第11話:氷の令嬢は勝利を捧げたい
六月の空は、これ以上ないほどの晴天だった。
体育祭当日。
俺、春トと冬月さんのペアは、二人三脚のスタートラインに立っていた。
「……春トくん、足。……大丈夫?」
冬月さんが心配そうに、俺の右肘(昨日絆創膏を貼った場所)を見る。
昨日の練習で少し擦りむいた程度で、正直もう痛みはない。
だが、彼女はずっと気にしているようだ。
「全然平気だって。むしろ、冬月さんのおかげでやる気満々だよ」
「……そ。……なら、いいけど」
冬月さんは少しだけ安心したように息を吐き、足首の紐を確認した。
周囲の視線が痛いほど集まっている。
『氷の令嬢』が男子と密着して二人三脚をする。それだけで全校生徒の注目の的だ。
「位置について、よーい……ドン!」
ピストルの音が鳴り響く。
「いち、に、いち、に!」
俺たちは走り出した。
練習の成果か、それとも「絶対に転ばせない」という俺の気合が通じたのか、息は完璧に合っていた。
冬月さんのポニーテールが揺れる。
隣から聞こえる彼女の息遣いが、俺の鼓動を加速させる。
(速い! いけるぞこれ!)
俺たちは順調に他のペアをごぼう抜きにし、トップ争いに躍り出た。
隣には、陸上部のエースペアがいる。彼らは速い。
ゴールまで残り30メートル。
相手がスパートをかけてきた。
(負けるか……! 冬月さんが俺を選んでくれたんだ。彼女を一等賞にしてあげたい!)
(俺の足なんてどうなってもいい! この一瞬に全てを懸ける!)
俺が心の中で叫びながら、さらに足を前に出す。
その心の声が聞こえたのか、冬月さんの肩に力が入った。
「……っ、一緒なら、いける!」
彼女の冷たくも熱い声が耳元で響く。
二人のリズムが、極限までシンクロする。
「うおおおおお!」
俺たちは最後の力を振り絞り、ゴールテープを切った。
「一着、二年三組ー!」
判定の声が聞こえた瞬間、全身の力が抜けた。
勝った。
陸上部ペアに勝ったんだ。
「やったぁぁぁ! 冬月さん、勝ったよ!」
俺は歓喜のあまり、振り返ってハイタッチの手を挙げた。
すると、冬月さんは感極まった表情で、勢いよく俺の胸に飛び込んできた。
「……春トくん!」
「ぐえっ!?」
柔らかい感触。
甘い香り。
俺の腕の中に、冬月さんがすっぽりと収まっている。
ハイタッチじゃなくて、ハグだこれ。
一瞬、グラウンドの時間が止まった。
全校生徒が、口をあんぐりと開けている。
あの『氷の令嬢』が、男子に抱きついた?
「……あ」
数秒後、我に返った冬月さんが、弾かれたように俺から離れた。
その顔は、林檎のように真っ赤だ。
「ヒューヒュー!」「お熱いねー!」「もう付き合っちゃえよ!」
爆発的な冷やかしと歓声がグラウンドを揺らす。
俺たちは顔を見合わせ、逃げるように退場門へと走った。
◇
木陰で息を整えていると、まだ顔が赤い冬月さんが、ボソッと呟いた。
「……一等賞、ありがとう。……すごく、嬉しかった」
「い、いや、俺の方こそ。冬月さんと組めてよかった」
「……ご褒美、考えとく」
「え?」
「……一等賞の、ご褒美。……期待してて」
そう言って彼女は、イタズラっぽく微笑んだ。
その笑顔は、夏の太陽よりも眩しくて、俺の心臓は完全にノックアウトされた。




