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クールで冷徹な『氷の令嬢』、なぜか俺の心の声(ダダ漏れ)だけは聞こえるらしい。  作者: わわわ


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35/39

第35話:氷の令嬢は進路希望を知りたい

 「三年A組……三年A組……」

 人の肩越しに名簿を追いながら、俺、春トは息を止めていた。

 四月の始業式の朝。新しいクラス表が貼り出された廊下は、最初から騒がしい。


 自分の名前を見つけて、そのすぐ下に冬月美月の名前があった。


(よしっ)

(別クラスじゃない。助かった……)


 背後から、聞き慣れた声がした。


「……見つかった?」


 振り向くと、美月がいつもの涼しい顔で立っている。

 けれど俺の心の声を拾ったのか、口元がほんの少しだけ緩んだ。


「同じクラス」

「……うん。同じ」


 短いやり取りなのに、胸の中のざわつきがすっと静まる。


 ◇


 新しい教室、新しい担任、増えた進路プリント。

 三年生になった実感は、チャイムより先に紙の枚数で来た。


 放課後、俺は机に広げた大学案内を前に固まっていた。

 学部名、就職率、通学時間、学費。

 読んでいるはずなのに、頭に入ってこない。


(美月はもう目標がある)

(俺もちゃんとした志望を書かなきゃ)

(せめて、釣り合う場所を選ばないと)


 その時、椅子を引く音がして、美月が隣に座った。


「……まだ残ってたんだ」

「うん。ちょっと資料見てて」


 美月は俺の返事を聞くと、黙って机の上を整え始めた。

 山になっていたパンフレットを分野別に分け、付箋を貼っていく。


「……これ、興味ある順に並べよう」

「え、手伝ってくれるの?」

「……一人で抱える顔してるから」


 図星だった。


 ◇


 日が傾くころ、プリントの山はだいぶ薄くなっていた。

 俺はペンを回しながら、志望欄の空白を見つめる。


「美月さ」

「……うん」

「正直、どれ選んでも“違う”気がするんだよね」


 言葉にすると、思ったより情けない響きになった。


 美月は少し考えてから、俺の進路希望用紙を指先で押さえる。


「……偏差値だけで決めないで」

「続けられるかどうかで、選んでほしい」


 俺は思わず顔を上げた。


「でも、現実は偏差値も見るだろ」

「……見る。けど、それだけじゃ続かない」

「……春トくん、頑張れる理由がある時の方が強いから」


 静かな口調なのに、妙に刺さる。

 たぶん、よく見られているからだ。


(俺、どこかで“美月に釣り合う進路”を先に置いてたな)

(かっこよく見られたいってだけで、志望欄を埋めようとしてた)


 心の中でそう整理した瞬間、美月の睫毛がわずかに揺れた。


「……今の、聞こえた?」

「……聞こえた」


 逃げ場はなかった。


「……ごめん。俺、かっこつけてた」


 言うと、美月は首を横に振った。


「……謝らなくていい」

「……見栄を張るのは、悪いことじゃない」

「でも、私には本音でいて」


 その言葉は、責めるためじゃなく、隣に立つための言葉だった。


「……うん。じゃあ本音言う」

「俺、文章とか、人の話を整理するのは好きなんだ」

「だから、その延長にあることを学べるところに行きたい」


 美月は目を細め、嬉しそうに頷く。


「……それ、春トくんらしい」

「遠回りでも?」

「……隣にいてくれるなら、遠回りでもいい」


 照れたように言い切る彼女に、俺は笑ってしまった。


 ◇


 校門を出るころには、空は春の薄青に変わっていた。

 俺と美月は、進路資料の入った重い紙袋を一本ずつ持って歩く。


「重くない?」と俺が聞くと、美月は小さく肩をすくめた。


「……重い」

「だよね」

「……でも、前より怖くない」


 美月は歩幅を合わせながら続ける。


「……一緒に考えられるから」


 恋人として隣にいるだけじゃない。

 将来の相談をぶつけ合える相手になりたい。

 そんなことを、紙袋の重みが教えてくれている気がした。


 駅前で別れる前、美月が俺の袖を軽く引く。


「……次、面談の前に、もう一回話そう」

「うん。今度は白紙じゃなくて持ってく」


 そう答えると、美月は満足そうに頷いた。


 春は、始まったばかりだった。

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