第31話:氷の令嬢は初詣で願いたい
俺、春トは神社の鳥居の前で、手袋をはめた両手をこすっていた。
一月一日。冬の朝の空気は鋭くて、吐いた息がすぐ白くほどけていく。
(昨日も会ったのに、なんでこんなに緊張するんだろうな)
(いや、理由は分かってる。今日は美月の着物姿が見られるからだ)
「……春トくん」
振り向いた瞬間、頭の中が真っ白になった。
淡い薄水色の振袖に、白いショール。
髪はいつもより少し高めに結ってあって、耳元で小さな飾りが揺れている。
(綺麗だ……)
(朝の光ぜんぶ集めて作ったみたいな透明感、反則だろ)
(うわ、だめだ。見惚れすぎるとまた真っ赤にさせる)
案の定、美月は頬を桜色に染めて、袖口をぎゅっと握った。
「……見すぎ」
「ご、ごめん。でも本当に似合ってる」
ちゃんと言葉にすると、美月は小さく「……ありがと」と呟いて、俺の隣に並んだ。
◇
参道は初詣客でいっぱいだった。
俺たちは人の流れに合わせてゆっくり進み、賽銭箱の前で並んで手を合わせる。
(今年も、美月とたくさん笑えますように)
(あと、彼女の不安をちゃんと受け止められる俺になりますように)
参拝を終えて、おみくじ売り場へ向かう。
先に開いたのは俺だった。
「……小吉」
可もなく不可もなく、絶妙にコメントしづらい結果だ。
横で美月が自分のくじを開く。
「……大吉」
さすがだった。
なんとなく似合う。
「いいなあ。俺は小吉だったよ」
「……小吉、悪くない。……伸びしろ、あるってこと」
励まし方まで優等生だ。
でもその顔はちょっとだけ得意げで、俺はつい笑ってしまった。
その時、後ろから人波が押し寄せる。
俺は避けようとして半歩ずれ、美月と手が離れた。
「美月?」
視界に振袖の袖が見えない。
一瞬だけ、胸が冷える。
「……春トくん!」
少し離れた場所から、切羽詰まった声。
振り向くと、美月が人混みをかき分けて俺の腕を強く掴んだ。
「ごめん、大丈夫?」
「……うん。……でも」
美月は視線を伏せたまま、指先に力を込める。
「……離れないで」
その一言は小さかったけど、まっすぐだった。
「うん。もう離さない」
俺は手を握り直して、歩幅を合わせる。
美月は「……ん」と頷いて、やっといつもの呼吸に戻った。
◇
混雑を抜けて、境内の端にあるベンチに腰を下ろす。
屋台で買った甘酒の紙コップが、じんわり手を温めてくれた。
「さっき、何お願いしたの?」
俺が聞くと、美月は少し考えてから答えた。
「……来年も、その先も。……春トくんの隣にいられますように」
不意打ちだった。
けれど、照れるより先に嬉しさが来る。
「奇遇だね。俺も似たようなこと願った」
「……なんて?」
「今年も、美月と笑っていたいって」
美月は目を細め、紙コップ越しに小さく笑う。
「……似てる」
少しの沈黙のあと、俺は切り出した。
「三学期、すぐ始まるね」
「……うん」
「進路のこと、たぶん今までより本気で考える時期になる」
美月は頷いて、俺の手袋を指先でつついた。
「……一人で抱えないで」
「分かってる。……美月もね」
俺たちは顔を見合わせて、小さく笑う。
神頼みだけで未来は決まらない。
でも、隣で歩く相手を選べるなら、怖さは半分になる気がした。
帰り道。
鳥居をくぐる前に、美月が俺の袖を引いた。
「……今年も、よろしく」
「こちらこそ。よろしく、恋人さん」
美月は耳まで赤くしながら、でも嬉しそうに頷いた。
新しい年の最初の一歩を、俺たちは同じ歩幅で踏み出した。




