第38話:氷の令嬢は同じ地図を見たい
「……月ごとに区切る」
窓際の長机でそう言って、美月がノートを開いた。
六月の模試から一週間。放課後の図書室には、俺たちと蛍光灯の音だけがあった。
「了解。模試と学校行事、先に固定しよう」
付箋、色ペン、過去問リスト。
恋人同士の放課後にしては色気のない光景だが、不思議と楽しかった。
(こういうの、嫌いじゃないな)
(未来を“ふんわり不安”じゃなく、具体的な予定に変えていく感じ)
美月が俺のノートを覗き込み、小さく頷く。
「……デートの予定も、先に入れていい?」
俺は思わず笑った。
「そこ、最優先項目?」
「……最優先」
即答だった。
◇
二時間ほどかけて、俺たちの“受験カレンダー”は形になった。
平日は勉強時間を細かく、休日は長めの集中ブロック。
詰め込みすぎないように、週に一度は完全オフを入れる。
「……潰れない設計にする」
「大事だな。続けられなきゃ意味ないし」
次に決めたのは、科目ごとの役割だった。
「英語と数学は、私が見る」
「じゃあ国語と小論文は俺が担当」
前は教わる側と教える側がはっきりしていた。
でも今は違う。
お互いに得意を持ち寄って、不得意を埋める。
その形が自然になっていた。
美月が英語長文のポイントを説明し、俺が要約の型を返す。
十回目くらいのやり取りで、美月がふっと肩の力を抜いた。
「……前より、怖くない」
「何が?」
「……未来」
その言葉を聞いて、俺は昨日の不安を思い出す。
そして、今の机の上を見る。
線で引かれた日付と、書き込まれた小さな約束。
「同じ学校じゃなくても、同じ未来は作れる」
口から出た言葉に、自分で少し驚いた。
でも嘘じゃなかった。
美月は目を丸くしてから、ゆっくり頷く。
「……うん。作ろう」
◇
帰り道、文房具店に寄った。
店頭の学習用品コーナーで、色違いのシャーペンが並んでいる。
「これ、どう?」
俺が黒軸を手に取ると、美月は白軸を持ち上げた。
「……同じシリーズ」
「じゃあ、それにしようか」
レジを出たあと、俺たちは袋から取り出したシャーペンを見せ合う。
美月は自分のペンケースを開き、修学旅行で買ったお守りの隣にそっと差し込んだ。
「……これも、お守り」
俺も同じようにペンケースへ入れる。
「日常用のお守りだな」
「……毎日使えるから、こっちの方が強いかも」
美月の言葉に、俺は頷いた。
特別な一日を支えるものも大事だ。
でも、毎日を回す道具も同じくらい大事だ。
駅前の分かれ道で、美月が袖をつまむ。
「……次の模試、終わったら」
「うん」
「……甘いもの、食べに行きたい」
俺は笑って答えた。
「カレンダーに入れとく。最優先で」
美月は満足そうに「……ん」と頷いて、手を振った。
恋と進路。
どちらかを削るんじゃなく、どちらも走らせる。
同じ地図を持つって、きっとこういうことだ。




