第4章 第12話 喜ぶ準備
白瀬もえは、その夜、何度もスマホを見ていた。
もう喜ぶ準備はしてる。
自分で送ったくせに、読み返すたびに顔が熱くなる。
「……何言ってるんだろ、私」
でも、嘘ではなかった。
会えない日がある。
話せない時間がある。
学校では目を合わせるだけで済ませる日もある。
だからこそ、次に会えた時は、ちゃんと嬉しいと言いたい。
それはもう、ただのルールではなくなっていた。
◇
翌日の放課後、玲司からメッセージが来た。
今日は少しだけ会える
人目の少ない場所で、十分
白瀬は画面を見つめたまま、心臓が跳ねるのを感じた。
十分。
五分より長い。
たったそれだけで、嬉しくなる自分がいる。
行く
ちゃんと喜ぶ準備して行く
送ってから、また恥ずかしくなった。
◇
待ち合わせは、学校から二駅離れた小さな公園だった。
白瀬が着くと、玲司はベンチの近くに立っていた。
今日は私服ではなく制服のまま。けれど校章の入った上着は鞄にしまっていて、少しだけ印象が違う。
「待たせた?」
「いや。僕も今来た」
「ほんと?」
「少し前だ」
「正直」
「嘘は苦手だからな」
白瀬は笑った。
その笑い方が、自分でも少し柔らかいとわかった。
「今日、会えてうれしい」
先に言った。
言えた。
玲司が一瞬、目を細める。
「僕もだ」
「今日は返事早いね」
「練習していた」
「練習?」
「君に言われる前に、ちゃんと返せるように」
白瀬は頬を押さえた。
「そういうの、ずるいって言ってるのに」
「知っている」
「直す気ないでしょ」
「今のところは」
「最低」
でも、笑ってしまった。
十分快だった。
それだけで、今日までの不安が少しだけ薄くなる。
◇
二人はベンチには座らず、公園の外周をゆっくり歩いた。
座ると、距離が近くなりすぎる気がしたからだ。
歩いている方が、まだ普通に見える。
「噂の方は?」
玲司が聞いた。
「まだ大丈夫だと思う。女子の話も、ただの目撃情報って感じだったし」
「三枝も今日は静かだった」
「静かな三枝くんって逆に怖くない?」
「少しな」
「でしょ」
白瀬は小さく笑った。
こういう何でもない会話が、今は妙に貴重だった。
「家の方は?」
「黒峰はまだ様子見だ」
「それ、安心していいやつ?」
「半分だけ」
「また半分」
「全部安心できる材料が少ない」
「正直すぎる……」
白瀬は足元の小石を避けながら、少しだけ黙った。
「でも、ちゃんと教えてくれるのは助かる」
「怖がらせるかもしれない」
「隠される方が怖いよ」
玲司がこちらを見る。
白瀬は目を逸らさなかった。
「私、守られるだけは嫌って言ったでしょ。怖いことも、ちゃんと一緒に知りたい」
「……ああ」
「だから、言って」
「わかった」
その返事だけで、少し安心する。
◇
十分は、やっぱり短かった。
玲司が時計を見る。
「そろそろだ」
「うん」
白瀬は頷いた。
寂しい。
でも今日は、その寂しさにも少し慣れてきた。
会えたから。
ちゃんと嬉しいと言えたから。
「また夜に連絡する」
玲司が言った。
「うん。待ってる」
「僕も待っている」
「……ほんと、そういう返し上手くなったよね」
「君の影響だ」
「だから、それがずるいんだってば」
白瀬は笑いながら一歩下がった。
帰る方向は別々。
振り返らない方がいい。
そう思ったのに、数歩歩いたところで我慢できずに振り返った。
玲司も、同じタイミングで振り返っていた。
「……」
「……」
目が合う。
二人とも、少しだけ笑ってしまった。
「振り返らないって思ってた」
白瀬が言うと、玲司も答えた。
「僕もだ」
「だめじゃん」
「ああ」
「でも、ちょっと嬉しい」
「僕もだ」
今度はちゃんと、同じ速さで返ってきた。
白瀬は胸がいっぱいになって、今度こそ背を向けた。
喜ぶ準備をして行ったつもりだった。
けれど、実際は準備した分より、ずっと嬉しかった。




