第41話:氷の令嬢は嫉妬を認めたい
放課後の廊下で、俺は進路資料を抱えたまま立ち止まっていた。
「春ト、ここの小論文対策って、どうまとめた?」
声をかけてきたのは、同じクラスの佐倉だった。
模試のあと、文章系の対策を聞かれることが少し増えている。
「まず設問の条件に線を引いて、段落ごとに要点拾って――」
説明していた時、視界の端を美月が横切った。
目が合った、気がした。
でも、彼女は足を止めずにそのまま階段へ向かった。
(今の、まずかったか)
内心で焦る。
けれど、その瞬間に限って、美月の反応は何も返ってこない。
◇
帰り支度を終えても、美月は俺の席に来なかった。
メッセージも短い。
『先に帰るね』
たったそれだけ。
句点すらない文面に、逆に温度がない。
俺は急いで駅前へ向かい、改札脇でようやく美月を見つけた。
「美月」
呼び止めると、彼女は振り向いた。
顔はいつも通り綺麗で、温度だけが低い。
「……なに」
「話したい」
「……今じゃなきゃだめ?」
拒まれる寸前の声だった。
俺は一歩も引かずに言う。
「だめ。今日のうちに話すって決めたから」
美月の睫毛が揺れる。
数秒後、彼女は小さく頷いた。
◇
駅の裏手、人通りの少ない歩道。
俺たちは自販機の横で向かい合った。
「さっき佐倉と話してたの、進路相談だけだ」
「それで、もし嫌な気持ちになったなら――」
途中で、美月が遮る。
「……嫌だった」
短い言葉に、迷いがなかった。
「……心の声、聞こえないタイミングだったから」
「……余計に、いろいろ考えた」
美月は視線を逸らし、指先でコートの袖をつまむ。
「……嫉妬した」
初めてだった。
“機嫌が悪い”じゃなく、“嫉妬”と本人が言い切ったのは。
俺は否定せず、うなずく。
「言ってくれてありがとう」
「嫉妬してくれたこと、嫌じゃない。むしろ大事にしたい」
美月が驚いた顔で俺を見る。
「……怒らないの?」
「怒らないよ。黙ったまま離れるより、言ってくれる方がずっと助かる」
そこで俺は、もう一歩踏み込んだ。
「そのうえで、俺も気をつける」
「誤解を招きそうな場面は、できるだけ事前に言う」
「必要なら、美月にも同席してもらう」
美月はしばらく黙ってから、ゆっくり息を吐いた。
「……次からは、黙って拗ねない」
「……ちゃんと言う」
「うん。俺もちゃんと言う」
約束を交わすと、さっきまで張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。
駅へ戻る途中、美月がぽつりと呟く。
「……自分が嫉妬するタイプだって、今日初めて分かった」
俺は笑って返す。
「俺も“される側”の責任、今日初めてちゃんと考えた」
美月は頬を赤くして、ほんの少しだけ肩を寄せてきた。
「……一歩ずつだね」
「うん。一歩ずつ」
聞こえる日も、聞こえない日もある。
それでも、言葉にして歩幅を合わせれば、同じ道を歩ける気がした。




