第36話:氷の令嬢は席替えに勝ちたい
担任が教卓にくじ箱を置いた瞬間、教室の空気が一段うるさくなった。
四月の終わり、六時間目のホームルーム。
「はい、席替えやるぞー。文句なし、一発勝負」
歓声と悲鳴が同時に上がる。
俺、春トは隣の美月をちらっと見た。
美月はいつも通り背筋を伸ばしている。
表情は変わらない。
(落ち着いてるな……さすが)
(いや、俺は普通に嫌だぞ。隣じゃなくなるの)
その瞬間、美月の指先がシャーペンを握り直した。
わずかに力が入る。
(あ、これ。美月も内心は同じだ)
◇
くじ引き開始。
「はい静かに、番号読み上げるよ」と佐倉が前に出る。
東雲が先に番号を引いて、派手にガッツポーズした。
「窓側後ろ! 勝った!」
何に勝ったのかは不明だが、とにかくうるさい。
次に美月が引く。
「……十二番」
最後に俺。
紙を開いた瞬間、嫌な予感が当たった。
「……二十六番」
教室のあちこちから席順の確認の声が飛ぶ。
黒板の座席表に番号を書き込んでいくと、結果は明確だった。
美月は前方中央。
俺は窓側の後方。
見事に離れた。
(終わった……)
(授業中、横を見ても美月がいない生活、寂しすぎるだろ)
美月が、ほんの少しだけ目を細める。
「……今の、全部聞こえた」
「だよね」
俺が苦笑すると、美月は小さく息を吐いた。
「……私も、少し寂しい」
その小声で、思っていたよりだいぶ救われた。
◇
席替え初日の授業は、想像以上に落ち着かなかった。
黒板から目を離して前を見るたび、遠い位置にある美月の横顔が視界に入る。
(遠い)
(同じ教室なのに、遠いってなんだよ)
昼休み、俺は弁当を持って美月の席へ向かった。
彼女は俺の気配に気づくと、教科書を閉じて少しだけ椅子を引く。
「……来ると思ってた」
「来るよ。これは来る」
前みたいにずっと隣で過ごすことはできない。
でも、だからこそ十五分、二十分の会話が濃くなる。
授業の小ネタ、先生の口癖、昨日見た動画、進路の不安。
短い時間に、言いたいことをちゃんと詰めるようになった。
放課後は図書室で待ち合わせる流れが自然にできた。
会える前提じゃなく、会うために動く。
それだけで、関係の重みが少し変わった気がした。
◇
一週間後。
帰り支度の途中で、美月が俺の机まで来た。
「……少し、いい?」
教室にはまだ数人残っていたが、美月は気にせず言った。
「……席が離れても、優先順位は変わらない」
短い宣言だった。
けれど、言い切る声は迷っていなかった。
俺は頷く。
「うん。俺も同じ」
「環境が変わっても、選び方は変えない」
「会う時間を、自分で取りに行く」
美月は目を細め、満足そうに「……ん」と返した。
そのやり取りを、ちょうど通りかかった東雲が聞いていたらしい。
鞄を肩にかけたまま、呆れた顔で言う。
「お前ら、遠距離恋愛か?」
俺が眉をひそめると、東雲は指で教室をぐるっと指した。
「教室内遠距離な。距離三メートルでこの砂糖、濃すぎるだろ」
美月は一瞬きょとんとしてから、ふっと笑った。
「……三メートルなら、すぐ会える」
東雲が「はいはい、ごちそうさま」と手を振って去っていく。
俺と美月は顔を見合わせて、同時に笑った。
離れた席は、負けじゃなかった。
会えない理由じゃなく、会う理由を増やすための配置換えだった。




