第27話:氷の令嬢は夜更かししたい
修学旅行の夜。
それは学生にとって、昼間の観光以上に重要なイベントだ。
男子部屋では、定番の『好きな人誰だ会議』ならぬ『春トのノロケを聞かされる会』が開催されていた。
「で、どこまで進んだんだよ!」
「チューは!? チューはしたのか!?」
東雲たちの質問攻めに、俺はタジタジだった。
言えるか。文化祭の後夜祭でしたなんて。
「あー、まあ、それなりに……」
のらりくらりと躱していると、枕元のスマホが震えた。
画面には、美月の名前。
『……先生の見回り、終わった。……中庭、来て』
心臓が跳ね上がった。
これは、呼び出しだ。深夜の密会だ。
「わり、トイレ行ってくる!」
俺は東雲たちの追及を振り切り、部屋を飛び出した。
廊下には先生たちの気配がある。
俺はスパイ映画の主人公になった気分で、物陰に隠れながら進んだ。
◇
中庭は、静寂に包まれていた。
夜風が冷たい。
ベンチに、浴衣姿の美月が座っていた。
旅館の浴衣の上に、羽織を掛けている。月明かりに照らされたその姿は、幻想的で美しかった。
「……春トくん」
俺に気づくと、彼女は花が咲いたように微笑んだ。
俺は隣に座った。
少し隙間を空けていたが、美月がすぐに詰めてきて、肩が触れ合った。
「……見つからなかった?」
「うん、メタルギア並みの潜入スキルを発揮したよ」
小声で話すのが、秘密めいていてドキドキする。
美月はポケットから、小さな袋を取り出した。
「……これ、あげる」
「これって、昼間見てたお守り?」
「……うん。縁結びじゃなくて、ずっと一緒にいられるお守り」
俺もポケットから、同じものを取り出した。
実は俺も、こっそり買っていたのだ。
「奇遇だね。俺も同じの選んでた」
二人で顔を見合わせて、笑った。
お互いのお守りを交換する。
これで俺たちは最強だ。
(……不思議だな)
ふと、そんな思いが頭をよぎる。
俺の心の声が、彼女にだけ聞こえるという奇妙な現象。
医学的にも科学的にもありえないことだけど。
(たぶん、神様が俺たちの波長を合わせちゃったんだろうな。……運命、って言ったら笑われるかもしれないけど)
そうじゃなきゃ説明がつかないし、そうでよかったと思う。
この声のおかげで、俺たちはこうして隣にいるんだから。
美月は夜空を見上げながら、ポツリと言った。
「……帰りたくないな」
「え?」
「……このまま時間が止まればいいのに。……修学旅行が終わったら、また普通の毎日に戻っちゃう」
非日常の終わりを惜しむ、寂しげな横顔。
俺は彼女の手を握りしめた。
「終わらないよ」
「……」
「帰っても、俺たちは一緒だ。毎日が修学旅行みたいに……は無理かもしれないけど、毎日楽しくさせる自信はあるよ」
俺の言葉に、美月は目を丸くして、それからふわりと笑った。
「……うん。……期待してる」
彼女は俺の肩に頭を預けてきた。
静かな中庭に、虫の声だけが響く。
俺たちは誰にも邪魔されない時間の中で、二度目のキスをした。
それは文化祭の時よりも、ずっと深く、甘い味がした。
京都の夜は更けていく。
俺たちの思い出の1ページが、また増えた。




