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財閥御曹司の俺が恋したのは、コミケで壁サーを張る“えっちなお絵描き女子”でした  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第4章 第8話 柔らかな時間ほど、壊したくない

 翌日、白瀬もえは自分の机に、小さな花柄のシールを一枚だけ貼った。


 ノートの端でも、スマホケースでもなく、作業机の引き出しの内側に。


 見せるためではない。

 自分だけが、たまに引き出しを開けた時に思い出せればいい。


 天城玲司が選んだシール。


 そう考えるだけで、胸の奥が少しむずがゆくなる。


「……だめだなあ」


 ひとりごとが漏れる。


 最近の自分は、少ししたことで簡単に浮かれる。

 そして簡単に怖くなる。


 昨日の十五分は楽しかった。

 雑貨店でシールを見て、公園で少し話して、会えたことをちゃんと喜んだ。


 ただそれだけ。


 でも、ただそれだけの時間が、思っていたよりずっと大事になっていた。


 白瀬は液晶タブレットを起動し、描きかけの完売御礼イラストを開いた。


 花束を抱えた女の子。

 少し照れた笑顔。

 背景はまだ仮のまま。


 そこへ、昨日買った花柄の雰囲気を少しだけ落とし込んでみる。


 派手すぎない。

 けれど、見た人が少しだけ温かい気持ちになるように。


「……うん」


 悪くない。


 画面の中の女の子が、昨日より少し柔らかく笑った気がした。


     ◇


 学校では、相変わらず慎重な日々が続いていた。


 天城玲司とは、必要以上に話さない。

 でも、完全には避けない。


 この加減にも、少しずつ慣れてきた。


 朝、目が合えば小さく頷く。

 昼休み、誰かが近くにいれば無理に接触しない。

 放課後、会わない日は会わない。


 前なら、それだけで寂しくなっていた。

 今も寂しくないわけではない。


 ただ、昨日のように「楽しむために会えた日」があると、耐え方が少し変わる。


 我慢だけではない。

 次に会うための準備、と思える。


「白瀬さん、今日ちょっと機嫌いい?」

 昼休み、友人に言われて、白瀬は箸を止めた。

「え?」

「なんか、昨日より顔が明るい」

「そ、そうかな」

「いいことあった?」

「……ちょっと、絵が進んだ」

「あー、なるほど。白瀬さんらしい」


 その答えは嘘ではない。


 絵が進んだ。

 確かに進んだ。


 ただ、その絵が進んだ理由の一部に、玲司と選んだシールがあるだけだ。


 白瀬は小さく笑って、弁当に視線を戻した。


     ◇


 その日の夜、完売御礼イラストはほぼ完成した。


 投稿する前に、白瀬は少し迷ってから玲司へ画像を送った。


 見てほしい

 完成前の最終確認


 返事はすぐだった。


 見る


 短い返事なのに、それだけで背筋が少し伸びる。


 数分後、玲司からメッセージが届いた。


 花の散らし方がいい

 主役を邪魔していない

 前より感謝の感じが強くなった

 このままでいいと思う


 白瀬はスマホを胸に抱えた。


「……ほんと、ちゃんと見てくれる」


 嬉しい。


 ただ褒めるだけではない。

 どこを見たのか、どう感じたのかを、ちゃんと言葉にしてくれる。


 それが、白瀬には何より効いた。


 ありがとう

 昨日のシール、ちょっと参考にした


 少し置いて、返事。


 気づいた

 だから嬉しかった


 白瀬は椅子の上で固まった。


「そういうこと言う……?」


 心臓に悪い。


 でも、嫌ではない。

 むしろ、かなり好きな悪さだった。


 白瀬は少しだけ迷ってから、返信した。


 今日、投稿する

 天城くんに最初に見てもらえてよかった


 送ってから、少し照れた。


 けれど、取り消さなかった。


     ◇


 投稿から数分で、通知が増え始めた。


 いいね。

 リポスト。

 コメント。


 完売おめでとうございます!

 今回も最高でした!

 御礼イラストかわいい!

 花束の表情が好きです!


 画面に並ぶ言葉を見ながら、白瀬は小さく息を吐いた。


 怖い。

 でも、嬉しい。


 何度経験しても、この瞬間だけは慣れない。


 そこへ、玲司からまたメッセージが来た。


 反応が早いな

 見てるの?

 少し

 みんな、かなり喜んでいる


 白瀬は画面を見つめる。


 自分ひとりで通知を追うのとは、少し違った。

 玲司も同じ画面の向こう側を見ている。

 それだけで、嬉しさが少しだけ共有されたものになる。


 うん

 嬉しい

 でもちょっと怖い


 玲司からの返事は、短かった。


 怖くても、ちゃんと届いている

 君の絵は今日も誰かに届いた


 白瀬は、もう一度スマホを胸に抱えた。


 泣くほどではない。

 でも、少し泣きそうだった。


「……ずるいなあ」


 最近、その言葉ばかり言っている気がする。


 けれど本当に、ずるいのだから仕方ない。


     ◇


 一方その頃、玲司は自室で白瀬の投稿を見ていた。


 通知が増えていく。

 コメントが流れていく。


 その一つ一つが、彼女の努力へ返ってきた言葉なのだと思うと、不思議と誇らしかった。


 自分が描いたわけではない。

 自分が投稿したわけでもない。


 それでも、あの花柄の一部を一緒に選んだ。

 その小さな関わりだけで、画面の向こうの反応が少し身近に感じられる。


 まずいな、と玲司は思った。


 また少し、深く踏み込んでしまった気がする。


 だが、後悔はなかった。


 スマホの画面を閉じる直前、黒峰蒼一郎からのメッセージが届いた。


 明日の帰宅後、少々お話がございます。


 玲司の表情から、静かに熱が引いた。


 来たか。


 短い一文。

 それだけで十分だった。


 今日の柔らかい時間のあとに、現実は必ず追いかけてくる。


 玲司はしばらく画面を見つめ、それから白瀬の投稿へ戻った。


 花束を抱えて笑う女の子。

 感謝を伝えるための絵。


 壊したくない。


 その思いが、はっきり胸に沈んだ。


 柔らかな時間ほど、壊したくない。


 だからこそ、明日も向き合うしかない。

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