03-05 怠惰兎は物事を意外に見ている《竜胆視点》
青の竜胆―セイル・ジェシアン Side
退屈だ。
なぜ入学式なんてくだらないものに出なきゃいけないんだ? 勝手に話してこられるのも迷惑だし、寝ていたい。
俺は動きたくないし、話したくもないから、実現するために、頭はかなり回転させている。その無口さを勝手に神格化したり、頭が足りないと見るやつもいるから辟易する。
馬車を降りたらゴーランドの側近候補のレグルスが騒いでいた。
相変わらず髪色だけでなく言動すべてが暑苦しい男だ。注目を集めてくれるのは助かる。移動がしやすいから。
だけど、あの罵倒されている女……どこかで見覚えが、あるような気がする。
……………いや、どうでもいいか。俺に関わらないなら思い出す必要もないし。
俺はそのままこの混沌とした場所を立ち去った。
と、思っていたんだが、この女は無視できる女じゃなかったようだった。
俺が昼に旧校舎のひんやりした床で倒れるようにして休んでいたときのことだ。人の気配を感じた俺は、意識をそちらに向けた。
――何かポリポリするような音が聞こえる。
俺はその音の方向を薄目で様子を伺った。
あれは野菜、スティックか? なんでそんなもの食べているんだ? あれは確かレグルスに罵倒されていた女だよな。
頭には疑問しか浮かばない。変な女すぎるだろう。貴族令嬢が一人で旧校舎なんかで、野菜スティックをポリポリと食べるとか異様すぎる。
そういえば、確か8歳の頃王宮での茶会でこんな感じの変な少女に会ったことがあったなと少し過去を振り返る。
あのときは王太子のゴーランドに覚えてもらおうと、招待された子供たちは必死になっていた。俺も祖父にそう言われていたし、おそらくすべての子女たちがそう言われての参加だっただろう。
そんな中、とても愛らしい銀髪の少女が一心不乱にクッキーやマカロン、ケーキなど見境なく食頬張っていた。ゴーランドなんて見向きもせずお菓子だけを見つめていた。
そんな少女に俺より二つ年上のパーヴィスは呆れたように言った。
「ここには着飾っていますが育ちの悪い猿がいますね。ああ、失言を失礼いたしました」
「いいえ、お構いなく」
少女は微笑み、何事もなかったかのようにして立ち上がって、そのまま庭園の方へ歩いて行ってしまった。
パーヴィスは悔しそうにしているし、あの嫌味を何事もなかったように受け流す子供なんて並大抵ではないと興味を持った。俺はその少女を追いかけた。
少しして、やっと見つけることができたが……。なんで、この少女は木の上に登ってるんだ? 本当に猿か? 木の上にいる少女に聞こえるように、地上から声を張り上げて訊ねた。
「…………なんで! のぼった?」
「ん? ああ、ここに木があったからですね。気持ちいいですよ、あなたも来ますか? さっき持ってきたお菓子を分けてあげます」
あのパーヴィスに嫌味を言われたあとでは持ち出せないよね。いつ持ち出したんだろう。そして木があったから登るとかもよく分からない。
だが、この変な少女と会話をしてみたいと思った俺は、木に登って枝に座る少女の隣に座った。
「お菓子、くれるんでしょ?」
「……木登り上手いですね。お菓子は人と分け合ったほうがおいしいですからね! どうぞ」
「……あんた、変。名前は?」
「ああ、申し遅れました。シエラ・リリーディアンといいます」
シエラ、か。リリーディアンって、あのリリーディアン公爵家? 公爵令嬢がなんで木に登ったんだ? 令嬢の中の令嬢だろうに。
俺は少女に分けてもらったお菓子を食べながら、驚愕の顔で少女を見つめた。
「ふふふ。自由っていいですよね! 風が気持ちいいです」
あんたは自由すぎる。でもなんか、この自由さが羨ましい。
このかわいくて変な子とまた会ったときに、今度はもっと話したい、そう思った。
でも、この少女と会うことは今の今までなかった。
目の前のこの女はあの時の少女だ。だが、目の色は黒だったか? 昔のことだから記憶が曖昧なのかもしれないな。
彼女は俺の存在に気づいたらしく、寝たふりをしている俺を覗き込んだ。この熱視線は見えていなくてもわかる。
……………うざい。視線が鬱陶しい。
俺はあまりの鬱陶しさに彼女に声をかけた。
すると、なぜか何も話すことなく、突然俺に魔法をかけてこようとした。……これは土魔法か?
だがこの展開方法、普通のやり方じゃないな。この魔法は、なんなんだ? 危険はなさそうだが、なぜ何も言わず魔法をかけてくるんだろ?
「勝手に魔法をかければ?」と言ったのはイタズラ心だ。彼女には悪意は感じないから、別に敵意を向ける必要はないし、退屈しのぎになる。
そう思っていたのだが、表情がくるくる変わった彼女は魔法をかけるのはやめたようだ。
だけど、やめてすぐに野菜スティックを勧められるとは思わなかった。あの茶会の日、木の上で食べた菓子を思い出した俺はもらうことにした。
彼女が口の中に入れてくれると言うのでそうしてもらった。そのほうが楽。
そんなシエラに敬語で話されるのは嫌だったが、パーヴィスのせいで仕方ない。彼女がパーヴィスやゴーランドと揉めたのは知っているし、嫌がらせされているのは知っているから。
この感じでは彼女は、絶対に俺のことを覚えていない。俺だけが覚えてるのは癪だ。
その意趣返しに名前を呼んで別れた。驚いてる様子だったが、彼女だってなぜか俺の名前を知っている。それを考えれば、なにもおかしなことはないのに、変な奴。
シエラはその後も野菜スティック持参で昼休みに俺に会いに来る。旧校舎には俺以外誰もいないから、この建物のどこかにいる。だが、そんな俺を探し出すあの執念、何度も思うが只者ではない。
俺が返事をしない時もあるとわかった彼女は、聞き方にも工夫を見せてくる。兵糧丸キャンディの時は目を白黒させていて面白かった。
俺は食事の面倒さから兵糧丸キャンディをいつも持っている。シエラが興味深そうだからそのうち口の中につっこんでやろうと決めた。絶対に、面白いことになる。あれはまずいからな。
俺は物事にあまり興味がないが、シエラのことはなぜか気になる。
きっとそれは彼女が自動給餌器だし、彼女がいないと授業に間に合わず、出席日数が危うくなるから。
そして俺は誰かがいるところでは寝ないが、シエラのそばは穏やかな時間が流れているから、近くで眠るようになった。彼女は毛布のようなものだ。
だから彼女が、いなくなったら困る。ただ……それだけで、シエラを気にしてるんだろう。
ある日のこと。
俺は彼女が学園祭実行委員になったという話を耳にした。
あんなにたくさん人がいるところで眠るほど警戒心は浅くない。話しかけてくる人間が多くて面倒だから、人避けで寝たふりをしているだけだ。
遠くの会話からそれを聞いたときに、俺は違和感を持った。
彼女は馬鹿そうな言動とは裏腹に、実際は意外に合理的だ。なぜ面倒でしかない委員をやるんだ? だから彼女が委員になった理由を知りたかった。
本人に聞いてみたら、『運命』だとかで、はぐらかされたが、彼女は嘘は言っていない。本当のこともいっていないんだろうけど、俺にはこれ以上は踏み込めない。彼女が面倒を起こさなければいい。自由なのは彼女らしいから。
だが、それを彼女に聞いたことで、俺が『何かに興味を持った、真人間になった』と彼女が喜んでいたのは解せないし、失礼だ。しかも、彼女に悪気はないのが恐ろしい。
俺は周りに委員を勝手に決められて、そんな仕事などするつもりは、面倒だし全くなかったが、シエラがいるなら話は別だ。
彼女と一緒にいる時間が増えるのは良いことだ。彼女がいると楽だから。
委員会が終わった。
いつものように彼女は俺を運んで、俺の侍従のところまで魔法で連れていってくれた。これは楽でいい。この魔法を使いたいと彼女が言い出した時は、意味がわからなかったが、とても楽で今では俺にはかかせないものとなった。
そしてシエラが侍従に楽しそうに俺の一日を報告している。なぜ会ったばかりの人間と仲良くできるんだ? 彼女は警戒心がなさすぎるし、本当に自由だ。
そして俺が肉巻き野菜スティックを希望したのをなぜそんなに嬉しそうに話してるのかも不思議だ。
そのとき、俺はシエラに対して刺すような視線を感じた。
なんだ? 委員会で見かけた女か? 刺客では、ないか……。だがあの目は憎悪の目だ。……面倒だが気になるな。
シエラと別れたあと、当然寝てはいない俺は、馬車の中から侍従に指示を出した。
「シエラを追え」
侍従は一つ頷いて物音を立てず、ここから立ち去った。
杞憂ならそれでいい。用心に越したことはない。
少しして侍従が帰ってきた。
なぜか面白そうな顔をしている侍従に見聞きしたことを話させた。
ははは、そうか! シエラはやり返したのか。そんなこともできるのか。
うん、すごく変で、面白い! 予測不能で個性的で飽きない。
……だが、シエラが自分でやり返しても、あの女どもは、俺の快適で怠惰な生活を脅かそうとしたことは変わらない。悪意の芽はきっちり摘まないと後々面倒になる。
「……あの女どもは適当に排除しろ。邪魔だ」
「御意」
しかし、手で俺を押すのではなく、風魔法で押すだと? それは嫌だ。そんなことになったら、すべてあの女どものせいだ。
――シエラは俺の世話係だ。余計な手出しは許さない。




