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財閥御曹司の俺が恋したのは、コミケで壁サーを張る“えっちなお絵描き女子”でした  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第3章 第3話 幼馴染コスプレイヤー、学校の近くに現れる

 嫌な予感ほど、当たる時はあっさり当たる。


 その日、白瀬もえは昼休みの終わり頃から、なんとなく落ち着かなかった。


 理由はある。


 昨夜、寝る前に届いた九条かれんからのメッセージだ。


 ねえ、もえの学校の近くってあの駅だよね?

 今日ちょっと用事あってそっち寄るかもー


 この一文だけで、白瀬は十分に嫌な予感を覚えることができた。


 かれんは悪い子ではない。

 むしろかなりいい子だ。

 面倒見もいいし、気も回るし、いざという時は頼りになる。


 ただし、勢いがある。


 そして、面白がる時は全力で面白がる。


「……やだなあ」

 五限目が終わった休み時間、白瀬は小さく呟いた。


 当然、誰に聞かせるつもりもない独り言だったのだが、隣の席の女子が「どうしたの?」と振り向いてきて、白瀬は慌てて首を振った。


「な、なんでもない」

「疲れてる?」

「ちょっとだけ」

「最近なんか忙しそうだもんねー」

「うん、まあ……」


 誤魔化しながらも、頭の中ではずっとかれんの顔がちらつく。


 もし本当に学校の近くへ来て、しかも白瀬を見つけたりしたら。


 最悪だ。


 かなり最悪だ。


 かれんは多分、悪意ゼロで手を振る。

 そして悪意ゼロで大きめの声を出す。

 その結果、白瀬の“普通の学校生活”が微妙に揺らぐ未来は、かなり想像しやすい。


 ちらりと視線を上げる。


 教室の反対側では、天城玲司がいつも通りにクラスメイトと話していた。

 表情も姿勢も平常通りだ。


 だが白瀬にはわかる。


 彼もまた、昼休みに三枝悠人からアニメ話を振られて以来、少しだけ周囲を警戒している。外から見れば全くわからない程度だが、その“全くわからない程度”の差が、最近の白瀬には読めるようになってしまっていた。


 それもまた、少し危ないことのように思う。


     ◇


 放課後。


 教室の人が減り始めた頃、白瀬はスマホの通知を見て、心の中で頭を抱えた。


 駅着いたー

 もえ、今どこ?


「終わった……」


 かなり小さく呟いたつもりだったが、そのタイミングでちょうど後ろを通りかかった玲司が、足を止めた。


「何が終わった」

「ひゃっ」

 白瀬は小さく跳ねた。

「天城くん……」

「今の反応はもう少しどうにかならないか」

「今日は無理」

「何があった」

「……かれん」


 その一言で、玲司の表情がほんの少しだけ引き締まる。


「学校の近くか」

「うん。駅着いたって」

「なるほど」


 なるほど、ではない。


 白瀬は本気でそう思ったが、声には出さなかった。

 出したところで状況が好転するわけではないし、そもそも玲司が落ち着いているのは今に始まった話ではない。


「どうする」

 玲司が聞く。

「どうするって……」

「会うのか」

「会わない選択肢を考えてる」

「できるか」

「たぶん無理……。既読ついちゃってるし……」


 白瀬はスマホを握りしめたまま、額へ押し当てる。


「よりによって今日なんだよなあ」

「学校の近くで会わなければいいのでは」

「駅前ならセーフだと思う?」

「学校の生徒に見られる確率は高いな」

「だよね!」


 白瀬は本気でうめいた。


 その様子を見ながら、玲司は少しだけ考えてから言う。


「なら、僕も行く」

「え」

「九条かれんが来るなら、一人で対処するよりいい」

「でも、それは……」

「今さらだろう」

「そうなんだけど……!」


 白瀬は言葉を詰まらせる。


 理屈では玲司がいた方がいい。

 それはわかる。

 かれん相手に一人で立ち向かうのは、もはや事故を待つようなものだ。


 だが、だからといって放課後の駅前で“白瀬もえ・天城玲司・九条かれん”の三人が揃うのは、それはそれで危険である。


 白瀬が逡巡していると、玲司は淡々と続けた。


「距離を取るなら取る形で動けばいい」

「……どうやって」

「僕は少し離れて立つ。必要なら介入する」

「それ、余計に慣れてる感じで怖いんだけど」

「経験はない」

「でも適性あるのが怖いの!」


 玲司は少しだけ笑った。


「では、どうする」

「……行く」

「わかった」

「その代わり、学校の子がいたら即解散」

「了解した」


 結局、そうなる。


 白瀬はわかっていた。

 天城玲司と関わるようになってから、自分の“慎重なはずの判断”が、時々少しだけ強気になる。


 たぶんそれは、彼がいると“対処できるかもしれない”と思ってしまうからだ。


 それが良いことなのか悪いことなのか、まだ答えは出ていない。


     ◇


 駅前は、放課後らしいざわつきに満ちていた。


 制服姿の高校生、買い物帰りの主婦、塾へ向かう中学生、待ち合わせをしている大学生。人通りは多いが、歩けないほどではない。


 白瀬は駅前広場の端で立ち止まり、周囲を見回した。


「いた」

 玲司が小さく言う。


 視線の先、ベンチの近くで手を振っているのは、間違いなく九条かれんだった。


 今日はラフな私服だが、それでも華やかだ。

 キャップをかぶり、大きめのパーカーにショートパンツ、足元は厚底スニーカー。人混みの中でもやたら目立つ。


「もえー!」

 案の定、声がでかい。


「ちょっと声!」

 白瀬が小走りで近づく。

「え、なんで? 普通じゃん」

「普通じゃないの!」

「えー、かわいくしてきたのに」

「そこじゃない!」


 白瀬が全力で小声を張り上げていると、かれんはその背後にいる玲司へ気づいた。


「あ」

 一秒。

「やっぱ来た」

「来た」

 玲司が答える。

「え、なにその会話」

 白瀬が頭を抱える。


 かれんはにやにやしながら玲司を見た。


「いやー、さすがに今日は来ないかと思ったけど、もえが一人だと危ないよね」

「おい」

「事実でしょ?」

「否定はしない」

 玲司が真顔で言う。

「天城くんまで!」

「だってほんとだし」

 かれんはけろりとしている。


 白瀬は周囲を見回した。


 幸い今のところ、星ヶ峰の生徒らしき姿は近くにない。

 だが油断はできない。


「それで、用事って何」

 白瀬が切り込む。

「え? 近くのショップで予約してたウィッグ受け取り」

「それだけ?」

「それだけ」

「じゃあなんで私呼んだの」

「ついでに顔見たかったから」

「軽い」

「幼馴染なんてそんなもんだよ」


 かれんは笑ってから、急に真顔になって二人を交互に見た。


「でも、ほんとに並ぶと目立つね」

「……」

 白瀬が嫌そうな顔をする。

「どっちが」

「両方」

 かれんは即答した。

「もえは普段よりちょっと顔がやわらかいし、天城くんは天城くんで隠す気があるんだかないんだか微妙だし」

「一応、目立たないようにしている」

 玲司が答える。

「うん、その“してるつもり感”が危ないの」

 かれんはずばっと言った。


 玲司は一瞬だけ黙った。


 その沈黙が妙におかしくて、白瀬は少しだけ吹き出しそうになる。

 九条かれんは、人の輪郭を笑いながら切り取るのがうまい。


「じゃあ、どう見える」

 玲司が真面目に聞いた。

「え、本気で聞くの?」

「ああ」

「うーん……」


 かれんは腕を組んで考えるふりをしたあと、軽い口調で言う。


「“まだ付き合ってないけど、外から見たらわりとそう見える二人”」

「かれん!」

「うわ」

 白瀬が耳まで真っ赤になる。


 玲司も、さすがに一瞬だけ言葉に詰まった。


「だってほんとにそうだよ?」

 かれんは悪びれない。

「距離感が微妙に近いし、目線が変に合うし、しかも二人とも隠そうとしてる分だけ余計にそう見える」

「それはまずいな」

 玲司が低く言う。

「そう、まずいの」

 白瀬もすぐ頷く。


 かれんはそこで、ふうんと目を細めた。


「でも、“まずい”って同じタイミングで言うの、ちょっと息ぴったりだったよ」

「やめて」

「ごめん、今のはちょっと面白かった」

「面白がらないでよ……」


 白瀬はもう疲れ切った顔だった。


     ◇


 その時だった。


「……あれ?」


 三人の空気が、同時に固まる。


 少し離れた場所から聞こえてきたのは、聞き覚えのある女子の声。

 振り向けば、星ヶ峰の制服姿の女子二人組が、駅前のコンビニ袋を手にこちらを見ていた。


 最悪だ。


 しかも片方は、白瀬のクラスメイトではないが、同じ学年で顔見知り程度には知っている女子だ。


「白瀬さん?」

 向こうが近づいてくる。


 白瀬の脳内で、いくつかの選択肢が一気に消えた。

 逃げる、は無理。

 無視、も無理。

 かれんを“たまたま会った人”で押し通すしかない。


 だが問題は玲司だ。


 ここに天城玲司までいると、一気に構図がおかしくなる。


 白瀬がそう判断した瞬間、玲司が半歩だけ後ろへ下がった。


 そして、あまり目立たない角度でスマホを耳に当てる。


「……はい」

 静かな声。

「今、駅前です」


 自然すぎる。


 もはや怖いくらい自然だ。


 女子二人組はその瞬間、まず白瀬とかれんへ意識を向けた。


「やっぱり白瀬さんだ」

「こんにちは……」

 白瀬はできるだけ平静を装う。

「お姉さん?」

「ち、違う!」

「幼馴染!」

 かれんがにこっと笑う。

「久しぶりに近く来たから顔見に来たの」

「へえー、すごい美人」

「でしょ?」

「自分で言うな」


 かれんがいつもの調子で返し、場が少しだけ和む。


 その間に玲司は、あくまで“たまたま近くにいるだけの別件の人間”として距離を取っていた。

 女子たちの視線が一瞬だけ彼へ向く。


「あ、天城くんもいたんだ」

「ちょうど通りかかった」

 玲司はごく自然に答える。

「委員会の連絡があってな」

「へえ、そうなんだ」

「なんか珍しい組み合わせだね」

 女子の片方が何気なく言う。


 その一言に、白瀬の心臓がまた跳ねた。


 だがかれんが、そこで妙に明るく割って入る。


「え、そう? 学校の人と会ったら普通に話すでしょ?」

「あー、たしかに」

「だよね。私が来たせいで巻き込んじゃった感じ」

「なるほどね」

 女子たちはすんなり納得したらしい。


 数十秒後、彼女たちは「じゃあまた学校でー」と軽く手を振って去っていった。


 その背中が十分に遠ざかったのを確認してから、白瀬はその場でしゃがみ込みそうになった。


「……死ぬ」

「死なない」

 玲司がすぐに言う。

「今のは本気で危なかった……」

「でも切り抜けたよ」

 かれんはけろっと言う。

「私、ちょっと有能じゃない?」

「そこは認める」

 白瀬は悔しそうに言った。

「でも心臓には悪い」

「もえ、今日そればっか」

「今日そればっかの日なの!」


 玲司は小さく息を吐いた。


 今の一件で、改めてよくわかった。

 自分たちは思っている以上に見られている。

 そして、少しでも構図がおかしければ、周囲はすぐに“珍しい組み合わせ”として記憶する。


「天城くん」

 かれんが少しだけ真面目な声を出す。

「うん」

「今日の今ので、わかったでしょ?」

「何が」

「もえの“普通”って、思ってるよりずっと繊細なんだよ」

「……ああ」

 玲司は頷く。

「よくわかった」

「だから、近づくなとは言わない」

 かれんは笑わずに言う。

「でも、雑には近づかないで」

「そのつもりはない」

「うん。ならいい」


 白瀬は二人の会話を聞いて、少しだけ目を伏せた。


 それから、小さく言う。


「……ありがと」

「私?」

 かれんが首を傾げる。

「二人とも」

 白瀬は答えた。

「今日、ほんとに一人じゃ無理だった」


 玲司はその言葉を、静かに受け止めた。


 九条かれんがいて助かったのは事実だ。

 そして同時に、自分がここにいてよかったと思う気持ちも、やはり変わらない。


 むしろ強くなっている。


「今日はもう解散しよう」

 玲司が言う。

「これ以上は危ない」

「うん」

 白瀬も素直に頷く。

「私もそう思う」

「えー、もっと茶化したかったのに」

「かれんは黙って」

「はいはい」


 かれんは笑いながら両手を上げた。


「でも最後に一個だけ」

「なに」

 白瀬が警戒する。

「もえ」

「うん」

「その顔、かなり恋してる顔してるよ」

「っ……!?」


 白瀬が完全に固まった。


 玲司も、今度こそ言葉が出なかった。


「じゃ、私は帰るねー」

 かれんは満足げに手を振る。

「続きはまた今度!」

「今度いらない!」

 白瀬が叫ぶが、かれんは笑ったまま人波の向こうへ消えていった。


 残されたのは、白瀬と玲司の二人だけ。


 沈黙。


 かなり長い沈黙。


「……」

「……」

「今の」

 白瀬が先に口を開く。

「聞かなかったことにして」

「難しいな」

「難しくしないで!」

「本気で怒っているのか」

「怒ってはない! ただ、無理! 処理できない!」

「そうか」


 白瀬は真っ赤な顔のまま、キャリーケースもないのに何かを握るように両手をぎゅっとしていた。


「今日もう、いろいろありすぎて無理」

「だろうな」

「だから今は帰る」

「わかった」

「でも」

 白瀬は、一拍置いた。

「また連絡する」

「ああ」

「さっきの……その……」

「うん」

「否定は、しないでおく」

「……そうか」


 それだけで、十分だった。


 白瀬はそれ以上何も言わず、小走りで駅の方へ去っていった。

 その背中は、どう見ても落ち着いてはいない。

 だが、逃げるようでいて、完全に逃げきってはいない背中だった。


 玲司はしばらくその方向を見つめたまま立ち尽くす。


 火種は近い。

 危険もある。

 けれど、もう引き返せないところまで来ているのだと、今はっきりわかった。


 九条かれんの最後の言葉が、まだ耳に残っていた。


 ――その顔、かなり恋してる顔してるよ。


 白瀬だけではない。

 たぶん、自分も。

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