第70話 君の上官は私ではないのだよ
私が叫んでいるとノックも無しに背後の扉が開きました。
え? こんな朝早くに一体誰が団長室に?
振り返ると金色が視界いっぱいに……え? 何故に面倒なのがここにいるのですか?
「フェリラン! ここの部分の検証をしたいので来てください!」
目の下のクマが濃く浮き出たグレンバーレルが、騎士団団長室にやってきたのです。
「は?」
「特化型には膨大な魔力が必要であり、個々の魔力の総量は生まれながら決まっています。これを覆す方法は普通は推奨されておらず、魔力の総量の問題をどうクリアしたのか……ということで来てください」
何か書かれた紙を見せられていますが、私には全く解読できず、そのまま腕を掴まれました。
これ、寝ずに私が昨日言った特化型には血筋など関係ないという論文を書いていましたね。
「私の従騎士を、どこに連れて行こうとしているのです」
ものすごく低い声が聞こえて、反対側の腕をレクスに掴まれてしまいました。
「色々調べたいので連れていきます」
「そういう勝手なことはしてもらっては困る。グレンバーレル魔導師団長」
「これは魔法の革命です! この素晴らしい機会を逃すなどありえないと思いませんか? ファングラン騎士団団長」
「話にならん! 貴殿に決闘を……」
「いい加減にしろ! 全部凍らせて粉々に砕くぞ!」
私は白い息を吐きながら言います。
室内が一気に氷点下に下がり、埃か氷の粒かわからないものが、キラキラと空中を漂っていました。
「グレンバーレル。貴様は昨日言っていた仕事を魔導師団長として行え。研究は後回にしろ! この魔法馬鹿が!」
そして次にレクスをギッ睨みつけます。
「レクス! 私情を挟むな! 騎士団団長としての職務をしろ!」
と言ってもまだ始業時間になっていませんがね。
そもそも決闘とか口にしないでいただきたいものです。
「朝から何を騒いでいる? 従騎士マルトレディル」
この声は!
第三者の登場に、これは天の助けだと思いました。
そして入口のほうに向かって声をあげます。
「伯父上! 助けてください」
「いや、この状況がさっぱりもって理解できないのだが?」
開いたままの扉から眉を潜めた顔のセレグアーゼが現れました。
タイミングがいいのか。悪いのか。
それにしても未だに私の腕が解放されないのは何故なのでしょう?
「丁度良かった。グレンバーレル魔導師団長。補佐官から渡された書類に、特殊部隊のみという文言がある。それだと意味があるまい? だから全騎士に変えてもらえるようにお願いしたい」
セレグアーゼは書類の束を手渡しながら言葉にした。ですが、グレンバーレルは何のことを言われているのかわからないようで、怪訝な表情を浮かべて書類を見ています。
「伯父上。その前に、この状況をどうにかしようと思われないのですか?」
私がそう言うと、ちらりとセレグアーゼが視線を向けてきました。
「マルトレディルの上官は私ではない」
バッサリと切られてしまいました。
確かに私の上官はレクスですが、助けを求めてきた姪をスルーするのは如何なものかと思います。
「それにこの部屋の状況。どうみてもマルトレディルが悪いと思えるものだ」
母から聞いて私が氷魔法を使えることを知っているセレグアーゼが、私が悪いと言っってきました。
酷いです。
確かにこれは私が凍らせましたが、原因は団長の仕事をしない二人なのですから!
「ファングラン団長。内部調査の件ですが、今回部隊によって能力差が見られたため、能力測定を行うと大体的に時間をとっていただきたい。早急にです」
「伯父上。全部隊にそれを行うと、一週間で終わらないと思います。今後の予定に響くのでは?」
これが平常時であれば、いいのです。しかし、あと一ヶ月半ほどで戦勝記念のイベントが控えているのです。
他にも並行してやらなければならないことがあるので、日数が押してしまいます。
「しかし、敵に情報を与える者をいつまでも抱えているわけにもいくまい」
「今まで詰めていた案件を全て再度見直す時間も必要です」
今回上層部に敵と通じているものがいないとわかったのは良かったのです。しかし、すでに下に下ろしている命令は敵にだだ漏れだと考えていいでしょう。
そうです。戦勝二十周年記念という日に帝国が攻め込んできたとすれば、最悪です。
「はぁ。どう考えても時間が全く足りないではないか」
大きくため息を吐いているセレグアーゼを横目に、何を考えているのかわからないグレンバーレルの手を引っ張ります。
正確には私の腕を掴んでいる手をです。
「ちょっと耳を貸してください」
ニコリと笑みを浮かべならが言いました。
私の言葉に身をかがめるグレンバーレル。
「以前、魔法陣を使って判別すると言っていたやつがあっただろう?」
私はコソコソと話をします。それも風魔法を使ってグレンバーレルにしか聞こえないようにしてです。
「それが、失敗しているのですよ」
「失敗を貴様が放置しているとは思えないのだが?」
「……」
「試すには良い機会だろう?」
「はぁ……あまり気が進みませんが」
グレンバーレルはヤル気がないという感じでセレグアーゼに向かっていいました。
「一日時間をいただければ、内部の調査を終わらせます」
「マルトレディル。どんな魔法を使ってこの魔導師団長を動かしたのかね?」
セレグアーゼもこのグレンバーレルが普通では動かないことを理解していたようです。
まぁ、有名でしたかね。
「貴殿とまともに会話ができるのはフェリランだけだと思っていたのだが、それであるなら、貴殿にあとは任そう」
セレグアーゼはそう言って、背を向けて立ち去っていきます。
「伯父様!その前にこの状況を!」
「だから、マルトレディルの上官は私ではないのだよ」
視線だけ私に向けてセレグアーゼは開け放たれた扉の向こう側に消えてしまいました。
あの……レクスからものすごく殺気が満ちているのですが? 絶対に関わりたくないと去って行きましたね。セレグアーゼ。
「ということで、言い出したのはフェリランだから手伝ってもらえますよね? 魔力装置として」
「いつまで隊長の腕を掴んでいる! グレンバーレル魔導師団長!」
あ、なんだかセレグアーゼが入ってくる前より悪化した気がします。
あと、私の魔力の多さの検証もそこでしようとしているのが丸わかりですよ。グレンバーレル。
レクス。落ち着いて、机の上に積み重なっている書類の確認をしていってくださいね。
私はエレア・リエグリス。
副団長に提出する書類を持って団長室の近くを通ったの。
その団長室から出てくる将校セレグアーゼ様。
めったにお目にかかれない幹部の方。
女性騎士たちの中でも人気がある方。でも仕事以外のことで声をかけると、バッサリと切られてしまうことでも有名。
そう、マルトレディル君がセレグアーゼ様に助けを求めても、無視されているように。
ああ、マルトレディル君ってセレグアーゼ様の甥なんだ。
だから特別待遇っていうのもある?
それでマルトレディル君はどうしたのだろうと、こっそり隠蔽の魔法を使って団長室のほうに近づいていった。
几帳面なセレグアーゼ様が扉を開けっ放しに?中の様子を窺う。
なななななんと!団長とグレンバーレル魔導師団長がマルトレディル君を取り合いしているぅぅぅぅ!
これはなんておいしい場面……違った。
団長。私は団長派ですから頑張ってください!
私はそっと去って行くのです。
私にはこのことを報告しなければならない義務が!
(こうして噂が作られていくのでした)




