第4章 第9話 秘書は、優しい顔で境界線を引く
翌日の帰宅後、玲司は黒峰蒼一郎と向かい合っていた。
場所は屋敷の応接室。
広すぎず、狭すぎず、会話を逃がさない部屋だ。
「それで、話とは」
玲司が切り出すと、黒峰はいつもの穏やかな顔で一枚の封筒をテーブルに置いた。
「玲司様の最近の交友関係について、少し整理を」
「調査報告か」
「確認資料です」
「言い方を変えただけだな」
黒峰は否定しなかった。
玲司は封筒へ手を伸ばさない。
見れば、何が入っているか想像がつく。学校周辺での行動、駅前での立ち寄り、誰と会っていた可能性があるか。
そこに、白瀬もえの名前があるかどうか。
それだけが問題だった。
「玲司様」
黒峰の声は静かだった。
「大切にしたいご友人がいるのであれば、なおさら慎重になさるべきです」
「友人、か」
「今はそう表現しておきます」
その言い方に、玲司は目を細めた。
「どこまで知っている」
「まだ、断定はしておりません」
「断定していないなら、踏み込むな」
玲司の声は、思ったより低くなった。
黒峰は少しだけ眉を動かしたが、すぐに元の顔へ戻る。
「それほど大切な方ですか」
玲司は答えなかった。
答えれば、そこが弱点になる。
だが、黙っていてももう十分に伝わっているのだろう。
「彼女に迷惑をかけるな」
結局、玲司はそれだけ言った。
黒峰の目が、わずかに鋭くなる。
「彼女、ですか」
しまった、と思った。
だがもう遅い。
玲司は表情を動かさず、黒峰を見る。
「今のは一般論だ」
「そういうことにしておきましょう」
黒峰は封筒を持ち上げ、再び懐へしまった。
「本日はここまでにいたします。ただ、玲司様。天城家の名前は、良くも悪くも人を巻き込みます」
「知っている」
「ならば、その方を守るためにも、感情だけで動かれませんよう」
腹立たしいほど正しい忠告だった。
だから余計に、玲司は何も言えなかった。
◇
自室へ戻ると、白瀬からメッセージが届いていた。
今日、話って大丈夫だった?
玲司はしばらく画面を見つめた。
全部を言えば、彼女はきっと気に病む。
隠しすぎれば、あとで傷つける。
迷った末に、短く返す。
少し踏み込まれた
でも、まだ君の名前は出ていない
返事は少し遅かった。
そっか
こわいね
玲司は、その一文を見て胸が痛んだ。
怖いと思う
だが、僕は引かない
すぐに既読がつく。
うん
それ言われると安心する
でも、無理はしないで
私もちゃんと一緒に考えるから
玲司は目を伏せた。
守りたいと思っている相手に、逆に支えられている。
それは少し情けなくて、でも悪くなかった。
明日、五分だけ話せるか
と送る。
返事は早かった。
五分だけ
でも、会えたらちゃんと喜ぶ
玲司は小さく笑った。
防衛線の内側で、二人はまだ立っている。
危うくても、不格好でも。
それだけは、まだ守れていた。




