第4章 第11話 噂は、まだ形にならない
翌朝、教室に入った瞬間、白瀬もえは空気の違いに気づいた。
大きな変化ではない。
誰かがこちらを見て笑っているわけでもないし、ひそひそ話が急に止まったわけでもない。
ただ、ほんの少しだけ、視線が引っかかる。
「……気のせい、だよね」
自分に言い聞かせて席へ向かう。
だが、机に鞄を置いたところで、隣の女子が何気なく言った。
「白瀬さん、昨日駅の方にいた?」
心臓が跳ねた。
「え? あ、うん。ちょっと」
「やっぱり。似てる人見た気がして」
「そうなんだ」
「天城くんも駅の方にいたらしいよ。三枝くんが言ってた」
「へ、へえ……」
声が不自然にならないよう、白瀬はノートを取り出すふりをした。
まだ噂ではない。
ただの雑談。
ただの目撃情報。
けれど、別々に見られた二人の行動が、どこかで繋がる可能性はある。
それが怖かった。
◇
昼休み、玲司の机の上に小さなメモが置かれた。
駅の方にいたか聞かれた
まだ大丈夫だと思うけど、少し危ない
玲司は短く返す。
了解
今日は動かない方がいい
数分後、返事。
うん
でも夜は連絡して
玲司は、その一文を見て少しだけ息を吐いた。
守るためには、会わない日も必要だ。
けれど、完全に切ってしまうと、たぶん二人とも保たない。
必ずする
と返した。
◇
放課後、玲司はまっすぐ帰宅した。
予定表にも、余計な寄り道は書かなかった。
黒峰はそれを確認して、いつものように静かに頷いた。
「本日はお早いですね」
「たまにはな」
「よいことです」
「そう聞こえない」
「失礼しました」
黒峰は微笑んだまま下がった。
その背中を見送りながら、玲司は思う。
噂はまだ形になっていない。
家の調査も、まだ決定打には至っていない。
だが、どちらも近い。
少しでも雑に動けば、簡単に線が繋がる。
◇
夜。
白瀬からメッセージが来た。
今日は会わなくて正解だったね
玲司は返す。
ああ
でも、それで終わりではない
すぐに既読がついた。
うん
ちゃんと守る
でも、ちゃんと楽しむのも忘れない
玲司は少し笑った。
その通りだ
次に会えた日は、ちゃんと喜ぼう
白瀬から、少し間を置いて返事が来る。
もう喜ぶ準備はしてる
玲司は画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。
噂はまだ形になっていない。
けれど、二人の気持ちはもう、かなり形になっている。
それを守るには、まだ足りないものが多すぎる。




