02-03 【好感度1】合理的によろしくお願いします
完全な腫れ物となる前から、私はイステリア公爵令息と近づくチャンスを作るため動いていた。それこそ入学式翌日からよ。
それはステータス画面にあった、昼休みと生徒会のない放課後はレグルスに一方的に挨拶をしてから大図書館に通うこと。
私は学園の大図書館に初めて足を運び、重厚な扉を明け放った。
中央の広大な吹き抜けを囲むように、同心円状の回廊が遥か天空まで幾重にも重なっているわ。 三層にもなった回廊と壁を埋め尽くすほどの書架がある。
古い本の匂いだけでなく、気のせいでなければインクの匂いまで感じるほどだわ。
はぁ、これだけの本は圧巻だわと私はイステリア公爵令息のことを完全に頭から追いやってしまっていた。
あっ! 『天然鉱石による変質と魔力制御』の本だわ。
この世界の魔道具は魔石で作られるけど、その働きを十分に出すには鉱石が重要なの。だから魔道具づくりが趣味になっている私にとって鉱石の知識も当然必要不可欠なの。
絶版になってるから読みたくても読めなくてずっとずっと探してたのよ! あちらにあるのも! うわぁ、たまらないわぁ。ここに住みたい。
あのメガネを求めてここに来ていたのを思い出したのは、彼にされた同調圧力での孤立についてお兄様とお義姉様を宥めた翌日だった。
そういえば、この大図書館にいるだけでいいの? 見つけてもらわなければ意味がないのではないかしら。
ここで全くメガネの姿は見たことないし、こんなに広かったら難しくない? ……もしかしたら詰んでる?
まぁ、いいか。そのうち見つかるでしょ。
取り敢えず引き続き趣味の魔道具関連の本を読むことにした。
これは願望も入ってるけど、あのメガネは私を敵視しているから、きっと私がいれば目が離せなくなって気づくはずよ。いや、そうであってくれ。
それにしても『攻略メモ』にあった素直ってなんだろうか。この前素直になった結果、イステリア公爵令息の本体であるメガネをカチャカチャさせる結果になったわけだけど……。その時が来ればきっとわかるわね。私はヒロインですし!
あれもこれもと本を探すことに夢中になっていた私は、刺すような視線にまったく気がついていなかった――。
90%の趣味と10%の交流という何やら歪んだ目的で、大図書館に通いはじめて10日以上が経過した――。
その頃私は、レグルスの魔力の矯正装置の魔道具づくりのため、先日見つけた絶版の『天然鉱石による変質と魔力制御』を食い入るように読み込んでいた。
前世で得意としていた速読を使って高速で読み、速記をして、魔道具の構築をあーでもないこーでもないとを紙に書きなぐっていた姿は異様だったのだろう。
とうとう探していたあのメガネが放課後の大図書館で姿を現した。
「……あなたを十日ほど観察していましたが、毎日ここへ来て閉館間際まで魔道具に関する本を読み漁っていますね。そんな鬼気迫る様子では周りに迷惑ですし、本も傷みます」
こ、こ、こ、ここは大図書館ですよ。会話は厳禁では? 私は焦ったように周りを見回す。
「クスッ。ここは、大図書館で唯一会話が許されています。そんな失態を私が犯すとでも思っているんですか?」
安心しました! ここは会話大丈夫なんですね。あれ? 嘲笑でなく普通に笑った?
「ここでの会話は大丈夫だったんですね。よかったです。本は確かに痛んで良くないですね。今すぐ修復します」
そう言って私は本を修復した。イステリア公爵令息が注意されるところを見てみたいという願望は伝えてはいけないわ。レグルス相手なら言いかねないけど、多分ここで素直に言ったらだめな気がするわ。
ちなみに属性関係なしにリペアの魔法は生活魔法として魔道具があれば誰にでも使えるものだ。だからそこまで大したものではないと思っていたのだけど……。
「――あなたの魔法は綺麗ですね。緻密に組まれている。それだけの緻密さは努力なしではできません。それだけは認めます」
あれ? 彼のイステリア公爵家は魔力がない家系だったはずよね。驚いた表情をして、私を褒めてきたけど、魔力が見えるの?
「……ありがとうございます。イステリア公爵家は魔法を使えない家系でしたよね。なぜ緻密だと判断できたのですか?」
「……確かにわが家は魔法の適性はありません。ですが、これを持っていますので魔力の流れは見えるのですよ」
そう言って腕輪を見せてくれた。この腕輪……魔力が万華鏡のような模様になって見えるのね。どんな仕組みなのかしら。もっと近くで見せてほしいくらいよ!
………腕輪、そうか! 腕輪なら矯正装置として魔力を吸収するのにちょうどいいわ。天然水晶で照準をあわせつつ……いける! いけるわ。レグルスの魔道具づくりに役立つ。
「ありがとうございます! イステリア公爵令息のおかげで活路が開けそうです。気づきを与えてくれて助かりました!」
「は? 私はあなたを助けた覚えはありませんよ。ただ、迷惑だし、本が傷つくから注意したまでです。あなたに喜ばれても私にとって価値がありません」
なんか、早口で言ってるけど素直じゃないなぁ。
「さようでございますか。ですがその腕輪を見せていただいたことで私がひらめきを受けたのは事実です」
「…………あなたは周囲に同調圧力を求めた私を恨んでいないのですか? あなたのご実家であればあの扱いをした貴族家へ制裁を加えられたはずですが、何もしていない。同様にわが家にも何も抗議は届いてませんね。あなたには、理不尽に対して戦う気概もありませんか? 正直期待外れですよ」
はい、恨んでませんね。タイミングはもう少し遅いほうが友人もできただろうからよかったですけど……それくらいです。むしろあなたの行動は未来のご褒美です!
「ふふふ。恨んでなんていません。あの時は私も言い過ぎまして申し訳ございません。イステリア公爵令息は努力の方だと兄が以前言っておりました。私が大事な入学試験で眠ってしまったと聞けばお怒りになられるのは当然ですわ」
「…………、なるほど。君は意外に物事が見えているようだ。そうですね、努力をしない猿は淘汰されるべきですからね」
いや、あなたに忖度をしただけなので、わが意を得たりみたいな顔されましても困ります。それに思想が大分過激ですし、意外に顔に感情が出る方ですね。
「……淘汰は嫌ですね」
「私は才能だけ人間は、長く持たないので引導を渡してあげています。あなたは嫌だけで、どうにかなる優しい世界に住んでいらっしゃるのです?」
ここまでいうか? 普通。何で褒められたと思ったら、次の瞬間には煽られてるのかさっぱりわからないわ。
「あなたと同じ世界に住んでますね。それではこれからよろしくお願いしますね」
「…………なぜ、そうなるんですか? あなたの頭に妖精でも住み着いているんですか?」
「――イステリア公爵令息が持っているその装丁の論文は、最近発表されたばかりの『鉱石の魔力効率』についてのものですよね。それ、実は私が書いたんですよね。いやあ、こんなところで読者に会えるとは思いませんでした!」
「……あなたがこれを?」
イステリア公爵令息はその装丁された論文の表紙に記載された名前を見てから、私の顔を見てまた論文を見てというのを繰り返した。
少し失礼ですがまぁいいでしょう、私は寛大ですので。
「はい! 領地にいた頃に父に命じられて書きました。私はあなたのその腕輪に大いに興味がありますし、あなたは私から知識を吸収すればいい。お互い相乗利益があり合理的ですよ。ね? よろしくお願いしますでしょう?」
「……気が向いたら、そうしても構いません。ですが利用できなければ容赦なく切り捨てます」
ですよねー。利用できなくなったら合理的でなく非効率ですもんね。あなたなら合理的に利用しますよね。
「はい! よろしくお願いします!!」
この声は大図書館に響き渡って司書に大目玉を食らうのだった。腫れ物扱いならスルーされるはずなのに、なぜ司書には通用しないのか謎である。
しかし、最初のプルプルしてからの詰られよりも前進してるよね、そうだよね。
私はステータス画面をそっと開いた。
うん、白いよ。白い藤。そういえばバーコードの横に数字があるのだったわ。――――数字は、1? いえ、もしかしたらバーコードの棒かもしれないわね。
私は家に戻りレグルスの魔道具を作成しながら、やっとイステリア公爵令息の足がかりを掴んだと喜びの一句を作っていた。
イステリア デレがみえたよ たぶんきっと
はい、字余り。
でも明るい未来が差し込んできた、そんな気持ちになった。
ここから一気に巻き返すわって息巻いていたのだけど……。
他の塩対応メンズたちの攻略が本格始動して、放課後の図書館は土曜日だけになったのだった。……無念、もっと本を読みたかった。
昼休みも攻略があって忙しいから本の返却と貸出しかできないし、体が四つ欲しいわ!
理不尽すぎる。




