04-02 傲慢王子は認めない〈菊視点〉
黄の菊―ゴーランド・クリザンテーム Side
私はこのクリザンテーム王国の次期国王になる全てを超越する男だ。
帝王学だけでなく統治に必要な法律、経済学、歴史、言語やマナー、必要なものはたくさんあるがそれをすべて修めた。
私は完璧を求められ、それを体現しているという自負もある。
私の隣にたつ未来の王妃にもそれを求めるのは当然だ。そしてその教育は幼き頃からすべきであると考える。
………だというのに、なぜか婚約者はいない。
父である国王陛下にも幼き頃から何度も奏上したが、いつだって答えは「時期を待て」だった。
そのため、この私に相応しい王妃となって私の隣に立つべき女を幼少期からずっと探していた。この私自ら探させるとは由々しき問題だがな。
私が10歳のときに王宮で行われた王家主催の茶会でもそうだった。
そのとき銀髪の色白の容姿の整った娘がいた。あれが誰か侍従に確認を取ると『シエラ・リリーディアン公爵令嬢』だと答えが返ってきた。
――リリーディアン公爵家。この王国を支える食糧庫とも言われる大穀倉地帯を治める公爵家の一角だ。その影響力は王都だけでなく、この王家にも及ぶ。
あの容姿、爵位、実家の力。この私に相応しい娘かもしれないと期待した。だが、あの娘は私に近づくこともなく、ただただ菓子を貪っていた。
期待外れ、だな。あれはクイーンではなくポーンにすらなれない駒だ。
自制心もなく、この私に接触して覚えめでたくもなろうとしない向上心のなさ、パーヴィスに『着飾ったマナーのなっていない猿』と侮辱されても言い返さず、その場を逃げ出しただけの覇気のなさ……どれをとっても二流以下だ。
私はそれ以降、その娘のことを記憶から追いやっていた。
だが、この三か月ほどでリリーディアン公爵令嬢の名前が王宮内の文官だけでなく、ギルドや騎士団といったところから『リリーディアンの鬼才』として囁かれるようになった。それまでは『リリーディアンの穀潰し令嬢』と呼ばれていたそうなのだが……。
リリーディアン小公爵は『リリーディアンの虎』とも呼ばれる切れ者だから、その妹であれば突然の覚醒も当然だという見方もある。
なんでも魔道具開発、100年に一度くらいしか現れない『物質の結晶化』の固有魔法が国の認可を受け、多言語を操り、芸術にも長け、極めつけは美しい容姿を持つこの国唯一の公爵令嬢。
そんな完璧な人間がいるものか? 私が直接見たわけではなくただの噂だから、真実味は薄い。穀潰しがそこまでになるだろうか。
……だが、もし真実ならば、この完璧さは私に相応しいのかもしれないがな。
確かこの女は、今年学園に入学してくるはずだ。この私自ら、直接裁定してやってもいい。
おそらくパーヴィスなら顔が分かるはずだから、そのときに判断をする。
そして、入学式から二日後、一年のフロアで銀髪の女神と出会った――。
♢ ♢ ♢
のだったが、その女神はとんでもないじゃじゃ馬だった。
きめ細やかな肌に、黒曜石を思わせる黒く大きい瞳、形がいい鼻、小さいが魅惑的な唇……全てのパーツが整っている。輝く銀の髪が月の女神を彷彿とさせられ、目を見張るほどの美しい所作をする完璧な女のように見えた。
パーヴィスに「この女がそうか?」と確認をした。重要なことはこの女がリリーディアン公爵令嬢かということだけだ。
パーヴィスに確認した結果、この女がそれだったのだが――。
問題はここからだ。パーヴィスが『入学試験でレグルスに次ぐ成績だが、力を奮うことはしない愚か者だ』とこき下ろした。
あの茶会でもこの女はパーヴィスの嫌味から逃げ出したのだから、今回もそうだろうと思っていたのだが……見事に反撃をしてパーヴィスは、怒りで震えている。
私はこの女の能力については、自分が調べたわけでもないから疑問視している。だから顔と家柄だけだと思っていた。だがこの気概は面白い。
眉唾物だが王宮の奴らが噂していた『リリーディアンの鬼才』が事実であれば、じゃじゃ馬だが飼い慣らせばクイーンになれるだろう。
この私の横に並び立てる女か? それともただのポーン以下の女か? リリーディアン公爵令嬢よ。
面白かった礼として、私の名を呼ぶ栄誉を与えてやった。光栄に思え。
そして、私は王宮に帰ってすぐに、何人もの人間を使ってあのじゃじゃ馬こと、リリーディアン公爵令嬢について調べ上げた。
今のところは『良』といったところか。
あの女と再会した翌日からパーヴィスが、同調圧力で生徒たちを扇動していたが、この苦境をどう反応するかが楽しみで私は止めなかった。
だが数日後、怒りに満ちた父母である国王陛下と王妃殿下に執務室に呼び出されることとなった――。
♢ ♢ ♢
「お前は王にでもなったつもりなのか!」
父である国王陛下の執務室に入った私は、ソファで待ち構えていた父にそう言われた。
隣には母である王妃が座っていて、この広く豪華な執務室にそれだけしかいない。
私は王太子であるが、まだ王ではない。王太子としては振る舞っているが、王として振る舞った覚えのない私は毅然と返答をした。
「いいえ、そのように振る舞った覚えはありません。何のことをおっしゃられているのでしょうか?」
「はぁ、シエラ・リリーディアン公爵令嬢のことよ」
怒りで父が言葉を発せなくなっていたので、王妃である母が答えた。
「ゴーランド。あなたがしたシエラ嬢に邪険な物言いがきっかけで、彼女は入学して間もない学園で孤立しているそうね。そのことに対してリリーディアン公爵家から遺憾だと抗議が届いたわ」
「遺憾ですか? どのあたりがでしょうか」
あの女に対して、顔だけ家柄だけといったことだろうか? あのときはあれが正しかったはずだ。
「顔だけ、家柄だけだと言ったことだ! 王族の言葉が重いことを学んでいなかったのか? 王族がそう言えばほかの貴族たちもそれに倣うことすらわからんのか? だから王にでもなったつもりかといったのだ!」
「リリーディアン公爵家は来年以降は王宮に、優先的に融通していた作物は通常価格に、搬入量の方も一考させてもらうと言っているわ」
あの女はパーヴィスの排除に対して、家族に泣きつくことを選んだか。パーヴィスに屈辱を与えたことで気概があるかと見直したが、所詮は情けない女だったかと落胆した。
しかしリリーディアン公爵家が王家に融通しないというのは貴族家としては謀反に近いのではないだろうか。たが、それを今論じている場合でもないか。
しかし、あの女に対して最初の衝突以降に、同調圧力で孤立させたのはパーヴィスだ。
「孤立させたのはパーヴィスです。それにたかが公爵家でしょう」
それを聞いた父は大きなため息をつき怪訝な表情をした。
「確かに直接やったのは宰相の息子だ。お前は、それを制御せねばならなかった。だからこそ公爵家……いや、小賢しいリリーディアン小公爵は王家に遺憾だと申してきたのだ。王家に打撃を与えれば宰相であるイステリア公爵も奔走するからな!」
裏で手を引いていたのは、あの『リリーディアンの虎』か……。さすがというべきか。彼はこの王国のチェス選手権三連覇の賢人……。チェスのように詰めてきたか。
「それと、リリーディアン公爵家はたかがといえる貴族家ではないわ。元からこの王国の食糧庫とよばれている名家で、ここ数ヶ月はシエラ嬢の魔道具開発によってさらなる富にも恵まれてるのよ?」
「はぁ、情けない。この傲慢さではお前は、シエラ嬢に選ばれないだろうな」
私は流石に驚いて目を見開き父を凝視した。選ばれない? 私が選ぶんだ。何を言っているんだ! くだらない。
「陛下、恐れながら申し上げます。彼女の情報を裏取りした結果、確かに私の隣に置いても遜色がない女性かもしれないと判断いたしましたが、実家に泣きつくなど私にふさわしいとはいえません。私が選ぶには――」
「この、愚か者が! 勘違いするな。リリーディアン公爵家にはすでに八年前に王家からお前と令嬢の婚約の申し入れをして断られている。彼女は教会が定める『選ぶ者』だ。こちらは手を尽くして彼女にお前を選んでもらうほかない。だからこそお前の婚約者も定めなかった」
教会――。この国にはこの世界を作ったとされる女神を信奉する教会の大本山であるネニュファ大聖堂がある。
ほぼ大体の国が女神を信奉しているため、教会の権力は全世界にも及び、この国だけでなくすべての国に対して影響力がかなり強い。
その教会が定めた『選ぶ者』だと? リリーディアン公爵家は一体何だと言うんだ?
私はもしかしたらとんでもないことをしたとでもいうのか?
…………いや、私は次期王だ。たかが、一貴族家ごとき、問題はない。
「あなたは勘違いしてるようだけれど、シエラ嬢は孤立を嘆いて家族に泣きついたわけではないわ。露呈後は、反対に何もしないでほしいと家族に訴えたそうよ。心が強くて慈悲深い令嬢だわ」
「ほかの貴族にとって彼の家からの制裁は死活問題になるからな。賢い令嬢だ」
母は顔を半分扇で隠しながら、ため息をつきながら呆れたように言った。
父はかなり激怒していたが、表面上は冷静に振る舞い始めている。だが今でも強く拳を握っているし、目から怒りが消えていない。
「公爵家に謝罪は儂の方からする。学園のほうは王太子であるお前が収めろ」
「…………承知いたしました」
説明はされたがたかが公爵家だというのは変わらない。お二人はわかっておられない。王家は唯一なのだ。
そして教会は過剰にあの女に対して期待を寄せすぎているのがおかしい。あの女よりも王家をおもねるべきだ。
リリーディアン公爵家の価値について、数字だけならなんとでもいえる。噂、伝聞は信用に値しない。いくら陛下がそう言っていたとしても伝聞にすぎない。
だが……あの女は思ったよりも父母である陛下や王妃にとって評価が高いようだ。
あれは思った以上に有用かもしれないと私はほくそ笑んだ。
ああ、明日から楽しみだな――。




