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古都×カブ物語  作者: 日多喜 瑠璃
11/12

第十一話 車折神社

第十話では、女優4莉緒の生き様に大きく心を動かされた主人公・美沙。

夢や生き方は十人十色。

残すところ、あと2話となりました。

 「どうしたらって? そやなぁ、バイクで運ぶんやったら…」

 「絶対ひっくり返りますよね?」

 「いや、ンな事ないで。カブやんか。美沙ちゃん、オカモチて知ってる?」

 「okamochi ?」

 「日本語やで、ははは。そこ、大衆食堂の幕山軒さんあるやろ? あっこの出前用のカブに付いとるやつや。」

 「あ、あ、あ、あれ付けるんですか?」

 「カブならではの技や。あれやったら、どもないわ。」



 女優・橘莉緒が撮影所を去って間もない頃、美沙はスーパーカブに乗り、三条通を西に向かっていた。

 その後、彼女はどうしているだろう? おそらくは、必死の思いで病と闘い、命を燃やし続けているに違いない。

 「芸能神社?」

 そう聞いた。美沙は再び太秦を訪れ、そこから嵯峨に向かい、さらにスーパーカブを走らせた。

 その嵯峨のエリア内には、車折神社(くるまざきじんじゃ)があり、その境内社として存在する芸能神社には、多くの人気俳優やアーチスト達が訪れる。帷子ノ辻や太秦映画村からも程近く、莉緒が玉垣にその名を記したとすれば、ここで祈願すれば病気も回復するかもしれない。そう考えて然りだろう。

 しかし…

 「ない。ええ? どこにもあらへん。」

 思いも虚しく、莉緒の名前を見つける事は出来なかった。今は連絡を取り合う事も出来ない。もう彼女はスクリーンに戻る事もないのだろうか? そんな不安と悲しみが、美沙の脳裏をよぎった。

 …小さな夢。

 ただ海を見たい。そんな小さな事ですら、莉緒にとっては夢だった。美沙にはそれが大きな衝撃だった。その衝撃は、あの日以来ずっと美沙の心の中で渦巻き、胸騒ぎにも似た感覚に戸惑いすら感じていた。

 美沙は、ふと立ち止まった。

 「スガヤタカヒロ……」

 目の前にある玉垣。そこに、何となく聞き覚えのある名前を見つけたのだ。



 「あれ? おかん居るの? ただいま。」

 「美沙ぁ〜、ちょっと話あるねん。」

 自宅に帰ると、珍しく母親がいた。同じ部屋に暮らしながら、何故か殆ど顔を合わす事もなかった母親。

 「あんな…」

 にこやかというよりは、とても嬉しそうに話す。その内容は、美沙の心をとても複雑に動かした。

 「お母さんな、再婚するねん。」

 「え!? そうなん? どんな人??」

 「うふふ…美沙の……お父さん。ロンドンで音楽の仕事やってる、タカヒロっていう人が、美沙のお父さんなんやで。」

 …タカヒロ。

 そうだ。その名は、幼い頃に聞いた記憶があった。だが、物心ついた時には、美沙の側には父親など居なかった。

 スガヤタカヒロ…

 車折神社の玉垣に、敢えて片仮名で書かれた名前。その人が美沙の父親なのだと言う。

 「それでな…」

 母親は続けた。

 「お母さんな、ロンドンに行くねん。今更って思うかもしれんけど、美沙…家族で一緒に暮らさへん?」

 「ロンドンってぇ!?」

 もし父親が居たなら、一度でいいから家族で暮らしてみたい。「お父さん」と呼んでみたい。そして、甘えてみたい。

 …もう叶う事などないと、諦めていた夢。

 その一方で大切にしたいのは、友達など出来ないと思っていた京都の街で、いつしか周囲に集まった仲間達。初めての、恋にも似た感情。そして、その全てを結んだ大切な“友達”である、スーパーカブ。

 全てを守り続けるには、京都とロンドンというとてつもなく遠い距離が障壁となる。父・タカヒロは、何で京都に帰って来てくれないのか? 幼い自分から離れて行った父親は、一緒に暮らしたいなら大切な仲間との関係も断ち切れと言うのか? 憎い。父親が憎い。会いたい…いや、憎くて仕方がない。なのに、会いたくて仕方がない。

 …どうすれば?

 「ああーーーーーーー!!」

 今の自分さえもわからなくなり、美沙は人目もはばからず、スーパーカブの前で言葉にもならない叫び声を上げて泣き伏した。



 「ほな、短い間どしたけど、おおきに。ありがとうございました。」

 「あんさんもよう頑張らはったよってな。うちも忘れしまへんえ。ほな、お元気で。」

 祇園・箕や。

 ここにもう1人、人生の転機を迎えた人物が居た。その置屋を後にする小羽…いや、小羽という名で夜の祇園を華やかに彩った、1人の若い女性。

 箕やのNo.1と言われて人気を集めたが、彼女も舞妓を卒業し、“芸妓”となる年齢だ。

 しかし小羽は悩んでいた。人当たりの良さ、顔立ちの美しさで贔屓(ひいき)にされてきたが、実は不器用で、舞妓として身に付けるべき芸も満足なレベルではなかった。このまま芸妓として、さらには女将としてこの世界を生きるなど、分不相応とも言えよう。  

 彼女は、自分なりにそう判断したのだ。


 小羽は、中古で買ったオンボロ自転車に乗って西へ向かった。向かう先に何があるのかは知らない。

 「ここまで舞妓としての生き様を全うして来れたのも、神様のお陰え。」

 箕やのおかあさんからは、ただそう言われた。その言葉に導かれる様、三条通をひた走った。

 「あっ!」

 夢中で漕ぐ自転車だが、突然ペダルが空回りし、次の瞬間、後輪が何かに引っ掛かったかの様なロック状態になった。

 ガッシャーン!!

 「いっ、痛ぁ〜〜。」

 小羽は、地面に叩きつけられる様に転倒した。

 「おぉおぉ! お姉ちゃん大丈夫かいな?」

 「あ、あぁ、大丈夫や…ないかも。」

 「膝か? 動くか?」 

 …痛たたたたた。

 顔をしかめながら、膝を曲げてみる。打撲だけの様だが。

 「あぁ、痛そうやな。こらぁチャリなんて漕げへんなぁ。お姉ちゃん、どっから来たんや?」

 「う、うち…御陵(みささぎ)ど……御陵です。」

 「ほぉ! 御陵からチャリでかいな。遠いがな。」

 それは、京都市の東端からほぼ西端までの道のり。気が付けば小羽は、オンボロ自転車で走るにはとんでもない距離を移動していた。

 「何でこんな所まで?」

 「解らないです。うちが今まで仕事頑張れたんは、神様のお陰やて。おかあさん…いやいやいや、女将さんが言わはって。ほんで気ぃ付いたら自転車でこんな所まで来てたんど…です。」

 「そうかぁ。ここはな…」


 車折神社。

 平安時代後期の漢学者であり儒学者である、清原頼業(きよはらのよりなり)を祭神として祀る神社だ。

 よく知られる“芸能神社”は、境内にある社。日本神話に登場する女神・天宇受売命(あめのうずめのみこと)を祭神としている。天宇受売命は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が天の岩戸に入ってしまった時、その前で舞を踊り、引き籠った天照大御神を外に導き出したと伝えられ、ゆえに芸能の神様として祀られているという。


 「へぇ〜! それで、うちは…」

 「ん? 踊ってはったん?」

 「はい。日本舞踊。でも…うち、めっちゃ下手くそやったんです。えへへ。」

 「そうか、日本舞踊をなぁ。ほな、ここへおいでって神さんが教えてくれはったんやな。」

 「でもね、なんとなくこっちに向けて走って来たけど、どこに行ったらええのかわからんかったんどす、あ…です。」

 「うんうん。そやさかい、チャリのチェーン外れたんや。神さんが『ここや』言うて教えてくれはったんやろ。」


 小羽は、その人の話を聞いて再び驚いた。

 車折神社の名の由来は、後嵯峨天皇の牛車の引棒が社前で折れたためとある。不思議と関連付いてしまっているではないか。

 「チェーンと引棒はちゃうけど、車が動かん様になったんは一緒や。はっはっは! どや? そろそろ歩けるか? 歩けるんやったら、折角やしお参りしといで。」

 「あの、おじさんは…?」

 「そこの家に居る。そのチャリ、直して預かったあげるさかい、お参りしたら電車で帰りぃな。天神川で地下鉄に乗り換えたら、御陵まで帰れるで。膝痛いの治ったら、取りにおいで。」

 「あ、はい。おおきに!」

 小羽は、膝の痛みに堪えながら境内を歩き出した。

 「教えてくれはったにしたら、えろう手荒やわ。」

 引棒が折れた際、後嵯峨天皇は痛い思いをしたのだろうか? いや、きっと自分は花街を捨てる様に身を引いたのだら、神様のお怒りに触れたのだろうと思った。



 その数日後、美沙のスマートフォンにメッセージが入った。小羽だ。

 「美沙ちゃん、うちを車折神社まで乗せてってもろて構へん? 嵐電(らんでん)の車折神社駅の前に住んでるおっちゃんがうちの自転車預かってくれたはって、取りに行くねん。あと、ちょっと話したい事もあるさかい。」

 どうした事か? 小羽は箕やに住まう舞妓…のはずだ。やり取りはしてきたが、会う約束など初めての事だ。しかし、繊細で勘のいい美沙の事だ。その理由はすぐに察知した。


 所は河原町御池。

 約束の時間、京都市役所の前に小羽はいた。日本髪に振袖姿のイメージとは全くかけ離れ、その容姿は美沙にとっていささか衝撃的だった。

 「え? ええっ? 小羽ちゃん…」

 ピンクに染めたショートボブスタイルのストレートヘア。ブリーチ加工されたジーンズにライダースの革ジャン、革のブーツ。箕やのおかあさんに言わせれば、完全にタブーであろうその姿。まだ花街ことばは抜けきらないが、明るく弾ける様なその笑顔は、背負っていた重い荷物を捨て去ったかの如く軽快そのものだ。

 美沙は小羽にインカムを装着したヘルメットを被らせると、御池通りを西へ走り出した。

 「うちな、舞妓辞めてん。」

 「あはは…その格好見たらわかるわ。」


 丹念に結った日本髪と、美しい振袖姿。そこに居るだけで、場が華やかに彩られる。そんな舞妓の姿に憧れ、箕やに入り、稽古を積んできた。白粉(おしろい)で素顔を晒さぬ様に化粧をする事も、小羽には都合が良かった。

 「憧れたのは間違いないし、舞妓になって楽しい事もいっぱいあった。でもなぁ、表向きは華やかやけど、舞妓の仕事って…」

 つまりは接客なのだ。憧れの和装に身を包むも、すべき仕事は座敷。そして、そこはある意味実力の世界。自らの不器用さと相まって、舞妓でいる事にいつしか息苦しさや居心地の悪さを感じ始めていた。

 そんな時、美沙に出会った。スーパーカブに乗り、京の街を自在に駆け巡るその姿に、小羽は惹かれていった。

 「夢とか憧れの仕事が、必ずしも自分に合うてるとは限らへん。うちは身を持って知ったわ。うちは能も無いのに、お客さんに笑顔振り撒いて…チヤホヤされてるだけ。周りの舞妓はみんな、実力でお客さん勝ち取ってはるねん。うちなんかがNo.1名乗る資格あらへん。自分に無理し続けるぐらいやったら、他にやるべき事があるはず。それは…美沙ちゃんに会うて気が付いてん。」

 「小羽ちゃん……そんな……」


 2人を乗せたスーパーカブは、車折神社の前で停まった。2人は境内を歩き出す。美沙は、父親と思しき名の書かれた玉垣の前に立ち止まると、声を上げて泣き出した。

 「お父さん、ここにお参りに来はるんやなぁ。ロンドンで成功したはるんや。どうなん? 美沙ちゃんも、今やるべき事あるんちゃう? お父さんと一緒に暮らせるの、このチャンスしかないで。」

 「うん…」

 「もっと大人になったら、自立して、結婚して、そしたら親に甘えてる場合やなくなるえ。親子としての生活やなくなるんやで。」

 「でもな…」

 「ううん、うちは美沙ちゃんの友達。先生とか社長さんとか、バイク屋さんとか、みんな美沙ちゃんの仲間。美沙ちゃんがロンドンに居ても、京都に帰って来ても、いつでも仲間なんえ。それは変わらへんえ。」

 「小羽ちゃん…」

 「うん。もし美沙ちゃんがロンドンに永住するって言うんやったら、うちは会いに行くえ。ロンドンまで。」

 「え?」

 「なんでぇ、友達やん!!」

 小羽の言葉は、強く、そして優しかった。美沙はもう、涙を止める事は出来なかった。



 美沙は、小羽に背中を押される様に、ロンドン行きを決意した。それは、スーパーカブとの暮らしにもピリオドを打つ事を意味する。世話になった人達には、何かお礼をしたい。それも、最愛の相棒と一緒に。

 樫村が勧めるオカモチ。それはスーパーカブの持ち味を存分に発揮できるアタッチメント。少し恥ずかしく思いながらも、美沙は“働くバイク”として生まれた相棒に、最高の活躍の場を与える事にした。

 「ほな、気ぃ付けてな。5時から営業やさかい、4時半までに返してくれたらええし。」

 「はい。んじゃお借りしますね!」

 幕山軒の主人からオカモチを借り、自身のスーパーカブに取り付けると、美沙は北山の有名洋菓子店へケーキを買いに向かった。


 ラーメンのスープをもこぼさないというオカモチにケーキを入れ、住宅街の中の極狭急勾配としてマニアに知られる府道40号線を、慎重に走り抜ける。今まで沢山の道を相棒と走った美沙にとって、急坂などお手のものだ。

 ケーキは、ガレージ・KSMスタッフと、アートクリエイションに居る涼子と中澤に届けられた。

 「短い間でしたけど、お世話になりました。」

 「ほんまに行ってまうんやな。」

 「はい。年明けはロンドンで迎えます。」

 「あとちょっとかぁ。淋しなるなぁ。」


 その時、美沙のスマートフォンの着信音が鳴った。佐竹だ。

 「あ、ほら、そこ大事なんちゃうん?」

 涼子は、気付いていたのだろうか? この言葉に、美沙の心の中で大きな感情が込み上げた。

 「美沙ちゃん! 僕、ハンターカブ納車してん。慣らしやけど、一緒に走ってくれへん?」

 「あ、はい。」

 …私も話したい事がある。

 美沙はそう答えた。


【第十一話 車折神社】 完

読んでいただき、ありがとうございます。

車折神社にある玉垣。世界的アーチストから地下アイドル、人気のお笑い芸人など、様々な方のお名前を見る事が出来ます。天宇受売命、芸能神社の御祭神は、今も伝説を生み続けておられるのですね。

次回、最終回になります。

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