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財閥御曹司の俺が恋したのは、コミケで壁サーを張る“えっちなお絵描き女子”でした  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第3章 第5話 御曹司、推しという概念に出会う

 好きにも、種類がある。


 天城玲司がその事実に真正面から向き合うことになったのは、翌日の昼休み、きわめて何気ない雑談の最中だった。


「で、結局お前の推しって誰なの?」

 三枝悠人が、購買の焼きそばパンを片手に言った。

「推し?」

 玲司は聞き返す。

「そこから?」

「そこからなの怖いな」

 周囲の男子が笑う。


 三枝は「まじかよ」と言いながら、机へ肘をついた。


「いやだから、作品の中で一番好きなキャラとか、この人追ってるとか、この絵師いいとか、そういう“推し”だよ」

「好きな対象、ということか」

「まあざっくり言うと」

「だが、昨日話していた“好き”と完全に同義ではないのか」

「うわ、めんどくさい方向から来た」

「天城っぽい」

「でもわかる。似てるけど違うんだよな」


 三枝はちょっと嬉しそうだった。


 こういう概念整理の話題は、彼にとってはかなりおいしいらしい。


「恋愛とかさ、“この子が好き”っていうのと、“推しだから好き”っていうのはまた別なんだよ」

「別?」

「別。たとえば、キャラとして尊いとか、見てるだけで幸せとか、幸せでいてほしいとか、そういうのもあるし」

「所有したいわけではない?」

「お、いいとこ来た」

 三枝が指を鳴らした。

「そう。独占欲より“供給ありがとう”とか“存在してくれてありがとう”とか、“解釈一致ありがとう”みたいな好きもある」

「なるほど」


 玲司は頷きながら、頭の中である人物を思い浮かべてしまっていた。


 白瀬もえ。


 彼女の描く絵。

 mocoとしての顔。

 コミケで笑っていた姿。

 完売した机の向こうで、泣きそうになりながらも「ありがとうございます」と言っていた声。


 あれは恋なのか。

 推しという感覚に近いものなのか。

 あるいは両方なのか。


「天城、なんか今すごい考えてる顔してる」

 三枝がにやっとする。

「具体例が浮かんだ?」

「……少し」

「え、誰?」

「そこまでは言わない」

「つまんねー」

「言うわけないだろ」

「でも天城が“推し”で考え込むの、かなりレアだな」


 玲司はそれには答えず、代わりに静かにパンの袋を閉じた。


 たしかにレアだ。

 少し前までの自分なら、こんな話題にここまで真面目には向き合っていない。


 だが今は違う。


 好きなものを好きだと語る白瀬もえを知ってしまった。

 彼女の世界へ踏み込んだ。

 その結果、自分の感情の輪郭まで変わり始めている。


 放課後、白瀬に聞いてみよう。

 そう思った。


     ◇


 その日の放課後、二人は直接会わなかった。


 三枝の視線が少しばかり厄介だったし、前日の準備室前の一件もある。無理に接触するより、今日は一度引いた方がいいと、玲司も白瀬も同じ結論に達していた。


 その代わり、夜にメッセージが来た。


 白瀬からだ。


 今日、三枝くんがこっち見てる回数多かった気がする

 気のせいだといいけど


 玲司はすぐに返す。


 僕もそう思う

 しばらくは慎重にしよう


 数秒後、返信。


 うん

 ところで


 そこで一度、入力中の表示が止まった。

 また始まる。


 今日、昼休みに“推し”の話してたでしょ

 天城くんあれ聞いて真顔になってたよね


 玲司は少しだけ笑った。


 教室の離れた位置にいたはずなのに、やはりあの程度の雑談なら届いていたらしい。


 聞こえていたのか

 少しな


 すぐ返事。


 で?

 何考えてたの?


 玲司は一拍置いた。


 ここで誤魔化すこともできる。

 だが、誤魔化したくない気持ちの方が少し強かった。


 “推し”と“好き”は何が違うのか考えていた


 既読がつく。


 少し間が空く。


 その間に、玲司はおそらく白瀬がベッドの上か机の前で、スマホを見つめながら考えている姿を想像していた。


 返事が来る。


 難しいこと聞くなあ

 でも、たしかに違う


 そこでまた文章が増える。


 推しって、見ていたいとか、応援したいとか、幸せでいてほしいとか、そういう気持ちが強い

 自分がどうなりたいかより、その相手がちゃんと輝いててほしい感じ

 恋はもっと、自分もそこに入りたくなる気がする

 近づきたいとか、特別になりたいとか、そういうのが増える

 たぶんだけど


 玲司は、その文章をゆっくり読み返した。


 見ていたい。

 応援したい。

 幸せでいてほしい。


 近づきたい。

 特別になりたい。


 どちらも、自分の中にある気がした。


 だから厄介なのだろう。


 君はわかりやすいな

 と返す。


 数秒後、すぐ返事。


 なにが

 そういう概念を、自分の言葉で整理して持っているところだ


 また少し間が空く。


 それから、白瀬の返答。


 それはたぶん、ずっと好きなもののこと考えてきたから

 どういうのが好きで、どういうのが刺さって、どういうのは違うかって、考えるの好きなんだよね

 絵にもつながるし


 玲司は頷く。


 やはり、彼女の中ではこういう感情の整理も創作と繋がっているのだろう。


 そこでもう一つ、疑問が浮かんだ。


 では、創作者に対する“推し”は?

 絵師や作家を応援するような感覚だ


 今度は少し長く間が空いた。


 白瀬が慎重に言葉を選んでいるのがわかる。


 やがて返ってきた文章は、やや長かった。


 それはまた別で

 作品そのものが好きで、その人が描くものが好きで、活動続けてくれるのがうれしくて、更新あると生き返る感じ

 でも、相手の生活とか人格まで全部欲しいわけじゃない

 ただ、その人の作るものに救われたり、元気もらったりするから、続けてくれてありがとうってなる

 たぶん、そういうのが創作者への推し


 玲司は、その文章を見たまま動きを止めた。


 救われる。

 元気をもらう。

 続けてくれてありがとう。


 それは少し、今日コミケで聞いた言葉たちに似ている。


 待ってました。

 今回も最高でした。

 次も楽しみにしてます。


 あの言葉は、つまり。


 君の絵に救われている人は、君を推しているのかもしれないな


 そう返した。


 送ってから、少しだけまっすぐすぎたかもしれないと思った。

 だが、取り消す気にはならなかった。


 既読がつく。


 沈黙。


 一分。

 二分。


 さすがに少し長い。


 玲司がスマホを見つめていると、ようやく返事が来た。


 ……それ今言う?


 短い。


 だが、たぶん相当効いている。


 玲司は小さく笑って、さらに送る。


 本音だ

 君のことを待っている人は確実にいる


 また間。


 そして返ってきたのは、文章ではなく、猫が布団の上でばたばたしているスタンプだった。


 意味はなんとなくわかる。


 玲司が静かに笑っていると、ようやくメッセージが続いた。


 やめて

 今日それ言われるのかなりだめ

 ベッドの上で悶えてる


 その文面を見て、玲司は自然に彼女の姿を想像してしまった。


 部屋着で、ベッドの上。

 スマホを握って、顔を埋めるみたいに悶えている白瀬もえ。


 それはかなり、よくない。


 胸の奥が、別の意味で熱を持つ。


 すまない

 と一応送る。


 するとすぐ返ってきた。


 謝らなくていいけど責任は取って

 あと今すぐ追撃しないで

 ほんとにしばらくだめだから


 玲司は、その言い方に少しだけ目を細めた。


 責任を取って。

 またその言葉だ。


 冗談めいているのに、どこか本気が混じって聞こえる。


 では、追撃はしない

 代わりに一つだけ聞く

 何


 玲司は少しだけ迷ってから、素直に送った。


 君にとって、僕は“推し”なのか


 既読。


 その瞬間、また返信が止まった。


     ◇


 白瀬もえは、そのメッセージを見た瞬間、スマホを顔の上へ落としかけた。


「な、なに聞いてるの……!」


 思わずベッドの上で転がる。


 さっきから本当に悶えている。

 天城玲司という人は、どうしてこうも本人が一番困る角度から言葉を投げてくるのだろう。


 君の絵に救われている人は、君を推しているのかもしれない。

 それだけでも十分すぎた。

 その上で、さらに。


 君にとって、僕は推しなのか。


「……そんなの……」


 答えられるわけがない。


 推し、という感覚はたしかにある。

 だって、彼が来てくれると嬉しい。

 メッセージが来るとちょっと元気になる。

 自分の好きなものを理解しようとしてくれるところも、ちゃんと覚えてくれるところも、かなり好きだ。


 でも、それだけじゃない。


 もっと近づきたいと思っている。

 特別になりたいとも思っている。

 学校で他の女子と話しているのを見ると、少し落ち着かない。

 それはもう、“推し”だけでは説明できない気がする。


「……もう、無理」


 白瀬は枕へ顔を埋める。


 数分悩んだあと、ようやく返した。


 それはずるい質問

 たぶん、推し成分もある

 でもそれだけじゃない気がする

 以上

 これ以上聞いたら寝れなくなるからおしまい


 送信したあと、心臓が痛いくらい跳ねた。


 かなり言ってしまった。

 でも、全部ではない。

 全部ではないけど、かなり危ない線まで言ってしまった。


     ◇


 玲司は、その返事をゆっくり読んだ。


 推し成分もある。

 でもそれだけじゃない。


 かなり充分だった。


 充分すぎるくらいに。


 玲司はスマホを持ったまま、しばらく考える。


 そして、短く返した。


 了解した

 では今日は寝てくれ

 僕も少し整理する


 少し遅れて、白瀬から最後の返信。


 整理とか言いながらまた深いこと考えるんでしょ

 おやすみ


 玲司は、その一文を見て小さく笑った。


 たしかに、その通りだ。


 推しと恋は違う。

 だが、重なる部分もある。


 見ていたい。

 応援したい。

 幸せでいてほしい。

 そして同時に、近づきたい。特別になりたい。


 自分が白瀬もえへ抱いている感情は、その両方を含んでいるのだろう。


「……なるほど」


 静かな部屋で、またその言葉が口をつく。


 以前なら、こんなふうに誰かへの感情を細かく分類して考えることなどなかった。

 だが今は、それが妙に自然だった。


 彼女の世界に触れたせいかもしれない。

 彼女がいつも“好き”を言葉にしてきたからかもしれない。


 少なくとも一つだけ、はっきりしたことがある。


 白瀬もえは、もう自分にとって“ただ好きな女子”ですらない。


 見ていたい。

 応援したい。

 幸せでいてほしい。

 そして自分も、その近くにいたい。


 その全部を、ちゃんと大事にしたいと思っている。

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