04-03 公爵家の制裁〈白百合夫人視点〉
幕間 白の百合の小公爵夫人 ―クリスティナ・リリーディアン Side
時は少し遡る。
シエラは学園内で腫れ物となって孤立していることを私やグウェン様に隠していた。
私はそれを全く知ることもなく、シエラを心配した伯爵夫人にお茶会で教えてもらって内容を把握したわ。
戻ってシエラにグウェン様に報告しますと告げた。あの子は眉を下げて泣きそうにしていたわ。きっと心細かったでしょう。
あの子に肝心な時に頼ってもらえない情けない義姉だとかなり落ち込んだわ。
グウェン様はその件について既に詳細を把握していて、シエラから言い出すのを待っていたみたいね。さすがはグウェン様。
あの子は『計略だから手出し無用』といって、私たちを煙に巻いて『大好きです』と言って抱きついてきたのだけれど……。グウェン様をチラリと見てみると、何とも表現しがたい凄まじい顔をされていたわ。
シエラが離れる時には、いつもシエラに見せる頼りなさそうな顔をされていたから、あの子は気づいていないでしょうね。
そして、うやむやにすることができたと安心したシエラは私たちの部屋を出ていった――。
「グウェン様、これからどうなさるおつもりですか?」
シエラがいるときは、グウェン様はぴったり横に座って私の腰に手を当てていたけれど、今は、シエラが座っていた向かいの席に移動していた。
「シエラがああいうのは分かっていたからね。………もちろん、王家には通告書を送る準備はしていた。同時に来年以降の取引も考えさせてもらうともね。シエラには露呈しないように気をつけないといけない」
「イステリア公爵家や、リコルティエ侯爵家についてはいかがされるおつもりですか?」
グウェン様は口の端だけを上げて、含み笑いをした。
「イステリア公爵家は宰相家だ。王宮への締め上げでとばっちりを食って奔走するはずさ。宰相も愚かではない。次は家の方に害が起こると察するだろうから、一旦はこれで様子見だね。リコルディエ侯爵家については、シエラが言った通りレグルスは単純だ。本当に口が滑っただけだろうから、今回だけは見逃すさ」
「イステリア公爵家はどう動くでしょうか」
「あの宰相は息子に甘いから何も言わないんじゃないかな」
それでは直接的なダメージをシエラに与えたイステリア公爵令息への制裁にならないのではと思うのだけど、グウェン様は悪いことを考えているかのような悪鬼の笑みを浮かべていた。
「宰相の息子は後に後悔する。まぁそれは王太子殿下やレグルスも同じかな。シエラは無自覚な人たらしだからね」
「……グウェン様の中には何か構想があるようですね。ちなみに他家への扱いはいかがされるんですか?」
「シエラの言う通りこの件を試金石にさせてもらうよ。あの子が傷ついていれば、今すぐにでも相手が破滅するまで制裁したけれどね」
そう言って冷めきった紅茶を一口口に含んだ彼は、先ほど妹に甘かった人とは別人のような冷徹さだった。
シエラがいることで、この方は人前で穏やかで優しく振る舞える。ただあのシエラに対する適当とも思える言動は、8割方本気なのがこの方の凄いところだわ。
「グウェン様。今年の冬にあの子の瞳の色が、シルバーから黒へ変わったことで、何か良からぬことでも引きつけているということはありえませんか?」
「……………クリスティナ。それは私も仮説しか持っていない。時期がくればわかるかもしれないね」
「……左様でございますか。私はシエラの身に問題がないのであれば、それで構いません」
「君は本当に人を思いやれる素敵な女性だね。愛しているよ」
そう言って彼は立ち上がって手を伸ばし、私の頬に優しく触れた。
彼は私に対して静かな愛情を向けてくれるわ。私へのわかりやすい溺愛はシエラを安心させるために大げさに振る舞っていらっしゃる。
シエラの目に触れないところでは、今のように少し距離感があるし、決して私を愛称で呼ばない。
だから私がこれ以上踏み込んだら、私はどうなるかわからないでしょうね。
私は他国の侯爵令嬢で、幼い頃にリリーディアン公爵家の嫡男に嫁ぐことが決まった。
手紙やプレゼントという婚約者に対する当たり前のやり取りはあったけれど、淡々としたものだった。結婚前に会ったのは最初の顔合わせだけ。
この家に嫁いできて驚いたのが、リリーディアン公爵家の全員がシエラに対して至れり尽くせりで何もさせないこと。
グウェン様に聞いたら真顔で『君に関係あるのかな?』と言われたわ。
シエラもそれを不思議に思わずに受け入れていたのが不気味だった。
シエラは少し体格はいいけれど、顔自体はとても整っているから磨けば光る素材だったし、勉学だってなぜか遠ざけられていたように思う。まるでできない子でいてほしいかのように。
この家の全てが怖かった。夫も義父も義母も義妹も……それ以外の使用人たち含め全て。
それが変わったのが今年の冬――。
シエラはのんびりブラッディオレンジジュースを飲んでいて一人で噎せて倒れ、その翌日には雪が降っているのに窓を開け放って一週間寝込んだあの後から。
あれからシエラの洗脳が解けたかのように、とても活動的になって、このどこか暗く淀んだ家に明るい光を差し込んでくれた。
私に対しても『ティナお義姉様は凄い』『とても綺麗な所作で憧れる』『やさしいお義姉様で嬉しい』と事あるごとに言ってくれて慕ってくれた。
それを見てグウェン様も私への対応を変えてくれて、静かな愛情を向けてくれるようになった。
シエラは私にとっての恩人だわ。この子がいなかったら私はどこかおかしくなっていたかもしれないもの。
でも恩返し云々はあまり関係ないわね。
あのちょっとズレてるけれど天真爛漫で優しいシエラを義姉として愛していくのは恩返しでもなんでもなく、あの子が大事だからだもの――。




