第42話:氷の令嬢は約束を重ねたい
週明けの朝、教室に入ると美月が先に席へ着いていた。
俺が鞄を置いた瞬間、彼女の耳がわずかに赤くなる。
(あ、これ……今、聞こえたな)
試しに心の中で「おはよう」と念じる。
美月は教科書の影で、ほんの少しだけ口角を上げた。
「……おはよう」
戻ってきた。
でも、ずっとじゃない。
昼にはまた、反応が途切れる時間があった。
◇
放課後の図書室で、俺たちはそのことを正面から整理した。
「前みたいに、いつでも聞こえる状態には、たぶん戻らない」
俺が言うと、美月は頷く。
「……うん。完全じゃない」
「……条件付きだと思う。最初から、ずっとそうだった」
俺たちはノートの余白に、分かってきたことを書き出した。
拾えるのは俺の心の声だけ。
距離が近いほどはっきりして、感情が強い日は少し離れていても届く。
疲れている日と騒がしい場所では、途切れやすい。
俺はノートの端に、短く書いた。
『聞こえることは特典。伝えることは義務。』
ペンを渡すと、美月がその下に小さく追記する。
『守れない日があっても、諦めない。』
「これ、合言葉にしよう」
「……うん」
土台を置き換える作業だった。
超能力の上に立つ関係じゃなく、言葉の上に立つ関係へ。
◇
その日の帰り道、駅前の文具店で薄いリングノートを買った。
表紙は無地の淡いグレー。
「なに書くの?」
俺が聞くと、美月はノートを胸に抱えて答える。
「……約束」
最初のページには、こんな一行が並んだ。
『模試のあと、甘いものを食べる。』
『月末、三十分だけ散歩する。』
『不安は二十四時間以内に言葉にする。』
大きな誓いじゃない。
守れるサイズの約束を、積む。
俺も一つ書き足した。
『忙しい日でも、おやすみだけは送る。』
美月はその文字を見て、目を細める。
「……こういうの、好き」
◇
夜、俺はメッセージの着信音でスマホを手に取った。
美月から、約束ノートの写真が届いている。
ページの端に、見慣れない行が増えていた。
『聞こえる日も聞こえない日も、春トくんは誠実。』
その下に、短い追記。
『だから、信じる。』
胸の奥がじんわり熱くなる。
俺は少し考えてから、返信した。
『信じてもらえるように、明日もやる。』
すぐに既読がついて、返ってきた。
『……うん。一緒に。』
約束は、縛るためじゃない。
積み重ねを見える形にして、迷った日に戻る場所を作るためだ。
次の模試結果が近づいている。
不安はある。
でも、戻る場所がある不安は、前よりずっと扱いやすかった。




