良霊(?)にでも憑依されたのかしら?
あれから、私は以前よりも増して腫れ物扱いが悪化した。どうやら『王族不敬の公爵令嬢』にランクアップしたらしい……『攻略メモ』通りにしただけなのに理不尽だわ。
これについてはお兄様に逐一報告している。そうでないと万が一の時に対処できないからね。実家の没落は勘弁。
このあたりは、あのチェスの合同授業での周りの白い目を見て想定した範囲内。問題は――。
「リリーディアン嬢! 今日はいい天気だな」
これである。
毎日のように少し顔を上気させたゴーランド殿下に話しかけられる。しかも全く意味のなさない世間話をだ。
今にも雨が降ってきそうなくらいの曇りですが……。王族にはこれが晴れにでも見えるのだろうか。以前までの傲慢さから一転、この変わりようが爽やかを通り過ぎて軽くホラーだ。
ちなみにイステリア公爵令息は、鉱石と魔道具のオタク同士なにか通ずるものがあり、以前ほど険悪ではない。でも最近はなぜか、最近はイステリア公爵令息を引き連れていないのよね。
不気味さをこらえつつも、好感度稼ぎのためにぽつぽつと話をしていた結果、ある程度は肩の力を抜いて会話できるようにはなったけれど、殿下の目的がわからないので勘弁してほしい。
そうした気持ちが振り積もってしまった私は、チェスの合同授業の数日後の放課後、廊下で話しかけられた際につい、口が滑ってしまった。
「ゴーランド殿下、気持ち悪いです。顔と家柄だけの令嬢に何が目的なのでしょうか」
「……は? 気持ち、わる、い?」
ああ、これだけ彫刻のように整ったゴージャス系すべてが整った傲慢美形の王太子だものね、そんな事言われたことないのね。わかる、わかるよ。前世でもそういう人いたよ。
「……はぁ。私がチェスでゴーランド殿下に勝利したことに対して、お怒りになっているのはわかります。ですが、それなら直接おっしゃってください。間接的にされるとどういう反応をしていいのかわかりません」
「怒ってる? いや、私は怒っていない。この私をチェスで負かせた人間がいることに驚き、興味を持ち、君と話したいと思っただけだ」
心底わからないといった表情をしてらっしゃるけど、本気で言ってるのかしら。
………………うわ、まずい。かなりの注目を浴びてるわ。私の言い方も悪かったせいもあってさらに腫れ物になってしまうわ! というより、考えなくても王族に気持ち悪いは不敬を天元突破している。
「殿下。心にもないことを申してお時間をいただいてしまい申し訳ございません。それではこれで」
「待て! なぜそうなる」
私は周りにチラリと視線を向けた。やっぱりすごい見られてますよ。私が周りの視線を気にしているのにゴーランド殿下は察したらしく、頷いた。
「……ああ、なるほど。では君を生徒会室に招待しよう。今日は活動日でもないから誰もいない。とはいえ、私についている影はいるし、密室にならないよう扉は開けておいてやる」
『攻略メモ』にあった、生徒会室! キター! はい喜んで! ふふふ、この時を待ってました。ですが、紅茶があるとなおよいですね。お菓子もあるとさらに……。
「紅茶はございますか? ついでにお菓子などあると嬉しいのですが」
「…………お前は食い意地が張っているな。恐らくあるだろう」
話は纏った。二つ返事で了承した。ふふふ、攻略はバッチリ進んでいるわ。そう言えば気持ち悪かった君呼びはやめたみたい。思ったより気持ち悪いというのは響いたみたいでよかった。
それにしても紅茶もお菓子も楽しみ! きっとOBやOGが生徒会に差し入れしてくれる最高級菓子のはずよ!
♢ ♢ ♢
「これはお菓子ではありません」
がっくりだよ。これはお菓子じゃないわ。だれが薬草入りのにっがいダイヤモンドかなくらいの硬いクッキーを食べるというの? 紅茶にしてもかなりしけってるわ。
それにしても初めて入った生徒会室は、意外にも普通だ。中央奥に生徒会長の殿下の大きい机と椅子、各役員の席と応接セット……豪華なものは窓辺にある白いグランドピアノくらいのものだけど。このピアノってあの王家専属の名工の作品よね。
この傲慢殿下のことだから、生徒会室はかなり豪奢なんだと思っていたけど不思議ね。ご本人は応接ソファの肘おきに肘を置いて、足を組んでゆったりとされているのは、イメージ通りなんだけど。
「菓子は菓子だ。はやく、私の分の紅茶も用意しろ」
え? このしけってる紅茶を王族が飲むの? 確かにセカンドフラッシュのダージリン最高級品だけど、管理が最低ランクよ。
仕方ない。こういう時にチート魔法がある。湿気くらい飛ばしてみせましょう。ダイヤモンドくらい固そうなクッキーも適度に湿度を与えましょう。
……湿気多い紅茶と湿気がなくカチカチのクッキーが共存する環境っておかしいと思うけど、役員たちは何も思わなかったのかしら。
私はそんなことを思いながら、魔法で最高級品になった、セカンドフラッシュのダージリンと薬草クッキーをゴーランド殿下に提供した。
「ほう、お前のそれは便利だな。クッキーは不味いが、紅茶はいつもよりは美味い。ついでにほかの紅茶もその処置をしておけ」
はいはい、わかりましたよっと。そういえば、あの気持ち悪い殿下は消えて普通になったわね。よかったわ。
処置を終わらせに殿下が座っている応接ソファの体面のソファに座り、私も薬草クッキーと紅茶を食した。
うん、確かに不味いわね、この薬草クッキー。大方健康にいいとかで副会長のイステリア公爵令息が持ってきたんじゃないだろうか。
「生徒会室ってOBやOGから高級菓子の差し入れがあるものなのではないのですか?」
「知らん。パーヴィスならしってるかもしれんがな」
なるほど、あの方のことです。きっと目録を作ってから高カロリーなお菓子は生徒会のほかの役員たちに配り、その目録を元に如才なく何かを返礼しているから、ここに高級菓子がないのね。ああ、私がもうここにいる意味は半分くらいなくなった気分よ。
「それで早速ですが殿下、私に興味を持たれたとはなぜですか?」
「ああ、それか。私はチェスを愛好している。大会三連覇したお前の兄のことも敬意を持っているほどだ。あの授業でお前のチェスの能力を認め、興味を持った。あと12手だといったときは、この蒙昧な女がとおもったが……あれは真実だった」
ああ、ポーン以下になりたくなければとか言ってるし、この人はチェスが好きなのか。というか、チェスがこの人の中の人間性の判断基準なの? この人が王太子でこの国大丈夫?
「それで、私に世間話をしていたのですか?」
「ああ。あとお前が言っていたこの国のあり様にも興味を持った。そういった話もしたいと思ったが、察しが悪いお前は全く気づかなかった」
私がわるいのでしょうか。……理不尽では? 少しくらいこの方に言い返してもいいわよね。
「それであの曇りなのにいい天気とか言い出しておかしくなってたんですか? 何が目的なのかと思いましたが……ふふ、ふふふふ。」
「なにがおかしい!」
「いえ、普通にチェスにお誘いになればよろしかったのではということです。そうすれば、国だけでなく、様々な話もしながらチェスを打てましたよね。チェスは話よりも実戦のほうが身につきますし」
殿下は虚に突かれたような顔をして、片手を口に当てたかと思えば怒り出した。
「身の程を知れ! 私はそんなこと望んでなど――」
「あら? それは失礼いたしました。私は兄をも凌駕するチェスプレイヤーなのですが……残念です。それでは殿下が興味を持った理由を知れましたので、そろそろ失礼したほうがよろしいですわね」
ここは、賭けだわ。
この方はチェス三連覇の兄に敬意があると言っていた。ならばその兄を凌駕する実力を持つだろう人間をみすみす逃がすとも思えない……いや、思ってほしい!
もう行きますねといわんばかりに少しだけ腰をあげた。
「――待て!」
……かかった。さあどうでますか? 殿下。
私はなぜ止められたのか全くわかってませんという表情を作って訊ねた。
「あらあら、どうされましたか?」
「お前、わかって言っているだろう! ここにまた来い。生徒会の活動日がない放課後の週三回、私のチェスにつきあってもらおう」
はい、もちろんわかって言っています。ああ、やっと『攻略メモ』どおりの生徒会室に通えができるわ。ここまで長かった。
「承知いたしました。ただお願いがございます」
「……なんだ? 聞いてやってもいい」
「気持ち悪くて鳥肌が立つため、あの『爽やか風殿下』は封印してください。何か裏があるとしか思えませんから。今のような自然体のほうが殿下らしいと思います」
「……っ! なっ! お前は何を言い出すんだ!」
なんだか少し顔を赤くしてとても慌ててるけど、気持ち悪いと素直にいってるだけですよ。でもやっぱり少し不敬だったかしらと、少しシュンとした。
「申し訳ございません。正直に言ってしまいました」
「……かわ、ゴホン。いや、構わん。あと、お前は奇譚のない話し方でいい。そちらのほうがお前にとっての自然体だろう」
おおう。意外とわかってらっしゃる。
「はい。ご配慮ありがとうございます。ではそのようにさせていただきますね。ああ、あともう一つございますわ!」
「なんだ?」
「お菓子は健康面の配慮よりも、おいしいものでお願いします」
「確かにそうだな」
私と殿下は二人で笑い合った。なんか良い感じじゃない? 推しが近づいてきたんじゃないかしら!




