第30話:氷の令嬢は聖夜を独り占めしたい
俺、春トは待ち合わせ場所の時計台の下で、手提げ袋を握りしめていた。
十二月二十四日。放課後の駅前は、イルミネーションの光で昼より明るかった。
中身は、昨日選んだ手袋。
何度も開けては閉めて、ラッピングのリボンが緩んでいないか確認してしまう。
(落ち着け俺。今日は背伸びしないって決めただろ)
(普通に会って、普通に笑って、普通に渡す。それでいい)
「……春トくん」
声の方を向いた瞬間、時間が一拍止まった。
白いコートに身を包んだ美月が、改札の人波の向こうに立っていた。
髪はゆるくまとめられていて、耳元の小さなピアスが光を拾っている。
(やばい。普通に可愛いの上限を毎回更新してくるの、反則だろ)
「待った?」
「ううん、今来たとこ」
嘘だ。二十分前からいた。
でも美月は、俺の右手の赤さを見てすぐに見抜いたらしい。
「……手、冷えてる」
「緊張、かな」
美月はふっと笑って、手袋越しじゃない方の手を差し出した。
「……まず、あっためる」
指先が触れた瞬間、心臓がうるさくなる。
この感覚は何度目でも慣れない。
◇
俺たちは駅前通りをゆっくり歩いた。
屋台でホットココアを買って、雑貨店を覗いて、川沿いの遊歩道まで回る。
以前なら周囲の視線に少し身構えていたけど、今日は違った。
交差点で手を繋いだままでも、美月が手を離さない。
「……見られてても、平気」
「お、今日は強気だね」
「……うん。だって、恋人だし」
さらっと言われて、俺の語彙は消し飛んだ。
ココアより熱いのは、間違いなく俺の顔面だ。
遊歩道のベンチに並んで座ったところで、俺は手提げ袋を差し出した。
「これ、クリスマス。使ってもらえたら嬉しい」
美月は目を丸くして、丁寧に包装を解く。
中から出てきたのは、濃紺の手袋だった。
「……これ」
「去年、君が“冬は指先から冷える”って言ってたの覚えてて」
美月は手袋を胸に抱えたまま、しばらく黙っていた。
やがて、かすかに震える声で言う。
「……嬉しい。すごく、嬉しい」
そして今度は、美月が自分の袋を俺に差し出してきた。
「……私からも」
中に入っていたのは、チャコールグレーのマフラー。
柔らかいウールで、端に小さく同色の刺繍が入っている。
「え、これ……」
「……春トくん、手もだけど、首元もいつも寒そうだから」
俺たちは顔を見合わせて、同時に笑ってしまった。
「考えること、同じだったね」
「……ん。……あっためたい場所が、同じだった」
その返しは反則だ。
心の中で叫ぶより先に、言葉が漏れた。
「ありがとう、美月。めちゃくちゃ大事にする」
美月は頬を赤くして、でも逃げずに俺を見つめる。
「……ねえ、春トくん」
「うん?」
「……前は、特別な日のあとって、ちょっと怖かった」
声は小さいのに、言葉ははっきりしていた。
「……終わったら、また遠くなるんじゃないかって」
修学旅行の夜に聞いた「帰りたくない」と、同じ色の不安だった。
俺は繋いだ手を、そっと握り直す。
「大丈夫」
短く言ってから、ちゃんと続ける。
「不安は消えなくてもいい。消えないまま、俺たちで持てばいい」
「特別な日が終わっても、次の日にまた会いに行くから」
美月の瞳が、じわりと潤んだ。
「……うん」
その時、夜空から小さな白い粒が落ちてきた。
雪だ。
「わ、降ってきた」
「……ホワイトクリスマス」
美月は少し背伸びをして、俺の肩に額を寄せる。
俺も顔を近づけて、そっと唇を重ねた。
冷たい空気の中で、そこだけが温かかった。
唇を離したあと、美月がくすっと笑う。
「……次は、初詣」
「うん。約束ね」
マフラーの端を二人で掴みながら、俺たちは駅へ戻った。
特別な夜は終わる。
でも、終わるたびに次の約束が増えるなら、きっとそれは寂しいことじゃない。




