第34話:氷の令嬢はホワイトデーに応えたい
机の上に並べた三つの候補を見比べながら、俺、春トは十五分くらい固まっていた。
今日は三月十四日。ホワイトデーの朝だ。
(重すぎるのは違う。軽すぎても違う)
(美月に渡すんだ。ちゃんと考えたって分かるものがいい)
昨夜、東雲に相談した結果は最悪だった。
『でっかいクマのぬいぐるみ一択だろ。抱いて寝てもらえ』
その直後に届いた佐倉の追撃メッセージは、真逆だった。
『実用品+一言の手紙。これが一番外さない』
却下。
高校生男子の机の上にあるには、夢がでかすぎた。
最終的に俺が選んだのは、桜色の小さな缶に入ったクッキーと、無香料のハンドクリーム。
それに、短い手紙。
(美月、冬でも手が冷たいし、乾燥もしてるって言ってたしな)
(使えるものの方が、あいつらしい)
封筒の表に「冬月美月へ」と書いて、俺は深呼吸した。
◇
放課後。
終礼の最後に担任が、黒板を軽く叩いた。
「進路希望調査、再提出の締切は来週水曜。白紙はなし。以上」
教室が一気にざわつく。
俺は鞄に小箱を入れ直しながら、喉の奥が少しだけ乾くのを感じた。
(甘い日なのに、現実も容赦ないな)
隣の美月は、いつもの落ち着いた顔で立ち上がる。
けれど、耳の先だけがほんのり赤い。
「……春トくん」
「うん」
「……このあと、少しだけ時間ある?」
俺は頷いた。
行き先は、駅前の小さなカフェだった。
◇
窓際の二人席。
注文したホットミルクティーの湯気が、ガラスを薄く曇らせる。
俺は鞄からラッピングした小箱を取り出して、美月の前に置いた。
「これ。ホワイトデーのお返し」
美月は両手で受け取る。
いつもならすぐ「ありがとう」と言うのに、今日は先に息を整えていた。
「……開けても、いい?」
「もちろん」
リボンを解いて、蓋を開ける。
桜色の缶と、細いチューブのハンドクリーム。
そして封筒。
美月の視線が、封筒で止まった。
「……手紙?」
「うん。先に読んで」
美月は封を切って、静かに便箋を開く。
俺は緊張で、マグカップを持つ手の位置が定まらない。
(やばい。急に恥ずかしくなってきた)
(文章、重くないか? 語尾おかしくないか?)
美月の睫毛が、ゆっくり伏せられる。
読み終えたあとも、彼女はすぐ顔を上げなかった。
「……美月?」
呼ぶと、彼女は小さく首を振って、口元を押さえた。
「……だめ。……今、顔、見ないで」
声が少し震えている。
驚いて身を乗り出した俺に、美月は困ったみたいに笑った。
「……泣きそう、だから」
胸が、ぎゅっとなる。
「変なこと書いた?」
「……違う」
美月は便箋を丁寧に畳み、封筒に戻した。
それを大事そうに胸元へ寄せる。
「……チョコの味を褒めてくれたことも、もちろん嬉しかった」
「……でも、あの日の時間ごと受け取ったって書いてくれたでしょ」
「……あれ、本当に、嬉しかったの」
美月は一度だけ目元を指で押さえて、まっすぐ俺を見た。
「……今日も、同じ」
「……プレゼントも嬉しい。けど、言葉で返してくれるのが、一番嬉しい」
俺は肩の力が抜けて、やっと笑えた。
「よかった。じゃあ来年も、ちゃんと言葉で返す」
美月は少しだけ頬を膨らませる。
「……来年だけ?」
「毎年で」
すぐに訂正すると、美月は満足そうに「……ん」と頷いた。
◇
カフェを出るころには、空はすっかり夕方の色になっていた。
駅までの道を並んで歩きながら、俺たちは自然に進路の話になる。
「再提出、どうする?」と俺が聞くと、美月は手袋の指先を揃えながら答えた。
「……私は、だいたい固まってる」
「でも」
そこで美月は足を止め、俺の方を向く。
「……春トくんの行きたい未来、ちゃんと知りたい」
言い方は静かだった。
けれど、問いかけはまっすぐだった。
俺は少し考えてから、頷く。
「分かった。次、ちゃんと話す」
「かっこつけた答えじゃなくて、ほんとのやつで」
美月の目が、柔らかく細くなる。
「……うん。それが聞きたい」
ホワイトデーの甘さは、ここで終わりじゃなかった。
たぶんこれは、次の季節へ渡すための味だった。




