第22話:氷の令嬢はご主人様にお仕えしたい
文化祭初日。
俺たち2年3組の『コスプレ喫茶』は、開店と同時に長蛇の列を作っていた。
校内だけでなく、他校の生徒や一般客まで並んでいる異常事態だ。
理由は一つ。
チラシに使われた『猫耳メイド姿の氷の令嬢』の写真が、SNSで拡散されてしまったからだ(犯人は撮影係の東雲だ。後で褒めてやる)。
「いらっしゃいませ!」
俺はキッチン担当として、裏でひたすらパンケーキを焼いていた。
ホールからは常にどよめきと歓声が聞こえてくる。
「やべえ、本物だ……」「足なっが! 顔ちっさ!」「踏まれたい……」
聞こえてくる客の心の声が、だいぶ変態ちっくだが、気持ちは分かる。
俺だって見たい。
今すぐフライパンを投げ捨ててホールに行きたい。
「おーい春ト、パンケーキ追加! 手止まってんぞ!」
同じくキッチン担当の東雲に背中を叩かれた。
こいつも見たいはずなのに、意外と真面目に働いている。
「分かってるよ東雲、今焼くって。……お前こそ、冬月さん見なくていいのか?」
「見たいに決まってんだろ! でも俺らが回さないと『氷の令嬢』の顔に泥塗ることになるからな。……あとで写真たっぷりとらせてもらうけどな」
東雲、お前いい奴だな。撮影係の魂を感じるよ。
俺は気合を入れ直して、フライパンを振るった。
シフトの交代時間までは我慢だ。
1時間後。
ようやく休憩時間に入り、俺はバックヤードのパイプ椅子に座り込んだ。
「つ、疲れた……」
パンケーキを焼きすぎて右手が腱鞘炎になりそうだ。
水を飲んで一息ついていると、カーテンが開いて、誰かが入ってきた。
「……お疲れ、春トくん」
「あ、お疲れ美月――ッッッ!?」
俺は持っていたペットボトルを握り潰しそうになった。
そこにいたのは、黒のクラシカルなロングスカートのメイド服に、純白のフリルエプロン。
そして頭には、モフモフの黒猫耳カチューシャをつけた美月だった。
完璧だった。
露出は少ないのに、逆に体のラインの美しさが際立っている。
クールな無表情と、可愛らしい猫耳のギャップが、核兵器級の破壊力を生み出していた。
(あかん。世界が滅ぶ。可愛すぎて俺の理性が蒸発する……!)
(何その完成度! 尻尾もあるの!? あるね!? 動くたびに揺れてるね!? 神様ありがとうございます!!)
俺の心の声が爆発していると、美月は頬を上気させて、スカートの裾をギュッと握った。
「……見すぎ」
「ご、ごめん! だって、あまりにも似合いすぎてて……」
俺が素直に伝えると、彼女は少し嬉しそうに目を伏せた。
そして、近くにあったポットから紅茶を淹れて、俺の前に差し出した。
「……はい」
「え、あ、ありがとう」
受け取ろうとすると、彼女はコトンとテーブルにカップを置き、俺の目の前でスカートの裾を摘んで、優雅にお辞儀をした。
いわゆる、カーテシーだ。
「……お疲れ様です、ご主人様」
「ぶふっ!!」
俺は盛大に咽せた。
ご、ご主人様!? 今、ご主人様って言った!?
あの『氷の令嬢』が!?
美月は顔から火が出るほど赤くなりながら、震える声で続けた。
「……これ、春トくんにしか、やらないから」
「……ホールでは、絶対に言わないから」
その特別扱いに、俺のライフはゼロになった。
尊すぎて死ぬ。
俺は天を仰ぎ、今日の重労働の疲れが一瞬で吹き飛ぶのを感じた。
猫耳メイド美月、恐るべし。




