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古都×カブ物語  作者: 日多喜 瑠璃
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第十話 帷子ノ辻

京都には、多くの難読地名が在ります。帷子ノ辻も、その一つ。京福嵐山線と北野線の分岐駅のあるこの地の地名の由来が、本編の重要な鍵となっています。

次なる冒険とは?

 「太秦(うずまさ)言うたら、秦氏やな。え? その羽田さんて、末裔か何か?」

 「偶然やろ。字もちゃうし。」

 「そうかぁ。」

 渡来人であり、かつ一大勢力を誇った一族で、太秦をはじめ右京一帯を仕切ったとされる秦氏。左京を仕切る賀茂氏との繋がりも深いと語り継がれる。

 平安京遷都を実現させたのは和気清麻呂(わけのきよまろ)だが、秦氏の協力なくしては成り立たなかった。朝廷において強い影響力を持っていた秦氏は、平安京の造営にあたり、土地や多くの私財を献上したと言われる。

 「何や、自分まで樫村さんみたいになってきてるやん。」

 「あ、まぁな、あはは。あの人と話してたら、こういうのにえらい興味湧いてくるんや。」

 「どんな一族やったんやろなぁ。」

 「謎の多いっちゅうか、あんまり出自は明かさんかった人らみたいやな。『蚕ノ社(かいこのやしろ)』て知ってるやろ? 木嶋神社の事やけど、読んで字の如く『蚕』、養蚕やな。」

 樫村との付き合いが始まって以来、京都の歴史にどっぷり嵌ってい中澤。太秦での仕事が舞い込んだその日のうちに、難読地名の由来等を調べていた。

 秦氏は養蚕技術に優れており、税として大量の絹を積み上げ、献上したという。そして、天皇から『兔豆母利麻佐(うつもりまさ)』という姓を与えられたと言われている。

 「意味あんの?」

 「元はヘブライ語らしい。『ウツァ・モリ・マシャ』言うて、自らの命を捨てて処刑された救い人の意味やて。」

 救い人ではあるのは想像に容易い。しかし、何故処刑された人という言葉を充てたのかはわからない。ただ、その響きから“太秦”という地名に変わっていった事や、そこに当てられた文字から秦氏の勢力の大きさを窺い知る事も容易ではなかろうか。中澤は、そんな考察までも説いた。



 涼子は全国区での活躍を夢見るローカル女優・橘莉緒を撮影するため、太秦撮影所を訪れた。平安時代の京都を描いたローカル映画の、PRポスターの撮影だ。もちろん助手である美沙も一緒だ。そしてこれを観光誘致に活用しょうと、田崎も同行していた。

 写真家の世界も甘いものではない。涼子の腕を持ってしても、トップスターの撮影など夢のまた夢だ。しかし、トップスターに引けを取らない才能を持つローカルタレント達を、これまでも数多く撮影してきた。

 「こんなべっぴんさんやのに、なかなか全国行けへんねんなぁ。運とか事務所の力とか、あるんやろな。」

 「田崎さんっ!」

 例によって余計な一言が飛び出す。芸能界というのは力関係が支配する…そんなイメージを、田崎は勝手に持っていた。

 それはさておき、涼子が気になっていたのは莉緒の表情だ。笑顔を繕うその陰で、どこか苦しそうに歯を食いしばる様子が垣間見えるのだ。

 「もうちょっと笑ろたらええのになぁ。」

 「もう! 田崎さん!」

 この田崎の“要らん一言”を聞いて、莉緒のマネージャーである羽田が3人に声をかけてきた。

 「すんません。撮影終わったら莉緒ちゃんはすぐに帰りますし、あとお時間よろしいです? 観光誘致言うてはりましたし、特に田崎さんにはお話しといた方がええかな?って思いまして。」

 「ええ、大丈夫ですけど。」

 「あ、ほしたらお願いします。おばんざいの美味しいお店行きましょ。あの、いっぺん休憩挟んでよろしいです?」

 「あ、はい。」


 羽田は莉緒を呼び、休憩所の椅子に座らせると、スポーツドリンクを手渡した。莉緒はそれを一口飲むと、何故か美沙に興味を持った様に話しかけた。

 「私、ずっと太秦で育ったんです。小さい頃から色んな俳優さん見て、憧れて。子役からずっとレッスンしてオーディション受けての繰り返し。でも…気が付いたら普通の友達っていないんです。」

 「人生を賭けるっていうか…役者さんになるって大変なんですね。」

 美沙は目を丸くした。そして今度は、自分の事を話してみた。

 「私は…小っさい頃はスウェーデンで育ったんです。日本に来たのはいいけど、言葉も片言やったし、学校でも友達って出来んかったんですよ。涼子さんの下で仕事する様になって、そっから人付き合い始まった感じ。一番の友達はスーパーカブかな? あはは。」

 「そうなんや。でも、ちゃんと京都弁になってますよ。スーパーカブ…いいなぁ、何処にでも行けますね。海にも。私、実際に海見た事ないんです。海…見たいなぁ。」

 「ロケとかで行けへんの? 海辺のロケ。」

 「………」

 親近感でも湧いたのであろうか? 友達を作るのは得意ではない2人だが、不思議と自然に打ち解けた。しかし莉緒の目は、空を仰いでいた。そして、どこかもの淋しげだった。


 この日のスケジュールを終えると、羽田は、撮影所近くの小料理店へ3人を招いた。

 「obanzai ?」

 「日本語やで。京都弁。」

 初めて『おばんざい』という名を聞いた美沙だが、こんな時は、いつもの様に言葉が片言になってしまう。そしてそのあとは涼子のツッコミがあり、楽しい笑いになる。

 「まぁ、家庭料理ですわ。郷土料理みたいにも言われてます。スウェーデンでも、そんなんありますやろ? 」

 「meatball(ミートボール).」

 「ほぅ。日本でもポピュラーですよ。私も何回も食べた事ありますわ。」

 「|traditional cuisine. 《トラディショナルきゅいずぃーん》日本語で伝統的料理って言うんかな? スウェーデンでは代表的な料理ですよ。」

 「うんうん。京都では『おばんざい』がそれ。」

 「これが煮物で、京都では『炊いたん』言いますねん。」

 「Titan ? Greek Mythology(ギリシャ神話)?」

 「ちゃうわっ!!」

 …あはははははは。

 和やかムードではあったが、羽田は真剣な面持ちで本題へと話題を変えた。

 「莉緒はね、病気なんです。指定難病の…」

 「………」

 3人は絶句した。

 「もう既に長時間立ってるのもしんどいんです。俳優業なんか体力的にも限界に近いんでしょう。今回の映画がたぶん…」

 …最後になるだろう。

 羽田からはそんな言葉が無情にも発せられた。いや、羽田が無情なのではない。そんな事はわかっているのに、誰にぶつける事も出来ない怒りにも似た衝撃が羽田の言葉を無情であるかの様に映し出した。



 美沙と莉緒は、その後連絡を取り合っていた。

 美沙はスーパーカブで京都府を北上する。ピリオンシートには、莉緒。2人は老ノ坂を越え、亀岡市を抜けて少し休憩すると、国道27号線でさらに北へと向かった。

 …海を、一度でいいから自分の目で見たい。

 そんな莉緒の想いを叶えるべく、美沙にとっても初めての、片道およそ100kmの道のり。2人は、大きな冒険へと踏み出していた。

 「莉緒ちゃん、大丈夫?」

 「うん! めっちゃ楽しい!!」

 京都市内からおよそ2時間半、五老トンネルを抜けると、海上自衛隊の護衛艦が目に映った。

 「わぁー! カッコイイ!!」

 「この横らへんに赤煉瓦倉庫あるねんて。カフェもあるし、昼ごはん食べよ!」

 「あ、ここやわ!」

 食事を済ませ、舞鶴湾を左手に見ながらさらに進む。大浦半島にはいくつもの展望台があり、そこかしこから日本海の青い絶景が見える。スーパーカブは、空山展望台公園そらやまてんぼうだいこうえんに停まった。

 「すごぉーーーい!!」

 「綺麗ーーー!!」

 青い海にしばし見惚れた後、美沙はバッグからアルコールバーナーとコッヘルを取り出した。

 「それは?」

 「お湯沸かすわ。海見ながらコーヒー飲も。」

 「こんなんで出来るん? へぇ〜。」

 「これ、スウェーデン製。日本でも売ってるみたいやけど。アルコール入れて火ぃ着けるだけやねんで。」

 まだ少し暑さの残る初秋だが、野外で淹れて飲むコーヒーは格別だった。何もかもが初めての経験。今度は莉緒が目を丸くした。


 「もう思い残す事もないかな。」

 「え?」

 「海、見れた。生きてるうちに…」

 莉緒はそっと呟いた。おそらく本心なのだろう。そしてその言葉は、美沙の心を大きく動かした。

 「な、何言うてんの!? まだまだこれからも…」

 「ううん。もう……」

 莉緒の目に溢れる涙。それは繊細な美沙の心を激しく揺さぶる。弱気になったらダメ。そんな思いが、ある事をふと思い出させた。

 「莉緒ちゃんの家、帷子ノ辻(かたびらのつじ)やんかぁ。檀林皇后って知ってる?」

 「だん…檀林?」

 「うん。平安時代の…嵯峨天皇の皇后さん。その人は…」

 檀林皇后。美しい容姿を持ちながらも、自らが命を失った時、その亡骸は埋葬せず、朽ち行く姿の無常さを描いて残させ、世に示したという。檀林皇后が纏っていた絹や麻で織られた単衣の着物・帷子が風ではだけ、その亡骸が風葬された場所…その場所が莉緒の住む街・帷子ノ辻だというのだ。

 「人ってな、生きてるから美しいし輝けるねん。命の宿ってへん体はどんどん朽ちて、醜くなっていくねんな。そやから……死んだらあかんの。醜くならへんために、強く生きやんとあかんねん!」

 莉緒は、美沙の目を見た。

 「闘お! 病気、治そう!!」

 美沙の言葉に頷く事もせず、莉緒はただ、美沙の目を見て涙を流し続けた。



 「何てぇ!? 何ちゅう事したんな!!」

 翌日、アートクリエイション事務所でにこやかに話した美沙だが、涼子の反応は意外なものだった。いや、本来ならそれが普通なのかもしれない。しかし…

 「え? 莉緒ちゃん、どうしても今、海見たいって。私やったら見せてあげられる思たから…」

 「だってな、考えて! 莉緒ちゃんは病気なんやで。しかも映画に出てる最中の女優さんやん! そんな遠くに連れて行って、何かあったらどうするつもりやったん!?」

 「でも、危ない事したつもりはないし。それに、自分の目で海見るのが夢やって。それやったら私が…」

 「わかるけど…ていうか、美沙ちゃんのその気持ちは私も嬉しいんやで。でもな…」

 「でも?」

 「出来る事とやっていい事は…別やねんて。」

 「私のした事は、そんなに悪い事? 何で?」

 「それは…いろんな事情があるやん。」

 「事情って…!?」

 「そ、それは…大人…大人の……」

 「大人って何!? 人の願い事を聞いて知らんぷりするんが大人なんやったら、私、子供でいい!! 大人なんかなりたないっ!!」

 「美沙ちゃん!! あ…ああ……」

 危険を冒しているのは承知の上だ。それでも、莉緒の想いに何としても応えてあげたい衝動を止める事が出来ず、美沙は自分を信じて行動に出た。不可能ではない。そう信じて。その結果、莉緒の想いは叶ったのだ。

 しかしその中で渦巻くのは“大人の事情”。それは最も信頼していたはずの涼子から発せられた言葉。

 …しばらく考える時間が欲しい。

 そう言って美沙は、アートクリエイションに休暇取得を申し出た。

 一方で涼子も、妹の様に大切に思っていた美沙との、初めての意見のくい違いという思わぬところに出来た溝に、かつてない程の戸惑いを覚えた。

 本当は美沙と同じ想いだ。しかし、周囲の目を恐れて何も出来ないでいた事を“大人の事情”として誤魔化してしまい、美沙のピュアで繊細な心を深く傷付けてしまった。涼子は自らを責め、心の中の葛藤に苦しんだ。



 美沙が仕事を休んで一週間が過ぎた。

 涼子の撮影の仕事は、中澤が助手に付く事で何とかこなしていた。中澤は、涼子の夫であると同時にアートクリェイションの社長だ。カメラマン助手の仕事も理解している。それは幸い…ではあった。しかし、美沙の事が心配でいても立ってもいられない。この気持ちが涼子の仕事に影響を及ぼしたのは言うまでもない。

 そんな時、アートクリエイションに一通の手紙が届いた。

 「え!? これって…」

 その手紙を読んだ涼子は、ついに葛藤から自らを解き放ち、動き出した。

 「こんにちは。」

 事務所を出ようとしたその時、涼子の目の前には強面の大男がいた。ある意味、一番不思議なのはこの男かもしれない。

 伊庭……彼は涼子を軽トラの助手席に乗せ、走り出した。

 「どこへ?」

 「太秦撮影所、行くんでしょ? その前に先生、行かなあかんとこがあるんですよ。」

 「それは?」

 「蚕ノ社。元糺の池(もとただすのいけ)ってあるでしょ。禊の池。」

 「あ、はい。」

 創建は明確ではないが、秦氏が建立したとも言われる木嶋坐天照御魂神社このしまにますあまてるみたまじんじゃ、通称“木嶋神社”。太秦一帯を護る神社だ。その境内には極めて珍しい三柱鳥居が存在感を示している。この鳥居の立つ場所が、元糺の池だ。

 「あ…」

 伊庭は、涼子の表情を見て微笑んだ。そこには、美沙のスーパーカブが停められていた。

 「ほら。」

 伊庭は涼子にヘルメットの紐を握らせ、背中をトンと叩くと、軽トラに乗り、去って行った。元糺の池の前には、三柱鳥居を見つめる美沙がいた。

 「あ…涼子さん…」

 涼子は莉緒からの手紙を美沙に手渡す。それを読む美沙の目から、大粒の涙が溢れ出した。

 「行こ。」

 「はい。」



 太秦撮影所。今まさに映画のクライマックスシーンの撮影が始まろうとしている。そこに、白い帷子を身に纏った莉緒がいた。女優としての彼女にとって、最後のシーン。莉緒は帷子を揺らし、舞い始めた。


 〜魚住先生、美沙ちゃん。


 この度は私などに関わっていただき、ありがとうございました。

 羽田さんからお聞きになったと思うのですが、私は難病にかかっています。ポスターの撮影に来ていただいたあの日には、もうかなり筋力も落ち、長時間立っていることも辛い程になっていました。恥ずかしい姿をお見せしてしまったと思います。


 私は子供の頃から太秦に住み、映画スターに憧れ、子役から始まり、ずっとずっとレッスンを続け、気が付けば何一つ普通の暮らしをしていませんでした。有名監督の作品に出演するのを夢見て、日々自宅、学校、そしてレッスン場を行き来するのみの生活。


 そんな話をすると、美沙ちゃんは私をバイクに乗せ、海の見える場所へ連れて行ってくれましたね。一度でいいからこの目で見たかった海。青くてとても綺麗でした。

 その時、美沙ちゃんが言った言葉。

 「人は生きてるからこそ輝ける。生きていれば輝ける。」

 それはとても、深く深く心に刺さりました。


 魚住先生は、そんな私なんぞをとても綺麗に撮ってくださいました。

 その写真を見ると、私は生きてるんだと実感出来ました。

 「輝いてるね!」

 羽田さんは、その写真の中の私を見てそう言ってくれました。先生が、こんな私を輝かせて下さったのですね。


 お陰で私、闘う勇気が湧いてきたのです。


 正直言うと、もう長くは生きられないと思っています。でも、生きている間は精一杯この病気と闘い、命を燃やし続けていきます。


 お二人に出会えて、本当に良かった。

 心より感謝しています。

 本当に、本当にありがとうございました。


 来たる9月末日、今現在出演中の映画のラストシーンの撮影があります。これが私の女優として最後のシーンになります。

 もう力は残ってないけど、精一杯演じます。

 是非、お二人でその撮影を観に来て下さい。

 スクリーン上の演じている私じゃなく、生きている私をリアルで見てほしいから。〜



 莉緒は、残された僅かな力を振り絞り、舞った。自身を変えてくれた美沙、そして涼子の見ている前で、精一杯舞い、演じた。

 “舞”のシーンでフェードアウトするエンディング、いよいよラストというところで大道具が風を送る。

 身に纏った帷子が、風にハラリとはだけ、落ちた。その瞬間、莉緒はかつてない最高の輝きを放った。

 美沙、涼子、そして現場に居るスタッフ一同が見惚れる中、透き通る様な白い肌をあらわに、莉緒は舞い続けた。

 ただひたすらに、精一杯舞った。

 その姿はまるで天女の如く、艶やかに、そして美しく……


【第十話 帷子ノ辻】 完

読んでいただき、ありがとうございます。

今回は、様々な人の心の動きを盛り込みました。少し悲しいストーリーでしたね。

残り、あと2話。楽しみにして頂けたら嬉しく思います。

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