第76話 私にドレスを着ろと?
「姉?」
「はい、隊長が姉君のシエラメリーナ嬢の噂に心を痛めているようなので、その噂を払拭するにはいい機会かと。どうぞ私を使ってくださればと思いまして」
良い機会? 高位貴族が多く集まる場なので、素行がいいふりをしておけばいいということですか。
この時期は、まだ多くの貴族は集まってはおらず、王都に滞在している貴族の集まりという感じでしょうか。
でも……それでも、私が私としてパーティーに参加するのはどうかと思います。
いいえ、私であることには変わりないので、問題は全く持ってないのですが……。
ん? ちょっと待ってください。
これは良い機会かもしれません。
姉であるシエラメリーナのほうがレクスと仲がいいとなると、従騎士のアルバートと団長の怪しい関係の噂は払拭されるのではないのですか!
……伯爵令嬢と騎士団団長の関係もないです。それも年の差が十六とかないですわ。
あ、逆にこのあり得なさは行けるかもしれません。
そこまで噂は広がらないでしょう。
田舎の伯爵令嬢と今回の功績者の騎士団団長の組み合わせはないです。
しかし、もう一度レクスに確認を取ってみます。
「私にドレスを着ろと?」
「着ていらっしゃいましたよね?」
やはり、私がドレスを着て参加して欲しいということですか。
「はぁ、言っておくが、それは普段着の変装用のドレスだ。高位貴族のパーティーに着ていくようなドレスはない」
ドレスには流行りというものがありまして、それを競い合う場でもあるのです。
流行遅れとか既製品のドレスとか論外。
あ、これは参加しないという流れに持っていけるのでは?
騎士団団長のパートナーが、既製品のドレスとか鼻で笑われてしまいますからね。
「それはこちらで用意しております」
「しております? え? 用意しているということですか?」
用意をしているとはどういうことですか?
ドレスですよ? 作るのに最低一ヶ月はかかってしまう代物ですよ?
あのレクス命の侍従が、流行遅れのドレスを用意するとは思えません。
最低限は騎士団団長の隣にいてもいいドレスを用意するはずです。
中身は私になってしまいますが……。
「はい。選んでいただくことはできませんが」
「そうですか。はぁ、わかりました。私は謹慎処分で、姉と団長は明日のパーティーに参加ですね」
アルバート。なるべく団長と従騎士の怪しい噂を払拭できるように姉は頑張ります。
そもそもレクスが、私に構いすぎるのが駄目なような気がしますけど。
「隊長。それでは今から帰りましょう。今日の仕事は終わりましたから」
今はお昼休憩の時間です。ですから、レクスは私との約束通りに朝にあった仕事を終わらせていました。
お昼休憩に仕事を持ってくる人はいないので、レクスの執務机の上は綺麗なものです。ですが、この後に人が出入りしてきますし、グレンバーレルが施して魔法陣に引っかかった者の調査。そして、神出鬼没のラゼンの痕跡の調査の指示を出さなければなりません。
「仕事。終わっていませんよね? 騎士団団長としてやるべきことがたくさんありますよね?」
謹慎処分を受けた身ではありますが、一つ確認しておきたいことがあります。
「あと、一つ緊急に確認したいことがあるので、セレグアーゼのところに行ってきていいですか?」
「一緒に行きます。その後に食事にしましょう」
あ、お昼抜きでしたね。すみません。
時間的に先にお昼にしたほうがいいですね。
「先にお昼にしましょうか」
「はい」
あの? 謹慎処分した者の言う通りにする団長って、問題にはならないのですか?
「伯父上。少々お話をよろしいでしょうか?」
「マルトレディル。建物を壊した件は自分で直しなさい」
伯父様。耳が早いですね。
私が騎士団本部の一部を壊したことを知っているなんて。
私はレクスを背後に連れて、特殊部隊の将校セレグアーゼの元を訪ねました。
「あ、それはグレンバーレル魔導師団長に直すように言いましたので、気が向いたら直すと思います」
「それは、いつ直るかわからないと言っているのと同じだ」
わかっています。ですが、無言のレクスに連行された私にできることは、グレンバーレルが作った魔剣で壊れたのだから、直しておけと言うしかできませんでした。
なので、その話はそれで終わりです。あとで、グレンバーレルに催促しておきます。
「伯父上。その昔、『空言のメアドーラ』を倒したと聞きました」
「そんな昔の話を出してどうした?」
「その死体をどう処分しました? 野ざらしにでもしましたか?」
「何の話をしている?」
「グレンバーレルが……魔導師団長が、素体の死体から同じ人物を造れる者が二十年前に消えたと言ったのです」
「同じ人物?」
「記憶以外が同じだそうです。今回のスパイ騒ぎ、『空言のメアドーラ』の仕業だとすればどうでしょう?」
「……」
セレグアーゼは無言で殺気立ちました。
私に殺気を向けられても困ります。
「王都周辺の隊舎に魔法陣を施してきましたので、魔導師団と連携してあぶり出しをお願いします」
グレンバーレルに魔法陣の仕様を聞いていませんでしたので、これはセレグアーゼにお任せしましょう。
「それは聞いている。何故、本部は門だけにした」
ああ、建物のほうに魔法陣を設置しなかった理由ですか。
「それですか。騎士とわかる服装で本部を出入りする者が、魔法をかけられているはずです。敵陣の中に入って騒ぎを起こす利点はありませんからね」
「アルバート。君の考えは無駄を削いている。だが、その無駄も必要だと思わないかね?」
「では、伯父上から魔導師団長に要請してください。私は三日間の謹慎処分を受けましたので」
「はぁ、お転婆がすぎるのではないのかね?」
この言葉はシエラメリーナへの言葉でしょう。わかっています。普通の令嬢は魔導師団長と喧嘩はしません。
「では、『空言のメアドーラ』の存在を念頭に動いていただけると大変有難いです」
「私はその問いには答えていないが?」
「答えなかった。それが答えです。あ、伯父上、母には謹慎処分の件は報告しないでください。それでは失礼しました」
それだけを言って、私はセレグアーゼの執務室を後にしました。
相変わらず、正解を言われると答えを言わないのは変わっていないですね。
あと、背後霊のようにいるレクスは必要でしたか? 私の監視役でしょうか?
騎士団の内部情報を漏らした者の件は、セレグアーゼに任せれば大丈夫でしょう。さて、私は大人しく謹慎処分を受けることにしましょうか。
「ふわぁ!私も見たかった!」
「団長と魔導師団長がマルトレディル君を取り合い!なんて美味しい場面!」
「それで、魔導師団に連れて行かれそうになって、マルトレディル君が抵抗したのね」
「それは騎士団の建物も破壊されるわよね」
ここは宿舎のとある一室。
その日の業務が終わり、夕食前のひととき。
宿舎に住まう女性騎士たちの内、数名が集まって雑談をしている。
彼女たちの間で、騎士団の建物が壊れた理由が正当防衛になっていた。
抵抗したので仕方がないと。
「そこに団長が助けに入ったのよね」
「素敵よ!素敵!」
「あら?お茶がなくなったわ。淹れてくれない?」
おしゃべりに夢中で、お茶とお菓子が消費されるペースも早いようだ。
その言葉に無言で控えていたメイドがお茶を淹れていく。
「それにしても団長も大胆よね」
「謹慎と言いながら、マルトレディル君を連れて帰るなんて、ぐふぐふぐふぐふ」
「マルトレディル君!危険よ!とても危険だわ」
「貴女たちの思考のほうが危険です」
話が盛り上がっているところに、水を差すメイド。
「メイド君。お茶が冷めているわ。淹れ直して」
黒髪のメイドに向かってなみなみとお茶が入ったカップを突きつける女性騎士。
そのメイドの赤い瞳は嫌そうな者を見る目を女性騎士に向けている。
「あら?メイド君。使用人は主人がどのような話をしていてもスルーすることが大事よ。これではいつまで経ってもメイド修行が終わらないわね」
メイド君と呼ばれているものは、女性というには、ガタイがよく鍛えた女性騎士にも見えなくもないが、どうみもて性別は男だ。
そのメイドがフルフルと震えだしている。
「こんなことに何の意味があるのですか!」
「団長とマルトレディル君を見守る会に参加できるわね」
「腐っている」
ここにはもういたくないと死んだ赤目をしているメイドを無視して、女性騎士たちは話に花を咲かせているのだった。




