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財閥御曹司の俺が恋したのは、コミケで壁サーを張る“えっちなお絵描き女子”でした  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第3章 第6話 財閥家の秘書、二度目の牽制

 翌朝の空気は、妙に澄んでいた。


 天城玲司は車の窓の外を流れる街並みを見ながら、昨夜のやり取りを反芻していた。


 推し成分もある。

 でもそれだけじゃない気がする。


 白瀬もえのその返答は、短いくせに妙に熱を持っていた。

 曖昧なようでいて、曖昧ではない。

 はっきり言い切っていないようでいて、かなり深いところまで踏み込んでいる。


 玲司にとっては、それだけで十分すぎるほどだった。


 十分すぎる――はずなのに、胸の奥は少しも落ち着かない。


 むしろ静かに熱を持ち続けている。


 好きだと自覚したあと、人は落ち着くのではなく、別の種類の緊張を知るのかもしれないと、玲司はそんなことを思った。


 だが、その熱を抱えたまま学校へ行く前に、まず対処しなければならないものがあった。


 天城家の空気だ。


 車が正門を出る直前、執事が控えめな声で言った。


「玲司様、本日放課後、お戻りの前に黒峰より少々お時間をいただきたいと」

「……朝ではなく?」

「はい。先方の都合で」

「わかった」


 それだけのやり取りだった。


 だが、それで十分だった。


 また来るのだ。

 黒峰蒼一郎が。

 しかも今度は、学校の後に。


 前回の牽制から、まだそれほど日数は経っていない。にもかかわらず二度目が来るということは、家側の認識が一歩進んだということだ。


 玲司は、窓に映る自分の顔を見た。


 平静だ。

 少なくとも外からはそう見えるだろう。


 けれど、胸の内は静かに引き締まっていた。


     ◇


 学校では、表面上は何も起きなかった。


 白瀬もえとは目が合えば小さく頷く程度。

 話しかけない。

 近づきすぎない。

 あくまで自然に、あくまで普通に。


 三枝悠人の視線は相変わらず少しうるさいが、昨日ほど露骨ではない。彼の中で何かが繋がりかけているのは確かだが、まだ確証には届いていないのだろう。


 そして、そんな“表面上は穏やか”な日ほど、人は余計なことを考えてしまう。


 昼休み、玲司はふと窓際の席から白瀬の横顔を見た。


 友人と話している。

 笑っている。

 けれど、時々ほんの少しだけ遠くを見る。


 あれはたぶん、考え事をしている顔だ。


 もしかすると、自分と同じように、学校の外側にあるものを思い出しているのかもしれない。


 そう考えるだけで、妙に嬉しくなる自分がいる。


 それが今は少し危ない。


「天城、今日ぼーっとしてる?」

 三枝が突然声をかけてきた。

「していない」

「いや、ちょっとしてる」

「気のせいだ」

「最近それ多いなあ」

「そうか?」

「そうそう。前よりちょっと人間っぽい」

「褒めているのか?」

「褒めてるよ。たぶん」


 玲司は小さく笑って流した。


 人間っぽい、か。

 以前の自分なら、その言い方に少し引っかかったかもしれない。だが今は、そこまで悪い言葉には聞こえなかった。


 白瀬もえと関わり始めてから、自分の中の温度が変わっているのは事実なのだろう。


 だが、その温度を守るためには、もっと冷静でいなければならない。


     ◇


 放課後。


 校門の外には、黒塗りの車が待っていた。


 学校から直接屋敷へ戻る時と同じ車だが、今日は妙にそれが“迎え”ではなく“回収”のように見えた。


 玲司が乗り込むと、助手席ではなく後部座席の向かい側に黒峰蒼一郎が座っていた。


「お疲れさまです、玲司様」

「ずいぶん丁寧だな」

「お話の内容によるかもしれません」

 黒峰は穏やかに言った。


 車が走り出す。


 学校から少し離れ、街並みが落ち着いた頃、黒峰は手元のタブレットを軽く伏せた。


「先日お伝えした件ですが」

「交友関係の話か」

「はい」


 玲司は黙って先を促す。


「少々、具体的な情報が集まりつつあります」

「どの程度だ」

「学校外で、特定の生徒と接触頻度が高いこと」

「……」

「その接触が、一般的な学業連絡や日常的な友人関係だけでは説明しにくいこと」

「ずいぶん曖昧だな」

「現時点では、まだ曖昧です」


 その言い方は、逆に厄介だった。


 つまり家側は、まだ確定情報を持っていない。

 だが、“何かある”という感触だけは掴んでいる。


 確定していない段階の監視ほど、厄介なものはない。


「相手の名前は?」

 玲司があえて聞く。

「現段階では確証を持っておりません」

「そうか」

「ただし」

 黒峰の声は柔らかいままだ。

「創作活動に関わる学生、という線が少し見えております」

「……」


 その一言で、玲司の背筋に冷たいものが走った。


 そこまで来ているのか。


 白瀬もえの名前はまだ出ていない。

 だが、“創作活動に関わる学生”というところまで輪郭が寄っているなら、条件が噛み合えば辿り着くのは時間の問題だ。


 学校。

 放課後の行動。

 コミケ周辺の目撃。

 同人活動。

 その全部が、どこかで一本の線になってしまう。


「どこから情報が漏れている」

 玲司は低く問う。

「“漏れている”というより、玲司様が変化した、と見ている者が複数いるということです」

「変化」

「はい。行動、表情、外出の頻度、特定話題への反応。そういった細部です」


 玲司はそこで、三枝の言葉を思い出した。


 前よりちょっと人間っぽい。


 あれは冗談ではあったが、案外、本質に近かったのかもしれない。


 自分は変わった。

 周囲が気づく程度には。


 そして、その変化の根に白瀬もえがいる。


「忠告です」

 黒峰が静かに言う。

「玲司様が本気で守りたいものがあるのなら、なおさら、雑な痕跡を残されない方がよろしい」

「……脅しか」

「助言です」


 穏やかなまま、一歩も引かない。


 玲司は窓の外へ視線を移した。

 夕方の街が流れていく。


 この男は敵ではない。

 少なくとも、自分に害意があるわけではない。

 だが天城家の論理に忠実である以上、“白瀬もえの世界”をそのまま守る側には立たないだろう。


 ならば、こちらが学ぶしかない。


 守るためのやり方を。


「理解しました」

 玲司は短く言った。

「なら結構です」

 黒峰もそれ以上は踏み込まなかった。


 車内に沈黙が落ちる。


 だが、その沈黙は重かった。


     ◇


 屋敷へ戻る前、車を降りた玲司は、庭園へ抜ける石畳の小道を一人で歩いた。


 頭の中を整理するためだ。


 名前はまだ出ていない。

 だが、近い。

 想像よりずっと近い。


 白瀬もえの普通の学校生活。

 白瀬もえのmocoとしての世界。

 そのどちらも、天城家の調査対象に晒していいものではない。


 自分が少し近づいただけで、彼女の生活が危険へ寄る。

 その事実が、ひどく重かった。


 スマホが震えた。


 見ると、白瀬からのメッセージだった。


 今日、放課後寄れなくてごめん

 あとさ

 今コンビニで新しいスイーツ見つけたんだけど、パッケージがちょっとえっちで可愛かった

 たぶん天城くんにもわかる気がする


 玲司は、それを読んでしばらく動けなかった。


 なんでもない話題のはずだ。

 軽い雑談。

 昨日までなら、少し笑って返すだけだっただろう。


 だが今の玲司には、それが妙に沁みた。


 彼女は何も知らない。

 今、家側が“創作活動に関わる学生”というところまで近づいていることを。

 その一方で、何気なく今日のことを共有しようとしてくる。

 自分の見つけた“可愛い”を伝えようとしてくる。


 その無防備さが愛おしい。

 同時に、巻き込めないと思う。


「……困ったな」


 小さく呟く。


 離れれば安全なのかもしれない。

 だが、その選択肢は胸の内にまったく馴染まなかった。


 彼女が嬉しそうに送ってきた軽いメッセージ一つで、もうわかる。

 自分は、そのやり取りを失いたくない。


 なら、答えは一つだ。


 守れるだけの知識と準備を持つしかない。


 玲司はゆっくりと返信を打つ。


 いや、かなりわかる

 後で画像を送ってくれ

 可愛いとどきどきの境目は気になる


 送信してから、自分で少しだけ笑った。


 明らかに前の自分ではない返答だ。

 だが、白瀬もえにはこれくらいの温度で返したかった。


 数秒後、すぐに返事が来る。


 やっぱりわかるんだ

 もうかなりこっち側だね

 うれしいけど危ない


 その文面に、玲司は静かに息を吐いた。


 そうだ。

 うれしい。

 でも危ない。


 その二つを両方抱えたまま進むしかないのだろう。


 そしてその危なさに対して、もう偶然で対処している場合ではない。


 黒峰の言葉が、再び頭の中で響く。


 雑な痕跡を残されない方がよろしい。


 玲司は空を見上げた。


 夕暮れが少しずつ夜へ変わっていく。

 どこまでも静かで、整った天城家の空だ。


「守るには、もっと知る必要がある、か」


 それは白瀬のことだけではない。


 天城家がどう動くのか。

 どこで情報が拾われるのか。

 学校のどの程度の距離感なら安全なのか。

 そして、どの方法なら彼女を巻き込まずに自分が前に立てるのか。


 好きだと思うだけでは、足りない。


 今はもう、それがはっきりわかっていた。

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