第29話:氷の令嬢はクリスマスを計画したい
窓際の席で肩をすくめながら、俺、春トは期末テストの範囲表を睨んでいた。
十二月の朝の教室は、吐く息が白くなりそうなくらい冷えていた。
(数学、英語、現文……いや待て、問題はそこじゃない)
(クリスマスまで、あと二週間しかないじゃん……!)
進路のことも勉強のことも大事だ。
でも、その前に絶対に失敗したくないイベントがある。
美月との、初めてのクリスマスだ。
「おい春ト、顔が受験生じゃなくて戦場に向かう兵士なんだが」
後ろから東雲が覗き込んできた。
俺は小声で事情を打ち明ける。
「プレゼント、何にすればいいか分からなくて」
すると東雲は、待ってましたとばかりに胸を張った。
「任せろ。女はサプライズと高級感だ。いきなりネックレスだ。なんならレストラン予約して花束もいけ」
前の席から、佐倉が呆れた顔で振り向く。
「春ト、東雲の話は話半分で。予算と相手の負担、先に考えな」
(急にハードル高っ! 俺の財布と心臓が先に死ぬわ!)
俺が頭を抱えていると、隣の席から椅子の脚が小さく鳴った。
美月が無言でこちらを見ている。
視線は冷静なのに、耳だけほんのり赤い。
(聞こえたよな……今の全部)
「……春トくん」
「え、なに?」
「……東雲くんの意見、半分だけ聞けばいい」
美月はそれだけ言うと、何事もなかったようにノートへ視線を戻した。
東雲は「半分ってどっち!?」と騒いでいたが、俺は少しだけ肩の力が抜けた。
◇
昼休み。
俺は勇気を出して、美月に声をかけた。
「ねえ、二十四日って……」
そこまで言ったところで、クラスメイトに呼ばれて言葉が途切れる。
戻ってきたときには、美月は文庫本を開いていた。
「……予定、あるよね」
ぽつり。
小さい声だったけど、教科書の端をつまむ指先が強張っていた。
「え? いや、予定っていうか、その……」
(あるよ! 君と過ごす予定を今から作りたいんだよ!)
(それと、東雲案みたいな背伸びプランはやめる。君に気を遣わせるの、違うし)
美月の肩がぴくっと揺れる。
そして、ほっと息をついて小さく頷いた。
「……ん。よかった。無理するつもりなら、止めようと思ってた」
え、そこを心配してたのか。
俺は胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。
◇
放課後。
駅前のイルミネーションは、試験前の平日なのに人で賑わっていた。
約束していたわけじゃないのに、なぜか俺と美月は同じタイミングで改札前に着いた。
「……偶然」
「うん。びっくりした」
美月はマフラーに口元を埋めたまま、俺の隣に並ぶ。
青と白の光が、横顔をやわらかく照らしていた。
しばらく無言で歩いてから、俺は立ち止まる。
「昼、途中で切れちゃったから。改めて言う」
美月がゆっくり顔を上げる。
「二十四日の予定、君と作りたくて聞いたんだ。だから、むしろ空いててほしいのは俺の方」
言い切ると、胸の奥が熱くなった。
(プレゼントも、正直めっちゃ迷ってる。サイズ違ったらどうしようとか、趣味じゃなかったらどうしようとか)
(かっこよく決めたいのに、失敗する未来ばっかり浮かぶんだよ……)
美月は数秒だけ目を見開いて、それから小さく息を吐いた。
「……よかった」
その声は、氷の令嬢じゃなくて、ただ安心した恋人の声だった。
「……私も、同じ。失敗したらどうしようって、ずっと考えてた」
彼女は照れくさそうに視線を逸らし、俺の袖をつまむ。
「……だから、背伸びするの、やめない?」
「背伸び?」
「……高い店とか、すごい演出とか、いらない。……いつもの私たちで、過ごしたい」
その提案は、今の俺が欲しかった答えそのものだった。
「うん。俺もそれがいい」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
張り詰めていたものが、やっと解ける。
「じゃあ、二十四日。放課後、ここで」
「……十六時。遅れないで」
「善処します」
「……遅れたら、怒る」
言いながら、美月はほんの少しだけ口角を上げた。
その笑顔だけで、クリスマスはもう半分成功した気がした。
帰り際、駅ビルの前で俺たちは別れた。
「じゃ、また明日」
「……うん。また明日」
互いに逆方向へ歩き出す。
俺は手袋売り場へ。
美月は、別のフロアへ。
(冷え性だって言ってたし、手、あったかくしてほしいんだよな)
同じ頃。
振り返った美月は、心の中で小さく呟いていた。
(……春トくん、いつも手、冷たいから)
(マフラー、似合うのを選ぼう)




