第40話:氷の令嬢は言葉を信じたい
「……今日、やる?」
朝の昇降口で、上履きに履き替えながら美月が聞いてきた。
「やる。今日は、心の声に甘えない日」
自分で提案したくせに、言ってから急に緊張する。
普段なら内心で済ませることを、全部口に出す。
思ったより難易度が高い。
◇
一時間目の前。
俺は席に着くなり、思ったことをそのまま言ってみた。
「えっと、美月。今日の髪、似合ってる」
言えた。
言えたけど、声が上ずってた。
美月は耳まで赤くして、教科書で口元を隠す。
「……ありがとう」
そのあと俺たちは、五分くらい目を合わせられなかった。
昼休みには、逆パターンが起きる。
弁当を開いた美月が、箸を持ったまま動かない。
「どうした?」
「……言う練習」
美月は一度息を吸って、俺を見た。
「……今日、朝からちょっと寂しかった」
「……うまく話せるか、不安で」
聞いた瞬間、胸が熱くなる。
「言ってくれてありがとう。俺も同じ」
「朝、変なこと言ったらどうしようって思ってた」
美月は小さく頷いて、少し笑った。
「……じゃあ、成功」
◇
午後。
失敗もあった。
俺が「平気」と言って全然平気じゃない顔をしたせいで、美月に即バレ。
美月が「なんでもない」と言った五分後に、やっぱり「さっきの言い方、きつかったかも」と訂正。
ぎこちない。
でも、不思議と誤解は長引かなかった。
その場で言葉にするから、修復が早い。
放課後、駅までの道で俺は笑ってしまう。
「今日、会話量いつもの二倍じゃない?」
「……疲れた?」
「全然。むしろ、安心した」
美月はマフラーを整えながら、ほっとした顔をした。
「……私も」
◇
夜。
通話をつないで、俺たちは“今日の良かった点”を一つずつ言い合った。
「俺から。美月が“寂しい”って言ってくれたの、すごく嬉しかった」
「……私は、春トくんが“ありがとう”をすぐ言ってくれたところ」
数秒の沈黙。
それは気まずい沈黙じゃなく、満足したあとに来る静かな間だった。
「心の声、今日はあんまり安定しなかったね」
俺が言うと、美月はやわらかく返す。
「……うん。でも、前より怖くない」
「……聞こえなくても、言葉が届くって分かったから」
通話を切る直前、美月が小さく付け足した。
「……明日も、続けよう」
「もちろん」
超能力はまだ不安定だ。
それでも、俺たちの関係は少しだけ安定した。
頼る軸が、ひとつ増えたからだ。




