第9話:氷の令嬢はペアを組みたい
六月。
じめじめとした梅雨の気配が近づく中、学校ではとあるイベントの準備が始まっていた。
体育祭である。
(はぁ……憂鬱だ)
ホームルームで種目決めの話し合いが行われている中、俺はため息をついた。
運動神経が悪いわけではないが、目立つのは苦手だ。
できるなら「玉入れ」とか「大玉転がし」みたいな、その他大勢に紛れられる平和な種目で済ませたい。
「えー、次は『男女混合二人三脚』のエントリーです。男女一組で、クラスから三組必要です」
委員長の声が響いた瞬間、教室の空気がピリついた。
二人三脚。
それは、密着度が極めて高いリア充イベント。
男子たちは色めき立ち、女子たちはヒソヒソと相談を始める。
「はい、立候補する人ー?」
シーン……。
誰も手を挙げない。
なぜなら、このクラスには触れがたい高嶺の花、冬月さんがいるからだ。
女子たちは「冬月さんが出るなら私が目立つのは無理」と遠慮し、男子たちは「冬月さんと組みたいけど、断られたら死ぬ」「絶対零度の視線で見られたら凍死する」とビビっているのだ。
(まあ、俺には関係ない話だな。冬月さんと二人三脚なんて、夢のまた夢だし)
俺は窓の外を眺めながら、心の中で独りごちる。
(いいなぁ、冬月さんと二人三脚。もし組めたら、肩組んで、息合わせて……一生の思い出になるのになぁ)
(あの綺麗な横顔を間近で見ながら走るとか、想像しただけで昇天しそう……。ま、俺みたいな平凡男子が望んでいい相手じゃないけど)
その時だった。
「……はい」
凛とした声が、静寂を切り裂いた。
見ると、冬月さんがスッと手を挙げていた。
「冬月さん!? え、出るの?」
委員長が驚いて聞き返す。
冬月さんは無表情のまま頷き、そして――ゆっくりと、俺の方を見た。
「……私、出ます。……春トくんと」
「……へ?」
俺は間の抜けた声を出した。
クラス中が「え?」という顔で俺を見る。
時が止まったかのようだった。
「ちょ、え、冬月さん? 俺!?」
俺が指差して確認すると、彼女は当然のように頷いた。
「……春トくんがいい。……ダメ?」
小首を傾げて、少し不安げに見つめてくる。
その瞳に見つめられたら、断れるわけがない。
(ダ、ダメなわけないだろおおおおお! むしろご褒美です! ありがとうございます!!)
(てか、なんで俺!? 他にもイケメンいるのに! もしかして、俺の心の声……聞こえてた!?)
俺が内心パニック&歓喜の嵐に舞っていると、委員長が乾いた笑いで言った。
「あー、うん。春トなら、まあ……害はなさそうだし(失礼)、決定でいいかな?」
クラスの男子たちからは「なんであいつが!」「解せぬ」「血の涙が出る」という怨嗟の声が聞こえたが、冬月さんが冷たい視線で一瞥すると、全員石化した。
「……よろしく、春トくん」
冬月さんが、ほんの一瞬だけ、誰にも見えない角度で口角を上げた気がした。
(わ、笑った……? 今、笑ったよね!? 女神が微笑んだ!!)
俺は昇天しかけながら、何度も頷いた。
◇
(……これで、堂々とくっつける)
席に座った冬月は、教卓の方を向いたまま、心の中で小さくガッツポーズをした。
練習という名目で、彼に触れられる。
みんな公認のペアになれる。
その事実が嬉しくて、彼女は必死に顔が緩むのをこらえていた。




