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財閥御曹司の俺が恋したのは、コミケで壁サーを張る“えっちなお絵描き女子”でした  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第4章 第4話 防衛線の内側で、二人は少しだけ欲張りになる

 ルールを決めた翌日、白瀬もえは朝から少しだけ機嫌がよかった。


 もちろん、表面上はいつも通りだ。


 制服を着て、髪を整えて、教科書を持って、星ヶ峰学園の校門をくぐる。

 周囲から見れば、いつもの控えめな女子生徒の一人でしかない。


 ただ、本人だけは知っている。


 昨夜、自分たちはちゃんと“これから”の話をした。

 ただ流されるのではなく、ただ隠れて怯えるのでもなく、どう近づくかを二人で決めた。


 学校では自然に。

 放課後は必要以上に会わない。

 夜は短くても一度は連絡する。

 無理だと思ったら無理しない。

 そして――会えた日は、ちゃんと喜ぶこと。


「……」


 思い出しただけで少しだけ頬が熱くなる。


 かなり恋人未満の防衛線。

 あんなことを自分の口で言ってしまったのも、今思い返せばだいぶ危ない。


 けれど、嫌ではなかった。

 むしろ、その言葉に名前を与えたことで、妙に心が落ち着いた部分もある。


 白瀬もえは、昇降口で上履きへ履き替えながら、少しだけ息を吐いた。


 今日は大丈夫。

 昨日みたいに挙動不審にはならない。

 ちゃんと普通にする。

 決めたのだから。


 そう思っていたのに。


「おはよう」

 背後から低い声がした瞬間、

「ひゃっ」

 またしても小さく跳ねた。


「……」

「……」


 振り返ると、天城玲司が立っていた。


 白瀬は一秒で理解した。

 自分は何も大丈夫ではない。

 たった一言の挨拶で心臓が跳ねる時点で、平常運転など夢のまた夢だ。


「そんなに驚くか」

 玲司が少しだけ首を傾げる。

「お、おはよう……」

「おはよう」

「いや、今のは、その、背後からだったから……」

「理由は何でもいいが、目立つ」

「うっ……」


 正論だった。


 白瀬は慌てて周囲を見回す。

 今のところ、露骨に見ている生徒はいない。だが昇降口は人通りがある。ここでいつまでも立ち止まっている方が危ない。


「……普通に」

 白瀬が小声で言う。

「ああ」

 玲司も同じくらい小さく返す。


 それだけで終わり。


 並んで歩かない。

 距離も詰めない。

 廊下へ入るタイミングも、ほんの少しずらす。


 それなのに、なぜか昨日までより“ちゃんと繋がっている”気がしてしまうのだから、不思議なものだと白瀬は思った。


     ◇


 ルールを決めたことで楽になる部分もあれば、逆に難しくなる部分もあった。


 たとえば、“普通にする”の定義である。


 完全に無関心を装うのは不自然だ。

 かといって、目が合うたびに何かしら反応していては意味がない。


 だから、朝のホームルーム前も、授業の合間も、昼休みも、二人は本当に“少しだけ”の気配しか交わさなかった。


 目が合えば一瞬だけ頷く。

 困っていそうなら、遠くからでもわかる程度に視線を置く。

 そしてそれ以上はやらない。


 その加減が、思った以上に難しい。


「白瀬さん、今日ちょっと落ち着いてるね」

 昼休み、女子友達の一人が何気なく言った。

「え」

「昨日まではなんかそわそわしてた感じあったじゃん」

「そ、そうかな」

「うん。今日は普通」

「……それなら、よかった」


 白瀬は曖昧に笑う。


 内心では、少しだけ安堵した。

 少なくとも、表面上は持ち直しているように見えるらしい。


 だが、その同じ昼休み。


「天城ってさ、最近ちょっと変わったよな」

 三枝悠人が、パンを片手にそんなことを言い出した。

「どこが」

 玲司が聞き返す。

「前より、なんていうか……気配りの仕方が違う」

「気配り?」

「うん。前は全方向に均等だったのに、最近ちょっとだけ“見る場所”ができた感じ」

「詩人かお前は」

 別の男子が笑う。

「でもわかるわ。なんか前よりピンポイントで人見てる時あるよな」

「そうか?」

「そうだよ」


 玲司は表情を変えなかった。


 だが、白瀬もえは少し離れた席で、その会話を聞きながら心臓が嫌な跳ね方をするのを止められなかった。


 見る場所ができた。


 それは、かなり危ない言い方だ。


 三枝は勘だけで生きているような顔をして、時々妙に本質へ近いことを言う。


「でも、前より人間っぽくていいじゃん」

 三枝は笑う。

「前は完成されすぎてて逆に近寄りがたかったし」

「それ褒めてるのか?」

「褒めてる褒めてる」


 そこで話題は流れた。


 だが、“流れた”だけで、消えたわけではないのが厄介だ。


     ◇


 放課後。


 その日は、二人は会わない約束だった。


 実際、校門を出てからもしばらくは、互いに連絡を取らなかった。

 それぞれ別方向に帰り、別の時間を過ごす。

 それが防衛線のルールだったからだ。


 白瀬もえは駅前の書店へ寄り、画集コーナーと雑誌コーナーを回っていた。

 本当なら今ごろ、“会えた日はちゃんと喜ぶ”なんてルールを思い出してにやけるのではなく、普通に資料を探す女子高生であるべきなのだ。


 なのに、ふとした拍子にスマホを見てしまう。


 通知が来ていないか。

 何か連絡が入っていないか。

 自分から送るのはまだ早いか。

 そういうことばかり考えてしまう。


「……だめだなあ」


 小さく呟いた時だった。


「白瀬?」


 名前を呼ばれ、白瀬は反射的に振り向く。


 いたのは、クラスの女子二人組だった。

 しかも片方は、朝に“今日は普通だね”と言った相手である。


「わっ、びっくりした」

「白瀬さんも本屋来るんだ」

「来るよ……」

「何見てるの?」

「え、いや、その……」


 白瀬は思わず手元を隠しかけて、そこで止まった。


 持っているのは、イラスト資料系の雑誌と、可愛い構図研究のムック本だ。

 普通に趣味の範囲で通る。

 通る、はずだ。


「へえ、絵のやつ?」

「うん、ちょっと」

「やっぱり好きなんだねー」

「まあ、好きではあるかな」


 その会話にほっとしかけた瞬間、女子の一人がふと言った。


「そういえば今日、天城くんも駅前いるの見たよ」

「……え」


 白瀬の心臓が止まりかける。


「コンビニ前の方歩いてた」

「一人で?」

 思わず聞き返してしまった。

「たぶん? いや、誰かといたかも。あんまりちゃんと見てない」

「そ、そうなんだ……」

「何、気になる?」

「気になるっていうか、別に……」


 かなり不自然だったかもしれない。


 だが幸い、女子たちはそこまで深読みしなかったらしい。

 適当に笑って「じゃあまたね」と去っていった。


 白瀬はその場で、しばらく動けなかった。


 コンビニ前。

 たぶん一人。

 誰かといたかも。


 今の情報だけなら何でもない。

 何でもない、のに。


「……会いたくなるじゃん」


 ぽろりと本音が漏れる。


 だめだ。

 今日は会わない。

 そう決めたばかりなのに。


 だが次の瞬間、スマホが震えた。


 天城玲司からだった。


 今日は会わない日だが

 今、少しだけ君に会いたいと思っている


 白瀬は、その場でしゃがみ込みたくなった。


「なにそれ……!」


 あまりにも、あまりにもタイミングが悪い。

 いや、良すぎる。

 そういうところがずるいのだと、何度言ったらわかるのだろう。


 しばらく悩んだ末、白瀬は返した。


 それはずるい

 私も同じこと思ってた


 返信は早かった。


 書店の近くだ

 三分だけならどうだ


 白瀬は本当に、スマホを抱えてうめいた。


 防衛線。

 ルール。

 必要以上に会わない。

 全部、自分たちで決めたはずなのに。


 その上で、“三分だけ”と提案してくるあたりがまた厄介だ。

 三分なら、ルールの内側にある気がしてしまう。

 そして何より、自分も会いたいと思ってしまっている。


 数秒の葛藤のあと、白瀬は結局、


 三分だけ

 と返した。


     ◇


 書店裏手の、小さなベンチのある休憩スペース。


 そこに天城玲司は立っていた。


 制服姿のまま。

 手にはコンビニのコーヒー。

 表情はいつも通り穏やかだが、白瀬にはわかる。彼も少しだけ落ち着かない時の顔をしている。


「……ほんとにいた」

 白瀬が言う。

「いた」

「なんでそんな平然としてるの」

「平然としてはいない」

「そうは見えないんだけど」

「見せていないだけだ」


 白瀬は、その返しに少しだけ頬を赤くした。


 会いたかった。

 たったそれだけの事実が、こうして目の前に形になると、ひどく危ない。


「三分」

 白瀬が念押しする。

「ああ」

「ルール破ってないからね、これは」

「かなりぎりぎりだが」

「ぎりぎりならセーフ」

「そういう理屈か」

「今はそういう理屈」


 玲司は小さく笑った。


 白瀬はその笑みを見て、やっぱり来てしまってよかったと思ってしまう。


「今日、ちょっとつらかった」

 白瀬が素直に言う。

「僕もだ」

「やっぱり?」

「ああ。会わないと決めた日の方が、妙に意識する」

「それ」

 白瀬は強く頷く。

「それなんだよ……」


 二人で同時に小さく息を吐く。


「でも」

 玲司が言う。

「こうやってすぐ折れるのも良くないな」

「う」

「ルールを作った意味が薄くなる」

「それはそう……」

「だから、次からは“どうしても”の時だけにしよう」

「……うん」

「今日は、そのどうしてもだった」

「……うん」


 白瀬は、その一言で少しだけ救われた気がした。


 ただ会いたいから会いに来た。

 それだけではない。

 ちゃんとルールの意味をわかった上で、それでも会いたかったのだと確認し合えることが、妙に大事だった。


「白瀬」

「なに」

「今日、会えてうれしい」

「……」

「ルールの最後の一文に従っておく」

「……っ」


 白瀬はもう、何度目かわからないくらい顔を赤くした。


「そういうの、三分の中に入れていいんだ……」

「だめか?」

「だめじゃないけど、効く」

「それは何よりだ」

「よくないから!」


 白瀬は思わず笑ってしまう。


 その笑い声が、少しだけ緊張をほどいた。


「私も、うれしい」

 白瀬は小さく言った。

「会えたの」

「……ああ」

「ちゃんと喜ぶって、案外むずかしいね」

「なぜだ」

「だって、喜ぶともっと欲しくなるから」


 その一言に、玲司は少しだけ目を細めた。


 たしかに、その通りだ。


 会えない日に三分だけ会って、それで満足できるなら、最初からここまで苦労していない。

 会えたことで少し満たされて、同時にもっと欲しくなる。

 その繰り返しが、今の二人をぎりぎりのところで揺らしている。


「……危ないな」

 玲司が呟く。

「うん。かなり」

「だが、嫌ではない」

「私も」


 風が少し吹く。


 三分は、すぐに過ぎる。


「もう行く」

 白瀬が自分から言った。

「ああ」

「今度は、ちゃんと耐える」

「努力しよう」

「出た、その返し」

「便利だからな」

「今日はちょっとだけ許す」


 白瀬は笑って、一歩だけ下がった。


「じゃあね」

「ああ」

「……また夜に」

「待っている」


 その言葉に、また胸が熱くなる。

 待っている。

 たったそれだけなのに、まるで特別な約束みたいに聞こえる。


 白瀬は逃げるように振り返り、そのまま足早に去っていった。


 玲司はその背中を見送りながら思う。


 秘密を守るには、近づき方を変えなければならない。

 それは本当にその通りだ。


 けれど、近づき方を変えたからといって、近づきたい気持ちまで減るわけではない。


 むしろ逆に、少しずつ強くなっている気さえした。

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