表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
財閥御曹司の俺が恋したのは、コミケで壁サーを張る“えっちなお絵描き女子”でした  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/36

第4章 第2話 守るための距離、壊れる寸前の平穏

 天城玲司は、その日から“自然に見える不自然”を意識するようになった。


 朝、家から渡された予定確認の書式。

 放課後の動線。

 誰と、どこで、どのくらいの時間を過ごすのか。


 天城家が今ほしいのは、玲司の自由そのものを奪うことではない。

 まずは、行動の輪郭を定義したいのだ。


 定義できるものは管理できる。

 管理できるものは切り離せる。


 その理屈が見えてしまうからこそ、玲司は余計に冷静にならざるを得なかった。


 学校へ向かう車内で、彼は頭の中に今日一日の“安全圏”を描いていた。


 白瀬もえとは必要以上に接触しない。

 廊下や校内での視線も最小限。

 メモも控える。

 放課後は直接会わない。

 連絡が必要なら、夜に短く。


 合理的だ。


 かなり合理的なはずだ。


 それでも、その計画を立てながら胸の奥がわずかに冷えるのを、玲司はどうにも無視できなかった。


     ◇


 一方、白瀬もえもまた、似たような朝を迎えていた。


 机の上に広げたノートの端には、授業のメモではなく、小さく箇条書きされた自分用の注意事項がある。


 ・目を合わせても固まらない

 ・朝の挨拶だけで赤くならない

 ・話しかけられても普通に

 ・放課後は会わない

 ・さみしくても顔に出さない


「最後が無理そう……」

 思わず呟く。


 制服のリボンを結びながら、もえは本気で小さくため息をついた。


 昨日の夜、玲司とメッセージで“防衛線”について話した時は、まだ少しだけ前向きだった。

 一緒に考える。

 守るために距離を調整する。

 その理屈自体はわかる。


 だが、朝になってみると、その理屈が急に実感へ変わる。


 今日から、少し離れるのだ。


 必要だから。

 守るためだから。

 それは理解している。


 理解しているのに、もうさみしい。


「重い……」

 自分で自分に思ったが、今さら否定もできなかった。


     ◇


 学校では、平穏は一応保たれていた。


 少なくとも、外から見れば。


「おはよう」

 昇降口近くですれ違いざま、玲司が言う。

「お、おはよう」

 白瀬が返す。


 それだけだ。


 それだけのはずなのに、白瀬の心臓はちゃんと跳ねるし、玲司もまた、返ってきた声の温度を必要以上に覚えてしまう。


 だが今日は、それ以上何も起きない。


 教室に入ってからも、二人は互いを見すぎないようにしていた。

 いや、正確には“見ていないふりをしている”のだが、その技術がまだ拙いせいで、逆に微妙に不自然になっている。


 それに気づいたのは、やはり三枝悠人だった。


「なあ」

 昼休み前、三枝が小声で玲司に寄ってくる。

「最近、お前と白瀬さん、逆に何もなさすぎて怪しくない?」

「何もないなら何もないだろう」

「それがさあ、“何もないようにしてる感”あるんだよな」

「考えすぎだ」

「かなあ」


 三枝は納得していない顔だったが、それ以上は踏み込まなかった。


 しかしその会話を、白瀬もまた聞いてしまっていた。


 結果、昼休みに入ってから彼女の手元はさらに危うくなる。


 パンの袋を開け損ねる。

 ストローの向きを逆にする。

 友人に「今日ほんとにどうしたの」と二度目を聞かれる。


 最悪だ。


「白瀬さん、体調悪い?」

「ち、違うよ」

「でもなんか、上の空じゃない?」

「たぶん寝不足」

「あー、そういう日あるよね」


 ある。

 だが今の寝不足は、原稿ではなく恋愛と防衛線のせいだ。

 そんなことは絶対に言えない。


 もえは曖昧に笑って誤魔化したが、誤魔化しながら、ふと窓際へ目をやってしまう。


 天城玲司は、男子たちと普通に話していた。

 いつも通り。

 崩れず、整っていて、学校の中では何も変わらないように見える。


 その姿を見て、もえはほんの少しだけ胸がちくりとした。


 わかっている。

 彼が冷たくなったわけではない。

 むしろ守るためにちゃんと抑えているのだと知っている。


 でも、知っていることと、平気でいられることは別だ。


     ◇


 放課後。


 もえは自席でゆっくり教科書を鞄へ入れていた。


 今日は会わない。


 昨夜、自分でそう決めた。

 玲司もきっと同じつもりだろう。


 なのに、荷物をまとめる手が妙に遅い。

 もしかしたら、何か一言くらい来るかもしれない、などという淡い期待が完全には消えていないせいだ。


 そんな自分に嫌気がさしかけた時、スマホが震えた。


 玲司からだ。


 今日は会わない

 その方がいい

 だが、七時に少しだけ連絡する


 短い。


 驚くほど短い。

 だが、その短さが逆に優しかった。


 会わない。

 その方がいい。

 でも、完全には切らない。


「……ずるい」

 もえは小さく呟く。


 これでは、さみしさを綺麗に諦めることもできない。


 けれど同時に、その一文だけで少しだけ呼吸が楽になる。


 七時に少しだけ連絡する。


 ただそれだけの約束が、今日の防衛線を耐える理由になるのだから、本当に重症だと思う。


「白瀬さん?」

 友人が不思議そうに顔を覗く。

「え?」

「今ちょっと笑ってた」

「……うそ」

「うん。なんかいいことあった?」


 もえは慌ててスマホを伏せる。


「な、なんでもないよ!」

「怪しい」

「怪しくない!」

「最近そればっかりだね」

「……否定できない」


 それが本音すぎて、友人は逆に笑った。


     ◇


 七時ちょうど、玲司から着信が来た。


 メッセージではなく通話だった。


 もえは一瞬だけ慌てたが、すぐに自室のドアを閉めてから出る。


「……もしもし」

『白瀬』

 声が近い。


 電話越しなのに、妙に近い。


「うん」

『今、大丈夫か』

「大丈夫。そっちは?」

『自室だ』

「そっか……」


 少しだけ沈黙が落ちる。


 その沈黙すら、今日は少し心地よかった。

 学校でずっと我慢していた分、声を聞くだけで緊張がほどけていくのがわかる。


『今日は、すまなかった』

「え?」

『距離を取る必要があるとわかっていても、君の反応を見ると少し考える』

「……私、そんなにわかりやすかった?」

『かなり』

「うわあ……」


 もえはベッドへ倒れ込んだ。


「でも、天城くんもだったよ」

『僕も?』

「うん。普通にしてるつもりなんだろうけど、ちょっと静かすぎた」

『そうか』

「そう。だからおあいこ」

『なら、少し安心した』

「何それ」

『君だけに負担をかけているのではないとわかったからだ』


 その言い方が、もえには少しだけ困った。


 こういう時、この人は自然に“優しさ”の方へ着地してくる。

 だからずるい。

 だから好きになる。

 だから困る。


「……今日、家の方は?」

 もえが小さく聞く。

『少し動いた』

「っ」

『だが、まだ名前は出ていない』

「ほんとに?」

『今のところは』

「……そっか」


 安心と不安が、半分ずつ胸へ落ちる。


『だから今は、雑な接触を減らす』

 玲司が続ける。

『その代わり、完全には切らない』

「うん」

『会えない日が続いても、君が一人で不安にならないようにはしたい』

「……」


 もえは、しばらく答えられなかった。


 それを言われると、もう本当にだめだ。

 さみしかったことも、不安だったことも、全部見透かされた気がする。


「白瀬?」

「……だめ」

『何がだ』

「そういうこと言われると、今日ずっと我慢してた意味がなくなる」

『我慢していたのか』

「してたよ。かなり」

『……そうか』

「でも、今のでちょっと報われた」

『ならよかった』


 まただ。


 その“よかった”で、全部を受け止めたことにしてしまう。


 もえは枕を抱き寄せて、少しだけ顔を埋めた。


「天城くん」

『何だ』

「これ、ちゃんと守れるかな」

『守る』

「いや、そういう精神論じゃなくて」

『精神論ではない』

 玲司の声が、少し低くなる。

『守るために必要な手順を考える』

「……うん」

『だから、君は必要以上に自分を責めるな』

「でも」

『君が悪いわけではない』

「……」

『僕が自分の意志で近づいた』

「それ、何回も言うね」

『重要だからな』

「……うれしいけど」

『だろうな』

「そこ自信あるんだ」

『少しは』


 もえは吹き出してしまった。


 やっと少し、今日の張りつめたものがほどける。


「ねえ」

『うん』

「明日も、普通にする?」

『そうだな』

「……うん」

『だが、朝の挨拶はする』

「え」

『それくらいは必要だろう』

「……それだけで変になるんだけど」

『努力しろ』

「ひど」

『君も最近そればかりだ』

「だって実際そうなんだもん」


 通話の向こうで、玲司が少し笑った気配がした。


 たったそれだけで、もえの胸が温かくなる。

 会っていない。

 触れてもいない。

 それでも、声だけでここまで変わるのだから、やはりかなりまずい。


『今日はもう休め』

 玲司が言う。

「うん」

『明日は明日で考える』

「うん」

『そして、必要ならまた連絡する』

「……うれしい」

『知っている』


 その返答に、もえはもう言い返せなかった。


 ただ、小さく「おやすみ」と言う。


『おやすみ、白瀬』

「おやすみ、天城くん」


 通話が切れたあと、もえはしばらくスマホを胸の上に乗せたまま天井を見ていた。


 怖い。

 でも、少しだけ前を向ける。


 その感覚が、今の二人にとってのぎりぎりの平穏なのだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ