第20話:氷の令嬢は秘密にしたい
9月1日。
二学期の始業式の日。
俺、春トと美月は、通学路を少し距離を空けて歩いていた。
「……学校では、秘密だからね」
家を出る前、美月からそう念を押された。
校内一の高嶺の花である『氷の令嬢』と、平凡な俺が付き合っているとなれば、大騒ぎになるのは目に見えている。
彼女の平穏を守るためにも(そして俺が男子生徒たち闇討ちされないためにも)、この関係はトップシークレットなのだ。
「分かってるよ。絶対にバレないようにする」
俺は気合を入れて頷いた。
◇
教室に入った瞬間、賑やかな空気に包まれる。
久しぶりに会うクラスメイトたちが夏休みの思い出話に花を咲かせている。
俺が席に着くと、少し遅れて美月が入ってきた。
スッ……と空気が冷える。
美月は無表情のまま、誰とも目を合わせずに自分の席――俺の隣へと歩いてくる。
完璧な『氷の令嬢』モードだ。
「おはよう、冬月さん」
俺は平静を装って、あくまでクラスメイトとして挨拶をする。
「……ん」
美月は冷たく短く返事をし、カバンを置いた。
周囲の男子たちが「おお、今日もクールだぜ」「やっぱ話しかけづれー」とヒソヒソ話している。
完璧だ。誰も俺たちが昨日までイチャイチャしていたとは思うまい。
だが。
俺には見えていた。
美月が俺から顔を背けた瞬間、ほんの数ミリだけ口角が緩み、耳先が桜色に染まっているのを。
(……やばい、可愛い。そのツンケンした態度が全部演技だって知ってるの、俺だけなんだよな)
(今も心の中では『春ト、おはよう……かっこいい』とか思ってくれてたりするのかな?)
俺がニヤけそうになるのを必死で堪えて教科書を開くと、隣からガタッと音がした。
見ると、美月が机に突っ伏している。
(えっ、どうした? 具合悪い?)
心配になってチラリと見ると、腕の隙間から、真っ赤な顔で俺を睨んでいる瞳が見えた。
(……春トくん。……全部、聞こえてる。……バカ)
声には出さず、口パクと視線だけで訴えてくる。
その可愛さに、俺は机の下で悶絶した。
秘密の関係って、スリルがあって逆に燃えるかもしれない。
◇
昼休み。
同じ班の佐倉が、俺の机にプリントを置いた。
「春ト、提出物。あと冬月さん、午後の係会議あるから忘れないでね」
佐倉は学級委員で、こういう段取りが妙に早い。
美月は短く「……了解」と返すと、佐倉は意味ありげに俺たちを見比べて去っていった。
友人の東雲が話しかけてきた。
「よう春ト。夏休みどうだった? どっか行ったか?」
「え? あー、まあ、近場のプールとか……」
「プール? 男だけでか? 寂しいなぁ」
東雲がニヤニヤしながら俺の肩を叩く。
ごめん東雲。実は学年一の美少女と行って、水着姿まで拝みました。とは口が裂けても言えない。
「……」
ふと視線を感じて横を見ると、美月が文庫本を読みながら、聞き耳を立てているのが分かった。
ページをめくる手が止まっている。
「……ま、春トに彼女なんて100年早いもんなー」
東雲が冗談めかして言った瞬間。
パタン! と美月が本を閉じた。
そして、東雲を氷のような冷たい視線で一瞥し、教室を出て行ってしまった。
「ひえっ! な、なんだ今の殺気……俺なんかしたか!?」
東雲が震え上がる。
俺は心の中で東雲に謝りつつ、少し優越感に浸っていた。
今の、俺のために怒ってくれたんだよな。
放課後。
人気のない特別教室。
俺と美月は二人きりで密会していた。
「……疲れた」
美月が俺の胸に寄りかかってくる。
学校での『氷の令嬢』の仮面を脱ぎ捨てて、ただの甘えん坊な彼女に戻る時間だ。
俺は彼女の背中を優しく撫でた。
「お疲れ様。演技、完璧だったよ」
「……春トくんが、心の中でニヤニヤしてるから、バレそうで怖かった」
「ご、ごめん」
「……罰として、充電」
彼女はそう言うと、俺の首に腕を回し、ぎゅっと抱きついてきた。
秘密の放課後デート。
これはこれで、癖になりそうだ。




