第6話:氷の令嬢は動揺を隠せない
翌日。
俺、春トは完全復活を遂げて登校した。
一晩で熱が下がったのは、冬月さんの特製お粥と、あの奇跡のような看病のおかげに他ならない。
(昨日の記憶、途中から夢みたいにぼんやりしてるんだよな……)
高熱でうなされていたせいか、細部が曖昧だ。
確か、冬月さんが部屋に来てくれて、お粥を作ってくれて……。
『あーん』してもらった気がする。あの優しい声と、口に広がった温かいお粥の味は確かに覚えている。
(夢みたいだけど……あの温もりは本物だったよな。冬月さん、本当に来てくれたんだ……)
そんなことを考えながら、教室に入り、自分の席に着く。
隣には、すでに冬月さんが座っていた。
「冬月さん、おはよう」
俺が声をかけると、彼女はバッと肩を跳ねさせた。
そして、なぜか俺と一切目を合わせず、読んでいた教科書に顔を近づけた。
「……お、おはよう」
声が震えている。
しかも、よく見ると彼女が持っている教科書、逆さまだ。
(えっ? 何その反応? しかも教科書逆さだし! 動揺してる?)
俺は首を傾げる。
今日の冬月さんは、どこかおかしい。
いつもなら冷徹なクリスタルのような瞳で一瞥してくれるのに、今日は頑なに視線を逸らしてくる。
(も、もしかして、昨日俺なんか失礼なことしたか? うなされて変な寝言言ったとか!?)
(『お母さーん』とか叫んで甘えたりしてたらどうしよう……死ねる。恥ずかしくて死ねる!)
俺が勝手にネガティブな想像を膨らませて青ざめていると、冬月さんが教科書を持つ手に力を込め、フルフルと小刻みに震え出した。
耳が茹で上がったように赤い。
(怒ってる……? いや、あの赤さは怒りゲージMAXのやつか!? やっぱ俺、何かやらかしたんだ……!)
まずい。これ以上、心の声で変なことを考えて刺激してはいけない。
俺は必死に心を「無」にしようと試みた。
座禅だ。座禅を組む僧侶の気持ちになるんだ。
(無になれ……無になれ……彼女はただの有機物の塊だ……美しいとか可愛いとか考えちゃダメだ……)
しかし、チラリと視界に入った彼女の横顔が、あまりにも綺麗すぎて。
(……無理! 美しすぎる! 有機物の塊レベルじゃねえよ! 神の造形物だよ!)
一瞬で煩悩に支配された。僧侶失格だ。
俺の心の声を聞いたのか、冬月さんはさらにビクンと肩を震わせた。
周囲のクラスメイトたちも、異変を察知してヒソヒソと噂し始める。
「おい、今日の冬月さん、いつもより空気が冷たくね?」「絶対機嫌悪いよな……触らぬ神になんとやらだ」
違うんだ。
みんな誤解している。
冬月さんは今、俺の心の声(勘違い)を聞いて、「違う……! そうじゃないの……!」と必死に否定したいのに言えなくて、もどかしさで震えているだけなのだ。
そして何より。
昨日の俺の「好き」という言葉を覚えているのかどうか、気になって仕方がないのだ。
そんなこととは露知らず、俺は意を決して話しかけた。
謝るなら早い方がいい。
「あの、冬月さん! 昨日は本当にごめん。わざわざ家まで来てもらって、お粥まで作らせちゃって……」
冬月さんが、恐る恐るこちらを向く。
「……別に。……大したこと、してないし」
「いや、すごく助かった! おかげですっかり良くなったし」
俺は感謝を込めて微笑む。
そして、心の中で本音を付け加えた。
(あのお粥、マジで美味しかったなぁ……。夢の中の味だけど、人生で一番美味い飯だった自信あるわ。毎日食べたいレベルで最高だった……)
(冬月さんの手料理ってだけで国宝級の価値あるし、またいつか食べられたらなぁ……なんて、贅沢すぎるか)
その瞬間。
冬月さんは「ぷしゅ」という音が聞こえそうなほど顔を赤らめ、机に顔を伏せてしまった。
「ふ、冬月さん!?」
俺が驚いて声をかけると、腕の中に顔を埋めたまま、彼女は何かをモゴモゴと呟いた。
「……また、作る」
「え?」
よく聞こえなくて聞き返すと、彼女は濡れた瞳で上目遣いに俺を睨み(本人は照れ隠しのつもり)、もう一度言った。
「……また、作ってあげる。……だから、風邪じゃなくても、言えばいいじゃない」
(えっ!? それって、また食べさせてくれるってこと!? マジで!? 神様ありがとう!!)
「ありがとう冬月さん! 絶対頼む!」
俺が満面の笑みで頷くと、冬月さんは再び机に突っ伏した。
その隙間からは、隠しきれないニヤけ顔が見えていたけれど、俺は見なかったことにした。




